調査室長コラム Ⅱ
第21回 教員のワークライフバランスは?
ベネッセ教育研究開発センター 教育調査室長 木村治生 (2010/1/25更新)
経済状況と労働環境
リーマンショックに端を発する世界的な不況は、日本経済にも大きなダメージを与えている。この間、高校生・大学生の内定取り消しや派遣社員の契約打ち切り、生産調整による勤務時間の短縮、正社員のリストラなど、雇用や働き方をめぐるさまざまな問題が噴出した。民間企業が利益を確保するためには、売り上げを上げるか、経費を抑えるというのが常道だ。売り上げが縮小すれば、経費を見直さざるを得なくなる。人件費も例外ではないということだろう。
とはいえ、一企業の中の話であれば、人件費の抑制によって経営の維持を図ることができるかもしれないが、一国の経済となると、そう簡単な話ではない。個人にとっては収入の減少につながり、購買意欲は低減する。これは不況の長期化を意味する。いわゆる、デフレスパイラルと呼ばれる状態だ。また、企業や個人からの税収が減少するのに、失業者などに対する社会保障コストは増加する。さらに、失業している間に適切な教育訓練が受けられないとすれば、社会全体の生産性の低下にもかかわる。
働き方という点でいえば、労働者の二極化も心配だ。働きたいのに働く場所がない人が増える一方で、今までは非正規の社員が担っていた仕事を正社員が負担するケースも生まれる。労働時間の平均は変わらなかったとしても、人による差は大きくなるのではないだろうか。正社員にとっても、過酷な環境になる可能性がある。
こうした状況を見ると、教員をはじめとする公務員は、比較的安定しているように感じる。通常は解雇(免職)がなく、収入も民間企業の平均に比べれば恵まれている。「不況になると公務員人気が高まる」と言われるが、それもうなずける。
教員の生活時間
しかし、もはや公務員だから安泰という時代ではない。国や自治体が抱える借金と税収の落ち込みを考えると、行政サービスのコスト削減は必須だ。仮に、今後、増税があったとしても、国民からはサービスの向上や効率化が強く求められることになるだろう。公務員の労働環境も、厳しいものになっていくに違いない。
表 中学校教員の生活時間
睡眠時間 | 学校にいる 時間 |
持ち帰り業務 時間 |
テレビ視聴 時間 |
読書時間 | |
---|---|---|---|---|---|
1980年調査 | 7時間08分 | 9時間59分 | 1時間11分 | 1時間13分 | 1時間17分 |
1991年調査 | (未調査) | 10時間40分 | 47分 | 54分 | 33分 |
1997年調査 | 6時間26分 | 10時間58分 | 51分 | 1時間01分 | 34分 |
2007年調査 | 5時間57分 | 11時間48分 | 1時間02分 | 49分 | 32分 |
*注1:1980年調査は『モノグラフ・中学生の世界Vol.7』、1991年調査は『モノグラフ・中学生の世界Vol.40』、1997年調査は『第1回学習指導基本調査』、2007年調査は『第4回学習指導基本調査』(いずれもベネッセ教育研究開発センター)。調査はいずれも郵送法で行われたが、調査地域などの条件が異なっている。
*注2:1980年調査は、記入してもらった時刻・時間から平均値を算出した。それ以外の調査は、選択肢の時刻・時間を数値に換算し、平均値を算出した推計値である。
教員の勤務状況は、その変化を先取りしているように思う。表は中学校教員の生活時間を示したものである。調査条件の異なるいくつかの結果を基にしたので、1分単位での厳密な把握はできない。だが、以下のような傾向を読み取ることはできる。
第一に、学校にいる時間が長くなった。1980年調査では在校時間は10時間程度であったが、2007年調査では12時間近い。この20〜30年の間に、教員の勤務時間がずいぶん長くなった。第二に、睡眠時間が減少した。1980年調査の約7時間から、2007年調査では1時間以上少なくなった。さらに、第三に、持ち帰り業務に費やす時間は大きく減っていないのに対して、テレビ視聴時間や読書時間は減少傾向を示している。全体として家庭での生活にゆとりを持てていない印象を受ける。
教員の労働環境は、国や自治体が政策として改善していかなければならない課題である。児童・生徒の指導にかかわる業務はもちろんのこと、学校運営にかかわる事務的な業務や外部対応なども増えている。サービスは増加しているのに、それに見合う資源の投下はなされていない。とはいえ、財政は火の車であり、十分な資源の投下を許さない事情もある。
タイムマネジメントを
学校現場の教員にとってみれば、労働時間に対して十分な給与だとは思えず、「好きでなければ続けられない」仕事だというのが実感だろう。こうした状況を踏まえると、教員を目指す人には、教員になることの意味を事前にしっかり考え、意志を固めておいてほしいと思う。安定志向だけでは通用しない世界だ。
幸いなことに、仕事にやりがいを感じている教員は多い。図は、中学校教員に勤務に対する意識を尋ねた結果である。ここからは、「教員が行うべき仕事が多すぎる」「仕事に追われて生活にゆとりがない」「授業の準備をする時間が足りない」などについて、いずれも7〜8割が肯定している。勤務が過酷になっている状況がうかがえる。にもかかわらず、「教員の仕事はやりがいがある」という項目を肯定する教員も8割を超える。このやりがいの高さは維持していきたい。
同時に、生活面の充実が図れれば素晴らしい。不況という状況下にあって難しい面もあるが、企業においてもワークライフバランスの重要性を認識するところが増えた。仕事と私生活の切り替えやプライベートの充実が、業務効率を高め、成果につながると考えられている。教員が私生活において読書もできず、テレビも見られないようでは、子どもにとって魅力の薄い大人に見えてしまうだろう。
業務は増えるのに、人員や予算はなかなか増えない。そのなかで、仕事と私生活のバランスを考えなければならない。行政がすぐに何とかしてくれないとすれば、これからの教員は自衛のためにも、タイムマネジメントを意識する必要が高まっているのではないだろうか。
グラフのポイントはココ!
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※初出:月刊「教員養成セミナー」2009年5月号(時事通信社)