調査室長コラム Ⅱ

第13回 「円周率3」の悲しき誤解

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2009/5/25更新)

学力低下の象徴?=円周率3

 小学校では2011年から、中学校では2012年から新しい学習指導要領が実施される。授業時数が増えることもあって、算数・数学や理科などでは、現行の学習指導要領で削除されたり、上の学年に先送りされたりした学習内容の多くが復活する。学力低下の批判を受け、文部科学省が対応した結果だ。

 そうした改訂項目の一つに、円周率がある。円周率については、2002年の改訂によって「3.14」ではなく「3」で教えられるといった報道がなされた。このことは、学習内容の削減や易化の代表のように扱われ、子どもたちの学力がさらに低下するのではないかという懸念につながった。しかし、「円周率が3になった」というのは誤解である。

 円周率を習う小学5年生の算数の学習指導要領では、その取り扱いについて「円周率としては3.14を用いるが、目的に応じて3を用いて処理できるように配慮する」と記述されている。素直に読めば、基本は3.14を用いると読める。「目的に応じて」とあるのは、たとえば日常生活のなかで切り株の面積を概算しようといった場合である。おおよその面積を知るのに、いちいち3.14を乗じて計算するのは大変なので、3で計算すればよいということを教える。こうした概算できる力も、生活場面では重要なはずだ。しかし、次の学習指導要領では、「目的に応じて」以下の記述がなくなり、3.14を用いることのみが記述されている。

数量感覚は「生きる力」

 確かに、3.14ではなく3で計算することは、「計算の習熟」という観点からいえば、大きな問題かもしれない。複雑な小数の計算をせずに、より簡単な正数の計算で済まそうとすれば、計算力の低下をもたらす可能性は高い。しかし、目的に応じて数を柔軟に使い分けることも重要である。そうした数量感覚がないと、かえって計算力は低下するのではないだろうか。

 例を示そう。次の計算問題は、ベネッセ教育研究開発センターが実施した「小学生の計算力に関する実態調査2007」からの抜粋である。各学年で履修する範囲の問題を解いてもらったが、4年生と5年生で最も誤答が多かった問題と、その誤答例を示した(括弧内は誤答のなかでの比率)。

4年生と5年生で最も誤答が多かった問題

 ここでは誤答例に注目したい。①については、けたぞろえができていないミスだが、誤答の子の半分が「0.5」と回答している。「1.8」を「およそ2」として考えれば、「23」から「およそ2」を引くことになるので、「0.5」といった答えが不自然なことに気づかなければおかしい。②はあまりのけた(小数点の位置)が間違っているが、割られる数が「2.8」、割る数が「0.6」なのに、あまりがそれらより大きい「4」になるはずがない。そういったことに多くの子が気づかない。これは、計算の習熟程度が低いこともあるかもしれないが、数量感覚が身に付いていないためだろう。概算でどういう答えが出そうか予測ができれば、また、出るはずのない答えがあらかじめ理解できていれば、防げる誤りである。

 円周率についても、目的に応じて使い分けることが、算数・数学で重要な数量感覚を養っているはずだ。それは、生活場面で「生きる力」である。だが皮肉なことに、学力低下の批判に押されて、円周率3は姿を消してしまいそうである。

計算のつまずきに配慮を

 数量感覚の欠如は、学年を上がっても引きずり、算数・数学の苦手意識を生むことになる。図1は、小学生を対象に算数の勉強が好きかどうかを尋ねた結果だ。これを見ると、「好き」の割合は、3年生から4年生にかけて減ることがわかる。特に、計算問題で平均以下の得点しか取れなかった子どもは、極端に「好き」の割合が下がる。

図1:算数の好き嫌い

「とても好き」+まあ好き」の合計(%)

図1:算数の好き嫌い

注:「平均以上」は同時に行った計算テストで平均点以上の得点だった子、「平均未満」は平均未満の得点だった子である。

出典)ベネッセ教育研究開発センター「小学生の計算力に関する実態調査2007

 また、図2は、計算が正しくできてうれしかったことがあるかという質問に、「何度もある」と回答した比率である。算数が「好きな子」と「好きではない子」に分けて数値を示したが、算数が好きではない子は計算によって達成感を得ることが少ない様子がうかがえる。

図2:計算ができてうれしかった体験

「何度もある」の比率(%)

図2:計算ができてうれしかった体験

注:「算数が好きな子」は算数が好きかどうかの質問に「とても好き」「まあ好き」と答えた子、「算数が好きでない子」は「まったく好きでない」「あまり好きでない」と答えた子である。

出典)ベネッセ教育研究開発センター「小学生の計算力に関する実態調査2007

 反復練習も大切である。が、同時にけたを意識して数をとらえたり、概算でだいたいどれくらいになりそうかといった予測を立てたりする力を、中学年から高学年にかけてしっかり育てたいものである。そうした観点で計算のつまずきを少なくし達成感を得ることが、算数・数学嫌いを予防することにつながるのではないだろうか。


 グラフのポイントはココ!

(1) 3年生から4年生にかけて、計算力が低い子どもの算数の苦手意識が高まる。 (図1
(2) 算数が好きでない子は、計算ができてうれしかった経験が少ない。(図2

※初出:月刊「教員養成セミナー」2008年9月号(時事通信社)


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