BERD 2007 No.8
【特集】
ケーススタディ
profile
志水宏吉
大阪大学大学院人間科学研究科教授
しみず こうきち

大阪大学大学院人間科学研究科教授。
東京大学大学院教育学研究科博士課程修了、教育学博士。
専攻は学校臨床学、教育社会学。
主な著書に『学力を育てる』(岩波書店)、『学校文化の比較社会学』(東京大学出版会)など。
Refarences
●『就学前からの学力保障〜筑豊金川の教育コミュニティづくり〜』「金川の教育改革」編集委員会編著/解放出版社/2006年
●『学力を育てる』志水宏吉著/岩波書店/2005年
BERD
   PAGE 4/5 前ページ 次ページ

金川小学校が「力のある学校」となったのはなぜか
──「学力の樹」を基にした子どもが伸びていく仕組み──
志水宏吉[大阪大学大学院人間科学研究科教授]

   金川小学校の取り組みは、格差の存在する全国の学校にどのような道しるべを示しているのだろうか。
 その実践の意義や有効性について、志水宏吉教授に解説していただいた。
家庭の文化的階層と学力格差の相関関係
志水宏吉  私が学力格差の問題に関わるようになったのは、90年代末に学力低下論争が起きたのがきっかけです。当時この論争に参加していた論者の多くは、客観的なデータによる論拠もなしに主観的な思い込みで学力低下を論じているケースが多く見られました。私は教育社会学者ですから、「データを通じてモノをいうこと」を自らに課しています。そこで過去に行われた学力テストの問題を現代の子どもに解答してもらい、両者の結果を比較することで、「本当に学力低下が起きているのか」を検証することにしたのです。
 その結果分かったのは、学力低下よりも「できる子」と「できない子」の二極分化、すなわち、学力格差の問題の方が深刻であるという事実でした。上位層の子どもの学力はさほど変化がないのに対し、中位層から下位層の子どもの落ち込みが激しく、これが全体の平均点を引き下げていたのです。
 この学力格差の要因を分析してみると、家庭の文化的階層、例えば「家の人がテレビでニュース番組を見る」とか「小さい時、家の人に絵本の読み聞かせをしてもらった」といった家庭の文化的な環境の差が、学力の格差と強い相関があることが明らかになりました。文化的階層が高い子どもの学力が高く、階層が低い子どもの学力が低いという傾向が如実に表れたのです。
 しかしさらに詳しく分析するうちに、文化的階層による学力格差の課題を抱えながらも、その課題を克服している学校が存在することも見いだされていきました。田川市の金川小学校も家庭の教育的環境に恵まれない子どもたちの学力保障を実現している、そうした「力のある学校」のうちの1校です。

力のある学校は「学力の樹」をバランスよく育てている

図表[5]「学力の樹」の考え方 ところで「学力格差」とか「学力保障」というときの「学力」とは、いったいどのようなものなのでしょうか。私は自分の考えを説明するとき、いつも学力を「樹」にたとえて話をしています(図表5)。
 「学力の樹」は、葉と幹と根から成り立っています。樹を見ればまず葉が目につくように、葉は学力テストによって測定可能な「見える学力」だと位置付けられます。一方根は、「見えない学力」、つまり意欲・関心・態度に対応します。この葉と根をつなぐのが幹なのですが、これは思考力や判断力、表現力に該当します。
 「学力の樹」は、葉と幹と根がバランスよく成長してこそ、全体としてすくすくと育つことができます。根の力が貧弱であれば、水分や養分を幹や葉に送り込むことができません。また葉が十分に育っていなければ、降り注ぐ太陽の光を受けたとしても十分な光合成ができなくなってしまいます。
 根から葉へと、あるいは葉から根へと水分や栄養分が受け渡しされることによって、幹は太くなり葉は茂り、根は地へ張ります。現在、子どもの学力向上をめぐる学力観には、大きく二つの考え方があります。一つは「学力の樹」の葉を重視する考え方 「見える学力」を付けることに力を注ぎ、知識・技能をベースとして幹の部分(思考力・判断力)や根の部分(意欲・関心)のレベルを向上させようとする従来型の学力観。もう一つは新学力観と呼ばれるもので、「見えない学力」 子どもの意欲や関心を伸ばすことで、幹の部分(思考力・判断力)を働かせ、結果的に知識・技能のレベルを引き上げようとする学力観です。しかし前者の学力観が偏重されれば幹や根がやせ細った樹ができ上がりますし、逆に後者の学力観のみに偏った場合、葉や幹が十分に育たなくなります。あくまでも「学力の樹」は葉と幹と根がバランスよく成長してこそ、力のある樹に成長することができるのです。
 私が「学力の樹」のたとえをやや長めに話したのは、学力格差を克服している「力のある学校」の共通点として、葉と幹と根のバランスを重視した教育活動を展開していることが挙げられるからです。学力向上の成果を測定できるのは葉の部分(知識・技能)ですが、「力のある学校」は決して学力テストの点数を上げることのみに力を注いでいるわけではありません。トータルな教育活動の成果が、結果として学力テストに表れているのです。
   PAGE 4/5 前ページ次ページ
研究者(BERD)TOPへ戻る 2007年度バックナンバーへ戻る