調査室長コラム Ⅱ

第6回 全国学力・学習状況調査をどう見るか

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2008/10/27更新)

 本稿は、平成19年度の全国学力・学習状況調査が発表になった直後にまとめたものである。その後、2年目となる平成20年度の調査は、一部の問題の難易度が上がり、上位への偏りが改善されて結果の分布が山型になった。これは上位を弁別することができるようになったことを意味する。これによって、学校が自校の課題を検討するのに用いるだけでなく、子どもたちのつまずき研究やアンケートとのクロス分析など、より多くの用途で調査を活用する余地が広がったといえるだろう。文部科学省から追加分析の結果が発表されているが、今後もより多くの結果が公開されることを期待したい。

*平成20年度全国学力・学習状況調査 調査結果について(国立教育政策研究所サイトへ飛びます)
http://www.nier.go.jp/08chousakekka/index.htm
*平成19年度全国学力・学習状況調査追加分析結果(文部科学省サイトへ飛びます)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-
chousa/zenkoku/08020513/001.htm

全国学力・学習状況調査とは

 文部科学省から、全国学力・学習状況調査の結果が発表された(2007年10月)。一部の自治体や私立学校に不参加があるものの、小学6年生、中学3年生のほぼ全児童・生徒を対象にした大規模なものである。教科は、国語と算数・数学。いずれの教科も、「A問題」として基礎的な知識や技能を問うだけでなく、「B問題」として知識や技能を活用する力も見ている。B問題は、単に正答を書くだけでなく、正答の理由を言葉や式で説明させたり、グラフから情報を読み取ったり、自分の意見をまとめさせたりといった設問が中心。そのようなテストは問題づくりや採点が大変で、今まであまり行われなかった。今回の調査は、それを全国で行い、日本の子どもたちの学力実態を把握しようとするものであり、とてもチャレンジングな試みだ。

 それでは、結果はどうだったのか。新聞などでも大きく報道されたのでご存じの方も多いと思うが、おさらいすると、知識や技能を問うA問題の平均正答率は、教科や学年を問わず7〜8割程度だった。これに対し、活用する力を問うB問題は6〜7割と、A問題に比べて10〜20ポイント程度低かった。ここから文科省は、基礎的な知識・技能についてはおおむね理解しているが、それを活用する力に課題があると結論付けている。

基礎は本当に大丈夫か

 基礎的な問題には強いが、応用力に欠ける――これは、従来から日本の子どもの問題点として指摘されてきたことである。詰め込み教育で知識だけは豊富だが、自分の意見を考えて表現するような活動は苦手というわけだ。今回の調査も、こうした傾向を裏付ける結果になっている。しかし、出題されている問題やデータを詳しく検討すると、その結論をそのままに受け止めてよいだろうかという疑問がわく。例えば、子どもたちの基礎的な学力は、本当に大丈夫なのだろうか。

図1:小学校算数・正答数分布グラフ

図1:小学校算数・正答数分布グラフ

*文部科学省:『平成19年度 全国学力・学習状況調査』結果より作成。
*算数Aは全19問、算数Bは全14問の分布を示している。

 図1は、小学校の算数A(知識)と算数B(活用)の正答数の分布を示したものである。これを見ると、算数Aは、19問全問正解が最頻値(もっとも多い値)である。通常、学力テストを行うと、分布は山型になることが多い。が、算数Aは山型にはならず、右に行くほど数値が高くなっている。難しい問題が含まれていれば、全問正解者は少なくなるはずだから、これは問題そのものが簡単だったことを意味している。

表1:計算問題の正答率

表1:計算問題の正答率

*文科省調査:『平成19年度 全国学力・学習状況調査』「小学校算数A」から抜粋
*ベネッセ調査:『小学生の計算力に関する実態調査2007』から抜粋

 表1に計算問題のみを例示したが、文部科学省の調査は基礎的な内容がきちんと身に付いているかどうかを確認する内容だ。ある程度はできて当然である。これに対して、ベネッセが別に行った調査では、計算の過程が複雑になると学習指導要領の範囲内であっても正答率が下がることが分かっている。例えば、ベネッセ調査の(1)の問題のように、ケタが増え、繰り上がりや繰り下がりが多くなると、7割の子どもしかできない。また、小数の位ぞろえが必要である(2)の問題では4割しか正解できず、「5」や「0.5」といった誤答が続出する。(3)のように余りが小数になるわり算も苦手で、余りを「4」としてしまう誤答が多い。(4)は文科省調査の(5)と類似の四則計算であるが、式が少し長くなるだけで正答率は1割下がる。

 このように、基礎的な領域であっても、子どもたちがつまずくポイントはたくさんある。それを見過ごさないことが大切だ。

活用は本当にできないのか

 ふたたび図1に戻るが、算数Bはやや右寄りに偏っているものの、正規分布に近い形になっている。正答率も低めである。しかし、一般に応用的な力を測るような問題は難易度が高いことが多く、正答率が低めだからといって一概に「できていない」とは言えない。実際に、B問題(活用)が6〜7割もできていること自体に、私は驚いた。「課題がある」とされているが、全体に無答が少なく、意見を書かせるような問題なども比較的よくできているといってもよいのではないだろうか。

 学校現場では、子どもが考えを述べるような機会や、友だちの意見を吟味するような場面が増えているように思う。教員の多くが、思考力や表現力を高める指導を、以前よりも強く意識しているのかもしれない。そうした指導の積み重ねが、子どもたちの活用力の形成に寄与している可能性がある。こうした解釈は文部科学省の発表とは異なるが、発表された結果のみをうのみにすることなく、自分でデータを眺め、いろいろな解釈を試みることが大事だ。

 今回の調査は、全体に問題が易しく、子どもたちのつまずきを明らかにしたり、国や自治体が学校教育の状況をチェックしたりする目的で利用するのには向いていない。また、そうした目的であれば、抽出調査で十分という意見も多い。しかし、各学校には、全国や自治体の平均データと比較できる形で結果がフィードバックされている。それを用いて、学校の課題を明らかにし、その原因と対策を考えることが可能である。それによって学校に具体的なアクションを起こすきっかけを得ること、今回の調査にはその意義が大きいのではないかと思う。


 グラフのポイントはココ!

  1. (1)算数Aは分布が上位に偏っていて、問題が易しかったことがわかる。正答率が高いからといって課題がないとは一概にはいえない。
  2. (2)基礎的な領域でも正答率が低い問題がある。解答のプロセスが複雑な問題では誤答が多く、どのような点につまずいているかを丁寧に見る必要がある。

※初出:月刊「教員養成セミナー」2008年2月号(時事通信社)


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