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Benesse発 2010年「子どもの教育を考える」
このコーナーでは、教育のあるべき姿をベネッセ教育研究開発センターと、皆さんと共に考え、創りあげていきます。
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『Benesse発2010年「子どもの教育を考える」』更新終了のお知らせ

『Benesse発2010年「子どもの教育を考える」』は、2010年3月31日をもって、更新を終了させていただきました。
これまでたくさんのアクセスをいただき、ありがとうございました。

特集
子どもを取り巻く環境と生活習慣

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子どもの言葉の力を育てる環境づくり

内田伸子 お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授

小さな子どもにも個性がある

 小さくても一人の人間である子どもには、早い時期から個性が芽生えています。私たちの研究室で行った実験では、子どもが世界と関わる、対人対物システム=気質には2つのタイプがあることがわかりました。

 実験は、生後10か月の子どもと保護者100組に研究室に来ていただいて、しばらく遊んだ後、慣れたところで“アイボ”という犬型ロボットを見せるというものです。アイボを初めて見る子どもは驚いて保護者のほうへ近寄りますが、そのときの反応が2種類に分かれました。1つは保護者に近寄りながら保護者の顔を見上げ、アイボと保護者の顔とを交互に見るという反応。もう1つは保護者に近寄るけれど顔は見上げず、アイボに興味をもってじっと見つめるという反応でした。前者の人数は62名、後者は38名。その後、同じ子どもたちが1歳半になったときに、今度は自宅を訪問して同様の実験を行いました。以前のアイボとはデザインを変えましたから、どの子どもにとっても前回同様、初見のアイボです。すると、前回保護者を見上げた子どもは今回も見上げ、見上げなかった子どもは今回も見上げないという結果になりました。

 2回目に実験した1歳半は語彙爆発が起こる時期ですから、私たちは、子どもたちがどんな場面でどんな言葉を発しているかを、実験前の1か月間、保護者に記録していただいていました。その発話語彙を品詞別に分類してみると、保護者を見上げるタイプの子どもの語彙は65%までが挨拶の言葉、感情を表現する言葉、呼び名などで、残りの35%が名詞だということがわかりました。人の名前を呼んで“ばいばい”と挨拶をしたり、“きれいね”と感情を表現したりする言葉を多く使うという、人間関係に非常に敏感なタイプと考えられます。私はこのタイプを“物語型”と名付けました。一方、保護者を見上げないタイプの子どもたちの語彙は、なんと95%が名詞でした。人間関係よりはものの因果的な成り立ちに興味をもつタイプであるといえるため、“図鑑型”と名付けました。そして、物語型の80%は女子で、図鑑型の80%は男子でした。これには、思春期までは女子のほうが社会性の発達が早いことが関係しています。このように、子どもには、個性がありますので、それを大切にしてあげることが大事です。


“子どもに自分で考える体験”を与える子育てをしよう

 保護者のしつけの仕方にもタイプがあるようです。私が行った調査では大きく2つのタイプが見られました。1つは“強制型しつけ”で、こうしたいという子育ての目標を掲げ、そこに向かって進んでいくという方法です。強制型のしつけをする保護者は、読み聞かせのときにも先生役のようになることが多く、1つ1つの言葉を覚えさせるようにして、子どもに教え込んでいきます。もう1つは“受容型しつけ”です。いわゆる子ども中心のしつけスタイルの親たちは、子どもの視線が何を捉えているかをよく見ながら、“ああ、わんわんいたね、ねこちゃんいるね”“あっ、ちょうちょも飛んできたのね”と子どもに視線に合わせてことばをかけています。このように、子どもが関心をもっている対象に敏感に応じてあげていました。

 子どもの頭をよくするには、子ども自身が頭を使って考える体験を与えなければいけません。これは原則です。ですから、子どもが考える余地を残すような言葉を与えなければいけない。強制型のしつけでは子どもが考える余地が少なくなります。受容型のしつけをするためには、まず“お母さん大好き”“お母さんのところにいると安全”という愛着関係をつくることが出発点になります。そして、ほかの子と比べずに、その子が進歩したときに、“ああできるようになってよかったね”“ママうれしいわ”というような、「私メッセ−ジ」を与えること。裁判官のように禁止や命令をするのではなく、提案の形で選択の余地を残すような言葉かけをすること。そして子どもが努力をしたときに活動の最後に(活動の最中は意識の集中が途切れるので)、エンカレッジする言葉を与えるようにするとよいと思います。

 秋田大学の学長を務めた渡辺萬次郎先生は、幼稚園児である2人の孫が“みやこぐさ”という豆科の植物に興味を抱いたときに、わざとその名前を教えませんでした。そしてみやこぐさを持ち帰って自宅の菜園で同じような花を探すことを提案します。家に帰った子どもたちは自力で豆科の“えんどう”を発見し、目を輝かせたといいます。さらにみやこぐさを指して“これにもお豆がなるの?”というだれかに教えられたのではない、子ども自身による独創的な問いを発したそうです。だからこそ、渡辺先生はこの問いにも答えず、次の週に豆がなっているかどうか、観察させたのです。やがて秋になったとき同じ豆科の萩の花を見た子どもたちは、「これにもきっとお豆がなるよ」と推測します。簡単に答を教えてしまわず、子どもたちに考えさせたことにより、子どもたちはある形の花には豆がなるというル−ルを抽出することができたのです。子どもは自分で考えることによってどんどん成長していきます。このような力は、保護者の指示どおりにさせることでは身につきません。

言葉は“目に見えないもの”を伝える

 繰り返しになりますが、子どもは一人ひとりに個性があり、持ち味がまったく異なります。保護者には、子どもは一人ひとりが違っていてよいこと、そして一人ひとりが大切な存在であることを、しっかりとわかってほしいと思います。その上で、子どもは決して一人で生きているわけではありませんから、社会的なル−ルはきちんとしつけてほしいと思います。それには、保護者が子どもにいいモデルを見せることが必要です。夫が妻に対して親切にしているか、そして妻は夫に対して本当に思いやりをもって接しているか。日ごろの家庭での人間関係がモデルになるのです。お父さんお母さんが汚い言葉を使っていたら、子どもだってそういう言葉しか覚えないでしょう。

 言葉を育てることは、子どもの内面を育てることに等しい。言葉は結局、何かを伝えるための符号でしかないので、使い手である子どもに想像力や思考力がついていなければ、表面的なものになってしまいます。いくら英語をすらすらと話せても、暗記したことをそのまま言っているだけでは意味がないのです。南アフリカ共和国の元大統領・マンデラ氏の演説が私たちの心を打つのは、たとえ訛りの強いとつとつとした言葉でも、マンデラ氏が行ってきた活動や人となりがそこから感じられるからです。言葉はまるでガラスのように突き抜けて、人の内面を見せてしまうのです。

 保護者は子どもに言葉を与えることを通して、自分自身の内面や文化を伝えています。まさに言葉という“目に見えるもの”が、内面や文化という“目に見えないもの”を伝えるすべとなっているわけです。そして、言葉の奥にある目に見えないものを受け取るために必要なのは、想像力や思考力です。保護者はこのことをしっかりと心に留めて、言葉を大切にし、子どもに伝えていってほしいと思います。


(取材日:2009年3月10日)



  
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