調査室長コラム Ⅱ

第10回 危機に瀕する子どもの「自立」

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2009/2/23更新)

強まる保護者の関与

 今回は、子どもの「自立」が危機に瀕している、という話をしよう。とにかく、保護者も教員も、子どもへの関与を強めているのだ。大人が子どもにかかわるのは、悪いことではない。が、おそらく、程度の問題だろう。かかわり過ぎると過保護・過干渉になり、子どもの自立を阻害する。そのことを認識することが必要だ。

 最初に、保護者の関与が強まっているという点に関して。ここ数年で、その傾向に拍車を掛けたのは、教育不安の高まりであると思う。2000年前後に起こった学力低下論争によって、国の教育施策と公立学校に対する不信が強まった。その結果、例えば大都市圏などでは1990年代にずっと横ばいだった私立中学の受験率が、2000年ごろから上昇し始める。公立中学を嫌って、私立中学を受験する子どもが増えたのである。そうした不安感は、保護者の意識に明確に表れている。

図1:子どもの教育に対する意識(保護者調査)

図1:子どもの教育に対する意識(保護者調査)

注:数値は「とてもあてはまる」と「まああてはまる」の合計(%)。調査対象は、小3〜中3生の子どもを持つ母親。サンプル数は、1998年4,475人、2002年4,896人、2007年5,315人。

出典:ベネッセ教育研究開発センター「第3回子育て生活基本調査(小中版)

 図1は、子どもの教育に対する意識を尋ねた結果である。これを見ると、「子どもの教育・進学面では世間一般の流れに乗り遅れないようにしている」「子どもの将来を考えると、習い事や塾に通わせないと不安である」といった意識が、この9年で高まっている様子がわかる。保護者が、教育についてよく考えるようになり、学校の学習だけでは不安に感じるようになっているのだ。

 さらに、こうした意識に連動する形で、「子どもがすることを親が決めたり、手伝ったりすることがある」という回答が増え、反対に「勉強のことは口出しせず、子どもに任せている」が減った。自分から積極的にかかわって、子どもには任せようとしない保護者が増えている。判断を子どもに委ねるのは不安なので、自分が決めるようにしているのだろう。

教員による関与も増えている

 保護者が子どもに熱心にかかわる一方で、教員も子どもに対する関与を強めていると思われる。教員1人当たりの児童・生徒数は、この20年で3割程度減った。少子化によって減る子どもの数ほど教員は減っていないので、その分、一人ひとりの子どもに多くかかわれるようになっている。そんな時間はないと反論する方がいるかもしれないが、習熟度別指導のように子ども一人ひとりに応じた指導をしたり、体験的な学習といった一斉授業にはない工夫をしたりするなど、子どもに手間ひまをかけて教える場面はかつてより増えているはずだ。そうしないと、子どもが学習に向かえないという状況もある。

図2:宿題の頻度と量(小学校教員)

図2:宿題の頻度と量(小学校教員)

注:比率(%)は、宿題を「毎日出す」と回答した教員の数値。時間(分)は1日あたりの量の平均時間(「毎日出す」〜「月に1回くらい出す」と回答した教員の平均)。調査対象は、小学校教員。サンプル数は、1998年1,033人、2002年3,468人、2007年1,872人。

出典:ベネッセ教育研究開発センター「第4回学習指導基本調査

 さらに、この5年で宿題の頻度と量が増え、家庭での学習を指導する教員が増えた(図2)。近年、教員に対して、学力向上の目に見える成果が強く求められるようになった。その結果、子どもが家庭でどのように過ごしているかを、教員が意識するようになった。学校生活だけでなく、学校外の生活にも指示を出すようになっているのだ。

関与の仕方と程度が肝心

 冒頭でも述べたように、大人が子どもにかかわるのは、一概に悪いこととはいえない。保護者が適切にかかわっている子どもは学力が高い傾向があるし、教員による学習指導も完全に子ども任せにするのではなく、状況に応じたサポートが必要だろう。しかし、優れた保護者や教員は、子どもに「ヒント」を与え過ぎないことも心得ている。子ども自身が試行錯誤しながら正解を導き出すことが重要であり、そのためには時に突き放すことも必要だ。

 少し話が横道にそれるが、寄生虫学者として有名な藤田紘一郎さん(東京医科歯科大学名誉教授)は、現代の清潔すぎる環境が、花粉症やアトピーといったアレルギー性疾患を招いているという説を唱えている。適度に雑菌がいるような国では、アレルギーはほとんどないそうだ。ご本人も、お腹にサナダムシを飼っている、という(『清潔はビョーキだ』朝日新聞社)。清潔は美徳だが、行き過ぎると害毒となり、身体を蝕む。雑菌や寄生虫を排除し過ぎてはいけない。

 大人がかかわり過ぎるということが、同じような問題をはらんでいないかと考える。保護者や教員が先回りをして子どもに降り掛かる困難を排除した場合、当面のトラブルは回避できる。しかし、トラブルを乗り越えるすべを学ぶことはできない。そうした「無菌状態」で育った子どもが、大人になって自律的に問題解決できるようになるとは思えない。

 学習についても同様だ。教室に行けば、受け身のままでも学力に応じた指導が受けられる。提示される教材はいつも学力にぴったりで、それをこなす時間やペースなども提示される。テストで出るのはここだから、ここだけは覚えておくようにと指示される。こうしたことは、次のテストの点数を高くするのには有効かもしれないが、大人になった後にも生きる学力が身に付くとは思えない。

 繰り返しになるが、子どものことをたくさん考えてかかわることは大切なことだ。しかし、最終目標は、子どもの自立。そのことを肝に銘じて、かかわり過ぎず、時に雑菌に触れていても放っておく大胆さも、必要なのではないか。


 グラフのポイントはココ!

(1) この9年で、保護者の教育に対する不安感が高まった。その意識と連動するように、子どもへの関与が強まっている(図1)。
(2) 教員が子どもに課す宿題の頻度や量が増えている(図2)。家庭学習を重視する教員が増えており、学校外の生活についても教員が指示する傾向が強まっている。

※初出:月刊「教員養成セミナー」2008年6月号(時事通信社)


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