調査室長コラム Ⅱ

第11回 日本の「教育力」は十分か!?

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2009/3/23更新)

日本の地位低下と子どもの未来

 昨今の経済指標を見ていると、日本の国際的な地位の低下を感じる。今月は、日本に関するマクロな数値を見ながら、それが教育とどうかかわってくるかについて、少し考えてみたい。

 幸せの程度は数値では測れないから、世界の中の順位など気にする必要はない、という考え方もできるかもしれない。国が貧しく、生活が豊かでなくても、毎日を楽しく暮らしている人は、世界にたくさんいるだろう。いわゆる発展途上国の子どもたちは、教育を受けられること自体が楽しくて、施設や教材が十分でなくとも目を輝かせて勉強している。金銭的な豊かさは精神的な豊かさを奪う、という指摘さえされることがある。

 しかし、今の子どもたちが、地位が低下した日本を背負っていかなければならないことを考えると、不安の種は尽きない。

 例えば、国が抱える膨大な借金が、子どもたちの世代まで引き継がれることは間違いない。2007年度の財政状況(一般会計)は、収入57兆円に対して支出が83兆円である。公債残高(借金)は547兆円にまで積み上がっており、国民1人当たりに換算すると、428万円の達する(財務省ホームページより)。自国の国内総生産(GDP)の1.8倍もの借金を抱えているような国は、他にはない。

 この先に経済成長が見込めるのならば救いはあるが、国の生産力は上がっていない。GDPはアメリカに次いで2位の座をキープしているものの、その伸び率は経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で最も低く、近い将来には中国に抜かれるという予測もある。実質的な豊かさを示すと思われる1人当たりのGDPも、1993年には1位だったが、その後は下降の一途で、06年にはOECD加盟国中18位にまで低下した。こうした指標を見る限り、日本が「豊かな国」だという印象はあまり持てない。

国民の流出が始まる?

 さらに深刻な事態を予感させるのが、人口推移の予測データである。今後、出生率が現在の状況をほぼ維持できたとしても、若年人口は減少を、老年人口は増加を続ける。現在は、およそ3.3人の生産年齢人口(15〜64歳)で1人の老年人口(65歳以上)を支えている計算になるが、2035年には1.7人で1人を支える割合になる。今の子どもたちが大人になったときに収支のバランスが保たれているのか、財政が破綻していないか、本当に心配である。こうなると、天然資源を掘り当てるか、税金を高くするかしかあるまい。

 ちなみに、日本の税金と社会保障費(2つを合わせて国民負担率と呼ぶ)は、先進国の中では安いほうだ。OECD加盟国の半数以上は国民負担率が5割を超えるが、日本は4割程度である。しかし、この割合が大幅にアップしたとき、日本を逃げ出す国民が出るかもしれない。そうなってもいいように、子どもたちには異文化で生活できるスキルやバイタリティを育てておく必要があるのではないだろうか。あるいは、日本にとどまる選択をしたとしても、多額の借金返済を抱える過酷な環境で生きていけるスキルやバイタリティを、やはり育てなければならないだろう。

 いずれにしても、現在の国の状態を踏まえ、将来のことを考えると、子どもたちの能力をできるだけ高めなければならないという思いに駆られる。しかしながら、これも補足データだが、日本の労働生産性(就業者1人当たりの付加価値)はOECD加盟30カ国のなかで20位であり、決して高くない。生産性が高い有能な労働者を生み出せているとも言えない状況だ。

教育への資源配分を

 それでは、わが国は教育に十分な投資ができているのだろうか。
 は、初等・中等教育段階における教育機関への支出を対GDP比で表わしたものである。これを見ると、日本はOECD加盟国の中で最低に近い水準である。われわれは日本の教育について、「いろいろ問題はあるが、世界的には優れている」と信じている。しかし、国による教育への投資という観点から眺めると、必ずしもそうとは言えない現状に突き当たる。

図:教育機関に対する支出(初等・中等教育*1、対GDP比)

図:教育機関に対する支出(初等・中等教育、対GDP比)

出典)『図表でみる教育』(OECDインディケータ2007年度版)
*1:初等教育、中等教育、高等教育以外の中等後教育への支出の合計。2004年データ。データが揃わない国は省略した。

 もちろん、実際の支出額は「GDPの金額×GDP比」で計算される。GDPが第2位であることや子どもの数が減っていることもあって、在学者1人当たりの支出額なら順位はあがる。しかし、それでも、日本はOECD各国の平均額に近く、第12位というポジションである。果たして、これを十分と見るか。

 今月は、統計データを基に、少し暗い予測を描いてみた。国の財政は厳しくなる一方だ。教育になかなか資源が投下できない事情も理解できる。しかし、中国やインドなど経済成長を続ける国々が急速に教育に力を入れている。グローバル化が進む社会において、日本の子どもたちは、そうした国々で教育や訓練を受けた子どもたちと競争しなければならない。

 だからこそ、今の子どもたちに十分満足できる教育を受ける機会を与えたいものだと思う。国全体で教育力を向上させることこそが、これから迎える危機を救う道筋ではないだろうか。


 グラフのポイントはココ!

教育機関(初等・中等教育段階)に対する日本の公財政支出は、対GDP比で2.7%であり、OECD加盟国の中で最低の水準である。

※初出:月刊「教員養成セミナー」2008年7月号(時事通信社)


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