BERD 2008 No.15
【特集】
インタビュー
BERD
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90年代からアメリカ・イギリスで出始めた
長期にわたる追跡調査の研究結果が示唆すること
図表[2]誰が主導した活動であるかの比率
図表[3]挑戦的課題でのやりとりの質の相違
 乳幼児の「保育・教育の質」とは何か、それをどのように測定し、評価し、指標をつくるのかを議論する際に難しいのは、幼児教育が「見えない教育方法」だからです。小学校以上であれば、PISAのような国際学力テストによってある程度、教育の成果は測定できます。ところが乳幼児に対して個別テストで教育の成果を問うわけにはいきません。乳幼児の保育・教育という営みは、暮らしの中での遊びという総合的な活動を通じた方法を中核にし、子どもの発達の個人差に応じて指導しているため、測定方法・評価内容・評価指標を第三者に対して可視化しにくいのです。
 したがって、どのような質の保育・教育であれば効果があるのかを明らかにするには、1人の子どもの発達を長期にわたって追跡調査する縦断研究の手法が必要になります。
 そうした研究報告が90年代から00年代にかけアメリカやイギリスを中心に出始めました。例えばアメリカでは、経済的に恵まれない子どもに対して「ヘッドスタート」等の早期介入プログラムを受けた子どもが、そうでない子どもに比べて、概ねその後の就学段階での成績が優秀で、成人し就労したときの年収も高いといった効果研究が報告されています。またイギリスでは、幼児教育の施設形態や保育時間の長さではなく、高い質が保障されていると評価された園に通った子どもほど、その後の知的発達レベルが優れている、といった研究報告が出されています。
 では、どのような保育をしたらその効果が出るのか。私が興味深いと思ったのはイギリスのオックスフォード大学シルヴァ教授らが出した研究報告の一例です(図表2)。それによると、第三者評価でトップの評価の最優秀園は、保育者が主導する活動の割合よりも、子どもが主導する活動の割合のほうが高いが、実は両方とも大切で、その二つのバランスのとれていることが良質の保育ではないか、と示されています。好き勝手に遊ばせていればいいわけでもないし、教師がすべて指導すればいいというものでもない。
 もう一つ面白いのは課題活動の質です。優れた園ほど、毎日同じような遊びをしているように見えても、挑戦的課題、子どもたちが自分の能力をフルに発揮しないとできない創意工夫のある活動を、巧みに組み込んでいます。また、挑戦的な課題での遊びの中で子ども同士の意見を保育者がつなぐ(Sustained Shared Thinking)やりとりが、最優秀園に多いのです(図表3)。このあたりは言語でのやりとりを重視するイギリスらしい報告であると同時に、協働的な遊びの質を考えるのに役立つでしょう。
 いずれにせよ、従来は制度的な側面の「構造の質」しか議論できなかったのに対して、教育のプロセスがどう成果に結びつくかという縦断研究によって、「過程の質」を議論できるようになってきたことが新しい傾向といえるでしょう。

「今ここに生きている」子どもの心の豊かさに着目した「保育の質」の自己評価

 そうした「過程の質」をどのように測定し、評価するのか。これには第三者評価と自己評価があります。とりわけ私が注目しているのは、ベルギーのリューベン大学ラーバーズ教授が考案した「経験に基づく教育」の哲学による保育の質の自己評価尺度です。これまで保育の質の尺度は、英米中心に施設や用具、教材など環境整備の度合い、その後の就学期における成果、チェックリストによる子どもの行動観察、先生とのやりとりなどからクラスの雰囲気を見る、といった方法で考えられていました。
 しかし「経験に基づく教育」の評価尺度はそれらとは異なり、一人ひとりの子どもの主体的経験から見ていく方法です。つまり、そこでいう「保育の質」とは、外部から見て一様に善し悪しを判断できる性質のものではありません。なぜなら、貧しい地域もあれば恵まれた地域もあり、施設が置かれた条件は多様に異なるからです。したがって、子どもがそこで活動にどれだけ夢中になれているか、また情緒的に安心して過ごせているかといった、「今ここに生きている」子どもの心の豊かさを保育の質として自己評価します。この考え方はヨーロッパをはじめ、20か国ですでに導入され、実際に良い変化が見られたというデータも出ていますし、この尺度そのものが園内研修の実践に基づいてつくられたものです。
 日本では、02年から保育所の第三者評価が始まりました。これは少子化対策や待機児童解消を目的とした規制緩和によって「保育の市場化」が進み、保育環境の劣悪化が懸念される中で、保育の質を保障する試みの一つです。
 しかし、ともすれば第三者評価の導入は、保育者にとって「やらされるもの」、自分たちの思いとは別に「外部から善し悪しの指導が来るもの」といったイメージで捉えられがちです。それに日本の場合、保育所、幼稚園での非常勤比率は高く、さらに多くは途中で退職するため、小中高の教師のように定年まで勤め上げる人はわずかです。若手の多い職場だけに自己評価により改善しつつ資質向上も図る方が馴染むのではないかと考えられます。現に、保育所の自己評価ガイドラインは作成中ですし、幼稚園の自己評価と説明責任は法的に義務づけられました。
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