BERD 2007 No.10
【特集】
若手研究者
現地調査レポート
BERD
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1. フィンランドにおける教育の特徴
図表[1] フィンランドの教育制度(1)フィンランドにおける教育の概要
 フィンランドにおける教育システムの概要を確認しておこう。フィンランドでは義務教育として7歳から16歳までの基礎教育(Basic Education)がある*4。 その後、2〜4年の高等学校(Upper Secondary Schools)または2〜5年の職業専門学校(Vocational Schools)へと進み、高等教育機関である大学(Universities)と高等職業専門学校(Polytech- nics)と続いている(図表1)。
 05年の段階で基礎教育課程は3579校に、4万4433人の教師、58万6381人の児童生徒が在籍。これは教師1人当たりの生徒数は約13人という計算になる。半数近くの学校が生徒数100人以下という規模であり、またクラスサイズも20人程度に制限している。また、高等学校は03年のデータによると487校に、約7500人の教師、12万1813人の生徒が在籍し、こちらも教師1人当たりの生徒数は約16人となる。このように、フィンランドの学校は日本と比較すると比較的小規模で目の届きやすい環境といえる。
図表[2] 基礎教育課程修了後の進路(2004年度)  フィンランド教育省の調査によると、04年度における基礎教育課程修了後の進学率は高等学校と職業専門学校を合わせ90%以上であった(図表2)。同年の高等学校、職業専門学校への入学者数はそれぞれ4万3000人、6万1300人。また、大学、高等職業専門学校への入学者数はそれぞれ1万9931人、3万3260人である。職業専門学校、高等職業専門学校は基礎教育課程や高等学校を修了したばかりの生徒だけではなく、職業訓練を受けたいという大人たちも多く入学している。
  •  *4 6歳から1年間、基礎教育課程に入学する前の準備をするPreschoolがある。これは義務ではないものの、現在ではほとんどの6歳児がPreschoolに通う。
さまざまな教材が置かれたフリースペース (2)柔軟な時空間の構成
 フィンランドの教育システムの特徴の一つとしてその修了年限に関して非常に柔軟である点が挙げられる。例えば、基礎教育段階は9年間であるが、高等学校、職業専門学校へと進学するのに不十分だとされた場合や、自分のキャリアデザインに時間をかけたいと判断した場合、さらに1年間の「ボランティア追加基礎教育(Voluntary additional basic education)」と呼ばれる、いわゆる「10年目」が設置されている。ボランティア追加基礎教育のカリキュラムは教師と共に各生徒に合わせて非常にフレキシブルに組まれる*5
 「10年目」は留年や落第といったネガティブなものとは捉えられず、むしろ質を保証するためのセーフティネットというように、ポジティブなものとして受け止められている。また高等学校、職業専門学校段階以降では決まった年数で卒業するのではなく、所定の単位を取得すれば卒業となる。そのため、卒業するまでの年数は2〜4年と人によって異なっている。大学においても、日本の大学のように学部と大学院が区分されているのではなく、取得した単位数によって学士号、修士号が与えられるというシステムになっている。
 そうした柔軟な対応は実際の教育現場においても同様だ。訪問したハメーンリンナ市のタンペレ大学教育学部教員養成コースの附属小学校では同じクラスでも、早く来て早く帰宅するグループと、遅く来て遅く帰るグループがあり、時間割が柔軟に運用されていた。また、フリースペースを教室が取り囲むようなつくりになっている(写真)。このスペースの周りの棚には、図鑑や読みものなどの図書、動物のはく製、地図などさまざまな教材が置かれている。また、クラスや学年でさまざまなアクティビティやミーティングなど、グループ学習を行うことも可能だ。実際このスペースは、例えば、グループでエジプトのファラオのマスクを作りながら、古代エジプトの歴史も学ぶというような学習などでよく使われる、ということだった。
図表[3] フィンランドの教育・開発予算(3)平等性の重視
 フィンランドの教育の特徴として平等性の重視がある。ヘルシンキでもロバニエミ*6でも同じ教育が受けられる、というように首都から北極圏までフィンランド全土で平等な教育を受けられるような配慮がなされている。03年に行われたPISAで、フィンランドは読解力などの項目を中心に世界でトップレベルの学力を示した。その理由の一つとして、いわゆる「落ちこぼれ」をつくらない教育の姿勢が挙げられる。成績上位の生徒と下位の生徒の差が小さかったことが全体的に平均点を押し上げ、好成績につながったとされている。
 このように平等性を重視する背景にはフィンランドの社会事情がある。移民や外国人が比較的少なく、文化的にも均質的であり*7、 また、所得の再分配、福祉の充実によって個人の経済格差がそれほど大きくない*8
 学校のほぼすべてが公立であるということも特徴の一つである*9。 授業料は無料であり、給食も無料で提供している。図表3からも分かるように、教育・開発にかける予算は90年代後半から年々増加している。また、OECDの調査によると、03年の教育・開発予算の対GDP比は日本が4.8%であったのに対してフィンランドは6.1%だった*10。教育・開発にかける予算を金額的に増やしているだけではなく、対GDP比率も高い水準を保っている。
 フィンランドにおいて教育は将来のための有効な投資と考えられている。日本においても投資としての教育という意識は高いが、それは社会全体のための公共投資という意識よりも、自分の子どもという個人・家族としての投資という意味合いが強いのではないだろうか。
  •  *6 フィンランド北部の北極圏に近いまち。
  •  *7 06年のデータによるとフィンランドにおける外国人の人口に対する割合は2%であった(Statistics Finland, "Population"を基に筆者が算出)。外国人は主にロシア人、エストニア人、スウェーデン人など近隣諸国出身者が多い。
  •  *8 例えば、税制調査会第9 回基礎問題小委員会の概要で報告された「所得分配状況の国際比較」において所得格差を示すジニ係数は日本が26.5%であったのに対して、フィンランドは22.8%と日本よりも低い水準であった。
  •  *9 フィンランド国立教育研究所の04年データによると、基礎教育の学校数3450校中、州立は5校、私立は27校であり、99%以上が公立だった。
  •  *10 OECDによる"Education at a Glance 2006" を参照。ちなみにOECDの平均は5.9%。
    http://www.oecd.org/document/6/0,2340,en_2825_495609_37344774_1_1_1_1,00.html
(4)教師の自律性
 PISAでのフィンランドの好成績の理由として教師の優秀さも挙げられる。その優秀さを示すものとして、教師は修士号を取得していなければならないということがある。日本でもしばしば、高度な大学院教育を受けた教師を増やすようにすべきである、という議論がなされるが、重要なことは、フィンランドにおいては教師の自律性が確保されている点にある。いくら教師が修士号を持っていても、その能力を発揮できなければ意味がない。フィンランドの場合、教師の裁量権は非常に大きく設定されている。
 フィンランドでは教育省(Ministry of Education)と国立教育研究所(National Board of Education)が教育関係の行政機関として存在する。主に教育省が教育戦略、予算、教育システムなどを担当し、国立教育研究所はナショナル・コア・カリキュラム(National Core Curriculum)の策定、教育評価などを担当する。90年代以降、検定教科書の廃止、ナショナル・コア・カリキュラムの大綱化などを経て、各地方、各学校に権限が大幅に委譲された。その中で、大綱を具現化するためのカリキュラムを作成するのは一人ひとりの教師である。そのために教師はそれぞれが非常に独立した存在として相互に尊重し合っているという。
 こうした特徴は職員室にも表れている。日本の学校のような職員室は存在しない。多くの学校では各教師は普段、教室の横に設置されてあるそれぞれの個室、あるいは各教科の部屋にいる。フィンランドの学校における職員室は各職員が自由に立ち寄り、コーヒーを片手に生徒に関する情報交換や学校運営に関するミーティングなどを行うスペースとなっている。このように空間的にも各教師の独立性を維持しながらも、職員室をミーティングや情報交換のためのスペースとして利用することで、各教師の連携も図っている。
 フィンランドの学校教育の成功理由として教師の優秀さを指摘する場合、修士号の要求という教師教育の充実だけに目を向けるのではなく、これまで述べたような学校現場における教師の大きな裁量権と自律性の確保という点にも注目すべきであろう。
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