調査室長コラム Ⅱ
第14回 選択できることの影響
ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2009/6/22更新)
近年、中学校選択が多様化している。以前であれば、地元の公立中学校に進学するのが当たり前だった。しかし、今では義務教育段階でもたくさんの選択肢が存在する。消費者という視点に立てば、選択できるということは重要な要素である。それが生産者側の工夫を生み出し、よりよいサービスを受けることにつながるからだ。
とはいえ、学校教育のような公共性の高いサービスで選択肢を増やすことは、メリットと共にデメリットを生む危険性をはらむ。それを意識しておくことが必要だろう。そこで今回は、学校を選択できることの意味と、その影響について考えてみたい。
中学校選択の3つの動向
最初に、中学校選択の状況がどうなっているのかを確認しよう。その動向は、大きく3点にまとめられる。
第一に挙げられるのは、国立大学の附属中学や私立中学校の受験の拡大である。進学塾大手の日能研の推計によれば、首都圏の中学受験率は、2000年には13%であったが、2008年には19%になった。都市部を中心にして、中学受験がさかんになっている。
2つめは公立中高一貫校への進学という選択肢の登場である。中でも適性検査や面接などによる選抜が行われる中等教育学校や併設型中高一貫校は、1999年に第一号が設置されてから毎年増え、07年には72校になった。こちらは、都市部だけでなく地方でも増えているのが特徴だ。
3つめは、公立中学校の選択制の広がりである。文部科学省が発表したデータでは、2校以上の中学校を置く自治体の14%で学校選択制を導入している(文部科学省「小・中学校における学校選択制等の実施状況について」2008年)。選択制は、人口規模の大きい自治体で導入される傾向があるので、実際に利用できる家庭の割合は、もっと大きいはずである。
選択機会には偏りが
ベネッセ教育研究開発センターでは、こうした状況を把握するため、07年12月に「中学校選択に関する調査」を行った。対象は全国の公立小学校に通う6年生とその保護者で、それぞれ約1500人に回答してもらっている。ここで明らかになったのは、選択が多様化する一方で、その機会が偏在している実態である。
たとえば、図1に示すように、中学受験する予定の比率は、人口規模の大きい自治体に住む小学生ほど高い。「特別区・政令指定都市」に住んでいる小学生は22%が受験をする予定であるのに対して、「5万人未満」の自治体に住んでいる場合は8%弱であり、およそ3倍の開きがある。また、世帯収入別に見ると、「1000万円以上」の家庭と「400万円未満」の家庭で受験予定率に5倍ほどの差がある。同様に、母親の学歴別では、「大学・大学院」卒業の場合と「高等学校」卒業の場合とで4倍の格差がある。つまり、どのような地域に生まれたか、どのような家庭に生まれたかによって、中学受験をするかどうかが大きく異なっているのだ。
学校選択は、子どもや保護者にとってよりよい教育を受ける上で意味がある。しかし、それによって、子どもに過度の負担を強いたり、保護者に無用の悩みを感じさせたりすることもあるだろう。反対に、選択できない家庭では、学校選択に悩まないで済む半面、子どもにとって最適の教育が受けられない状況を予感させる。
いずれにせよ、保護者は、置かれている状況に応じて選択できること・できないことのメリットとデメリットを認識しておく必要がある。また、社会全体では、義務教育段階で機会が偏在していることの是非を考えねばならないだろう。
学校への要望は増大
さらに、教育における選択の拡大は、保護者に一定の意識を生んでいると思われる。選択される側(つまり学校)に対する要望の増大である。
図2は、同調査の「子どもが通っている小学校に対する意識」から抜粋したデータである。ここでは、7割前後が「先生は自分の子どものことをよく見てくれている」「今の担任の先生の教え方に満足している」「今の小学校の教育方針に満足している」と回答しており、満足度は決して低くない様子が示されている。「学校の先生は忙しすぎる」も7割が肯定していて、学校の大変さにも理解を示している。
その一方で、「土曜日も授業があったほうがよい」「学校の取り組みについて保護者にもっと伝えてほしい」は7割以上が、「学校ではもっと補習授業をすべきである」「学校は子どもにしつけやマナーをもっと教えるべきだ」は5〜6割が肯定している。学校に対する要望も高いことがわかる。こうした傾向は、選択肢が多い都市部ほど顕著だ。
保護者の要望に学校が応えることで、よりよい教育が実現できる面があることは否定できない。しかし、肥大化する要望にすべて応えていかなければならないとすれば、学校はパンクするに違いない。それぞれの教員には、増大する要望の中で優先すべき課題は何かを考え、それを保護者に伝えていく必要が生まれているといえよう。
グラフのポイントはココ!
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※初出:月刊「教員養成セミナー」2008年10月号(時事通信社)