調査室長コラム Ⅱ

第12回 小学校での英語教育の課題

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2009/4/27更新)

※本稿は2008年8月時点の記事です

「英語活動」導入へ

 2008年3月に、次期の学習指導要領が告示された。その改革の目玉に、小学校での英語活動の導入がある。2011年から、小学5・6年生を対象にして、週1時間、英語の授業が必修になる。学習指導要領の中では「外国語活動」と称されているが、「英語を取り扱うことを原則」としていて、実際には英語が教えられることになる。そこで、以下では「英語活動」や「英語教育」と表記する。

 さて、小学校での英語教育の実現は、関係者にとっては「ようやく」という思いが強い。中曽根康弘首相(当時)の私的諮問機関として発足した臨時教育審議会は、その答申(1986年)の中で日本の英語教育について、「長期間の学習にもかかわらず極めて非効率」と断じ、「開始時期についても検討を進める」と述べている。このころから、小学校での英語教育が現実味を帯びて検討され始めたが、その是非に関する議論は20年にも及んだ。その間、アジアの多くの国々で、小学校からの英語教育が必修化されていった。以前、韓国の研究者とこの問題について話をしたことがあるが、「日本人は議論ばかりしていて先に進まない」と冷やかされたものだ。私自身は、議論も大切だろうという程度の感想しか持たなかったが、関係者にはもどかしい思いがあったろう。

保護者に強い期待感

 こうして小学校での英語教育が実現されるに至ったわけだが、その背景には、保護者の強い要求がある。この問題を議論していた中央教育審議会の外国語専門部会では、保護者の7割が英語活動の必修化に賛成しているというデータ(文部科学省「義務教育に関する意識調査」)がしばしば引用されている。

 また、図1はベネッセ教育研究開発センターが2006年に行った調査の結果だが、ここでも76.4%の保護者が必修に「賛成」を表明しており、「反対」という回答は14.0%に過ぎない。

図1:小学校英語に対する意見(保護者)

図1:小学校英語に対する意見(保護者)

出典)ベネッセ教育研究開発センター「第1回小学校英語に関する基本調査(保護者調査)」2006年実施

 とにかく、保護者の英語教育に対する思いは「熱い」のである。「今後の国際環境を考えると、英語が話せるようになることは必要だ」という意見に対して9割弱が肯定し、「英語はできるだけ早い時期から学ぶのがよい」に対しても75.0%が賛成している。さらに、小学校英語に望むことを尋ねたところ、「抵抗感をなくすこと」「音やリズムに触れたり、慣れたりすること」「聞いたり話したりすること」などは9割前後が、「文字や文章を読むこと」「文字や文章を書くこと」には6割以上が、「望む」と回答している。単に慣れるというレベルではなく、会話や読み書きといったスキルの習得まで指導してほしいと考える保護者が多い。学校に対して、とても強い期待をもっていることが分かる。

教員には負担感

 しかし、そんな熱い思いをぶつけられても困る、というのが、ほとんどの教員の実感だろう。図2は、英語教育の実施について教員に尋ねた結果である。

図2:小学校英語に対する意見(教員)

図2:小学校英語に対する意見(教員)

出典)ベネッセ教育研究開発センター「第1回小学校英語に関する基本調査(教員調査)」2006年実施

 「英語教育を行うこと」については67.1%が賛成しており、実施そのものに対する抵抗感は強くない。しかし、「必修にすること」には36.8%、「教科として扱うこと」には24.3%しか賛成していない。現状で行われている「総合的な学習の時間」の中の活動(国際理解教育など)であればよいが、それ以上の取り組みには賛成しかねるという教員が多いようだ。

 英語に割り当てられる時間は、全体からみればわずかである。また、教員自身が英語を教えたことがないし、指導するための訓練も受けたことがない。ALT(外国語指導助手)の数も足りないし、教材も不十分である。教材開発のための時間も足りない。そんな状況の中で保護者が期待する水準の成果をあげることは、かなり難しい。

意識のズレを埋めるには

 英語教育に関しては、保護者と教員の間に意識のズレがある。保護者はより多くのことを期待し、学校や教員に要求している。しかし、学校や教員の側は、要求された水準までのことを想定していないし、それを実現するための十分なリソース(資源)を与えられていない。このズレを放置することは、相互に不信を招き、どちらにとっても不幸だ。解消のために動くしかない。

 では、どうすればよいのか。

 1つは、英語活動の目的や実践の状況を、保護者に丁寧に伝えることだ。小学校英語は保護者自身の学校体験にもないことであり、知らないがゆえに不当な要求をしている面もある。今回の導入は、基本的な表現に慣れ親しむことや、コミュニケーションの態度を育てることが目的だ。そのことを、きちんと伝えておくべきである。

 2つめは、もし本当に充実した英語教育が必要であれば、そのためのリソースを学校現場に投入することが求められる。さまざまな活動が決められる一方で、それを実現するための手立ては与えられないとなると、教員は大変だ。

 これらのことを踏まえながら、今後も、学校でどのような英語教育が必要かという議論を、社会全体でも学校現場でも、続けていく必要があるだろう。


 グラフのポイントはココ!

(1) 小学校での英語の必修化に対して、保護者の7割以上が賛成している。保護者のニーズは高い。(図1
(2) 教員は、英語教育の実施には7割弱が賛成だが、必修化や教科化になると反対が多くなる。過度な負担には抵抗感が強い。(図2

※初出:月刊「教員養成セミナー」2008年8月号(時事通信社)


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