調査室長コラム Ⅱ

第17回 塾通いと教育に対する意識

ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2009/9/28更新)

教育意識の大きな流れ

 文部科学省が行っている調査の結果を見ると、ここ数年で子どもたちの学習時間が増加していることに気付く。文部科学省が公表した「平成20年度 全国学力・学習状況調査、調査結果のポイント」では、平日に「1時間」以上の学習をしている小学生の割合が、2001年の37.9%から2008年には56.4%に増えた。これに連動して、計算や漢字などの基礎的な問題の正答率も上がっている。過去に実施した同一の問題を比較すると、以前よりもよくできているのだ。一部の問題で判断するのは慎重であらねばならないが、学力も全体的に上がっていると見るのが妥当ではないだろうか。依然として子どもたちの学力や学習意欲の低さが問題になることがあるが、学習離れが顕著だったころからは回復基調にある。経済用語でいうところの「底を打つ」という状況だろう。

 私は、その転換点が02年の学習指導要領施行の前後にあったと見ている。それ以前(1990年代)は、過度の受験競争に対する批判から、子どもたちの勉強のし過ぎが社会問題になっていた。また、バブル景気崩壊後の長期不況によって、学歴の価値が大きく揺らいだ。倒産によって大企業のトップが謝罪する姿は、学歴を得て一流と言われる企業に就職することが、必ずしも幸せにつながるわけではないことを印象付けた。こうした社会の動きは、子どものモチベーションを冷却する要因になったと思う。保護者も、子どもに勉強を促すことが難しい時代であった。

 ところが、学力低下に対する不安が高まり、授業時間の削減といった文部科学省の政策に批判が集まると、状況は一変する。折しも国際的な学力調査の結果が公開され、これにより日本の子どもたちは優秀で勉強熱心という神話が崩れた。教育界はここから、「確かな学力」の育成へとかじを切ることになる。保護者の意識も大きく変化したと考えられ、学校に対する不信感の高まりに伴って、保護者は学校外での学習を充実させる必要を感じた。こうした大人の変化が、冒頭に述べた子どもの学習時間の増加となって表れたのではないだろうか。

学校外の学習活動の推移

 このような教育意識の大きな流れを反映するデータがある。文部科学省が行っている「子どもの学校外での学習活動に関する実態調査」だ。1985年、93年、2002年、07年の4時点を調査しており、学校外学習について20年以上の推移をダイナミックに見ることができる。1980年代から意識や行動の変化を追っている調査は教育関係ではまれであり、興味深い内容だ。

 図1は、通塾率の変化である。小学校の高学年と中学生は、1985年から93年にかけて比率が高まった後、2002年にいったん低下し、07年に再び上昇するという軌跡を描いている。1980年代の「受験競争の激化」、90年代の「ゆとり重視」、2000年代の「学習回帰と学力向上」をそのまま表している。また、図は省略するが、小学生を中心にした習い事(塾を除く)も、増減の仕方が全く同じだった。その比率は、やはり02 年にいったん下がった後に、07年にかけて増加する。この変化は、先に述べた保護者の教育熱心さと連動しているし、子どもの学習時間とも関連があると言えるだろう。いずれも、同じように推移したに違いない。

図1:通塾率の変化

図1:通塾率の変化

出典)文部科学省 「子どもの学校外での学習活動に関する実態調査報告」2008年

子どもに与える影響を考える

 こうして状況を長い目で見ると(そして、少し意地悪な目で見ると)、02年前後の学力低下に対する不安が、結果的に学習回帰と学力向上に寄与したと言えなくもない。それは、学校にとっても大きなインパクトとなり、その後の学力向上の取り組みにつながった。加えて、保護者に強い危機感をもたらし、学校外教育を促進した。

 図2は、同じ文科省調査で、保護者に塾通いが過熱化していると思うかを尋ねた結果である。これを見ると、6割が「そう思う」と回答している。さらに、そう思う保護者に、塾通いが過熱化する背景として当てはまるものを選択してもらったところ、66.5%が「学校だけでの学習に対する不安」を、59.9%が「学歴重視の社会風潮」を選んだ(複数回答)。学歴の重要性を意識し、学校教育だけでは不足かもしれないという思いを強めていることをうかがわせる。保護者自身も、そのことが通塾につながっていることを認識している様子だ。

図2:通塾に対する認識

図2:通塾に対する認識

*小1〜中3生の子どもをもつ保護者の回答。
*2008年の数値。

出典)文部科学省 「子どもの学校外での学習活動に関する実態調査報告」2008年

 ここで立ち止まって考えなければならないのは、子どもに与える影響である。全体的に、学校からのプレッシャーも家庭からのプレッシャーも強まる傾向にあって、子どもが勉強せざるを得ない環境が生まれている。その際、2つの点に留意が必要だろう。

 第一に、多くの子どもが疲れを感じているし、一部には過度な学習量を負担する子どもがいるという事実だ。例えば、中学受験をする子どもの半数以上は、平日4時間を超える学習をしている。よもや「受験競争の激化」の時代に逆戻りするとは考えづらいが、それでも子どもの負担に配慮すべきである。

 第二に、子どもへの動機づけと、学習の「質」の問題だ。せざるを得ない学習は、意欲的に取り組む学習にはなりづらい。その結果、子ども自身が深く考えたり、試行錯誤したりすることも難しくなる。子どもたちの学習量が増えつつある今、改めて学校と家庭の相互で、豊かな学習をどのように創出するかを考える必要に迫られているといえよう。


 グラフのポイントはココ!

(1) 通塾率は、1993年に高まった後、2002年にいったん低下し、07年に再び上昇する。この変化は、教育意識の大きな流れと連動している。
(2) 6割の保護者が塾通いの過熱化を実感している。その背景に、学校教育だけでは不安という意識が強く存在する。

※初出:月刊「教員養成セミナー」2009年1月号(時事通信社)


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