調査室長コラム Ⅱ

第8回 見えにくい成果にも思いをはせる

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2008/12/19更新)

教育の成果はどこに表れる?

 教育の成果は測りにくい――これは幾つかの点で正しい。第一に、テストなどで測れる能力は、知識や技能の一部に過ぎず、能力全体から見ればわずかだ。社会に出てから重視される問題解決力やコミュニケーション力、行動力などは、紙ベースの試験では測りにくい。それを補うために、さまざまな手法を用いて評価が行われるようになっているが、それでも限界はある。

 第二に、どの時点で成果があったと見なすのかという問題がある。今、子どもに教えたことは、10年後や20年後にようやく役立つものかもしれない。すぐに成果が見えなくても、教えておかなければならないことはあるはずだ。さらに、社会にとっても、教育の成果が表れるのは「今」ではない。子どもたちが成長し、社会を支える世代になったとき、その社会が滞りなく営まれているかが重要であろう。言ってみれば、教育は次の世代への投資でもある。その意味で、教育は中長期で考えるべき要素を多く含んでいる。

 ところが、ここ数年の公教育の状況を眺めると、直近の目に見える結果が強調される傾向が強まっているように思う。学力低下不安の高まりによって、文部科学省は2002年以降、「確かな学力」を向上させるための施策を次々に打ち出してきた。2008年1月に出た中央教育審議会の答申では、学習指導要領で定められている学習内容や授業時数を増やすことが提案されている。また、全国学力・学習状況調査やPISA調査によって、教育の成果が測られる仕組みが整いつつある。これらによって、目に見える具体的な成果を重視する教育行政の姿勢は、より強まるだろう。保護者も、わが子の学力にかかわることには熱心だ。わが子を教える教師には、他の教師に劣ることなく、教科書の内容をすべて指導することを求める。このような社会的な要請は、教員の実践や意識にも大きな影響を与えているものと考えられる。

直接効果と間接効果

 その一端が、図1に表れている。これは、ベネッセ教育研究開発センターが全国の小・中学校教員を対象として行っている「学習指導基本調査」の結果だ。教科の授業方法を示し、「多くするように特に心がけている」「まあ心がけている」「あまり心がけていない」の3つの選択肢から、1つを選んでもらった。図の数値は、「多くするように特に心がけている」の比率である。

図1:教科の授業方法の心がけ

図1:教科の授業方法の心がけ

注1:公立小学校教員の数値。サンプル数は、1998年1033名、2002年3468名、2007年1872名。

 これを見ると、「体験することを取り入れた授業」「表現活動を取り入れた授業」「自分で調べることを取り入れた授業」の数値が、この5年で大きく下がったことが分かる。こうした体験的な授業は、小・中の学習指導要領の改訂が全面実施された02年の時点では高かったが、07年調査ではいずれも10ポイント以上低下した。体験的な活動を意識することが少なくなっているようだ。それに代わって増えているのは、「教科書にそった授業」である。教員たちは、教科書の内容を定着させることを重視するようになっている。

不得意の底上げを意識

 さらに、図2は、教育観を尋ねた結果である。この質問では、AとBの相対する項目を示して、あえて言えば重視していると思う方を選んでもらった。合計で10対を聞いているが、最も変化が大きかった項目を図示した。

図2:教育観

図2:教育観

注1:サンプルは図1と同様。
注2:教育観として近いものをAかBのいずれか選択してもらった。

 ここからは、子どもの得意を伸ばすよりも、苦手な領域を指導することを重んじる姿勢がうかがえる。1998年には過半数の教員が「得意な教科や領域の学力を伸ばすこと」を選択していたが、07年には30ポイントも数値が低下した。これに対して、「不得意な教科や領域の学力を身につけさせること」を選択する割合が、4割から7割に増加している。

 この間、文部科学省は、学習指導要領で定めた学習内容について、すべての子どもに指導すべき最低基準であることを強調してきた。このことが、教科書重視や不得意領域の学力向上を意識する結果につながっていると思われる。また、目に見える成果が問われるようになると、得意を伸ばすよりも不得意の底上げを図るほうが効率的だ。30点の子を10点上げるよりも、80点の子を10点上げることのほうが難しい。

*    *    *

 調査結果を詳述する余裕はないが、この10年ほどで、子どもの自主性を尊重して、教員は子どもの可能性が花開くのを支援するというスタンスが弱まった。これに代わり、教科書の内容はどの子どもにも身につけさせ、そのために授業の楽しさを犠牲にしたり、勉強を強制したりすることもやむを得ないという意識が強まっている。その結果、ドリルやプリントを用いた学習が増えた。このような変化は、小学校教員も中学校教員も変わりない。

 直近で具体的な成果をあげていくことも、もちろん重要だ。しかし、子どもの長い将来を考える視点に立つと、物事を深く考える経験だとか、学習内容に驚きや楽しさを感じる授業なども必要だろう。それが多少の回り道だとしても、である。要はバランスなのだが、見えやすい成果を示すことを考えると同時に、すぐには見えない成果に思いをはせ、次代を創っているのだという信念を、多くの教員にもってほしいと思う。


 グラフのポイントはココ!

(1) 最近の5年で、授業において体験的な活動を心がける割合が低下した。教科書の内容を確実に身につけさせることを強く意識している。
(2) 教育活動を行う上でベースになると思われる教育観が、大きく変わった。子ども中心・自主性尊重から教員中心・学力向上重視の傾向を強めている。

※初出:月刊「教員養成セミナー」2008年4月号(時事通信社)


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