ベネッセ教育総合研究所 ベネッセホールディングス
将来の職業を見据えた進路指導で今、「努力する」大切さを知らせる

佐賀県伊万里市立 青嶺せいれい中学校
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「未来予想図」にリアリティーが
 高校中退者やフリーターの増加は、不況のせいだけではない。大人たちが生きる意味や未来図を示していないことにも大きな原因がある…。そう考えた青嶺中学校の先生方は、「自己理解や進路設計に時間をかけ、生徒が意欲的に取り組めるような進路学習をすれば、生徒たちは夢を育むことができるし、夢の実現に向けて自ら学び、自ら考える」と仮説を立てた。
 こうして同校の進路指導研究は始まったが、特色は、常に「働くこと」を射程に入れていることだ。
 下図は、ワークシート「私の未来予想図」である。3年生の「進路の選択にそなえて」という9時間にわたる学習の7〜9時間目に扱う。自分が働き始める年齢を想定し、住まいや仕事、収入・支出、どんな目標を持って生活しているかなどを記入する。文面から、楽しんで書いたと想像できるが、就業時間や給料、家賃などに非常に現実感がある。
 「前時、『私のライフプラン』という学習で、毎月生活するのにどれくらいの費用がかかるかを調べました。住む場所によって住居費も違うので、インターネットで調べました。そして、かかる費用に見合う生活をするには、毎月どれくらいの収入が必要で、それはどこでどのような仕事をすれば得られるか、これもインターネットの求人情報で検索するのです。すると、高卒と大卒、ライセンスの有無などで給料が違うことなどがわかってくる。そのうえで書いた予想図なんです」
 と、進路指導主任の川久保博隆先生は話す。
3年生の進路学習のワークシート、「私の未来予想図」の一部。 インターネットで自分が就きたい職業を検索したうえで記入しているので、リアリティーがある

学習コーナーのパソコンでは、ソフト「職業調べナビ」を用いて、なりたい・就きたい職業にアクセスしたり、近隣の高校のHPをオフラインで閲覧できる
職場体験は自己開拓した職場で
 生徒たちの「未来予想図」にリアリティーがあるのは、1・2年生で職場訪問、職業体験を重ねてきていることも大きい。
 青嶺中の職場体験、職場訪問には、随所に先生方のこだわりがある。
 まず、1年生で伊万里市内の職場訪問をし、2年になるとそれが隣県の福岡市にまで広がる。その理由は、「人口約6万の伊万里市内では、生徒がなりたいと思うような職業にふれる機会が、非常に限られているから」(川久保先生)だ。福岡市では、大韓民国領事館、テレビ西日本、福岡ドームなど、伊万里市内とは違う種類の職場を訪問できた。生徒への事後アンケートによると、職業選択の基準がより明確になり、働く楽しさを感じ取る生徒が増えている。
 2年生では、さらに伊万里市内で2日間の職業体験もする。生徒は事業所の開拓から始める。むろん、1年生の訪問先も自己開拓が原則だ。生徒自身による交渉で受け入れ許可が得られたら、学校から正式に依頼文書を送る。なかには、3件、4件と交渉しても、断られる生徒もいる。
 「なぜ断られたのかを考えるのも、大事な学習です。また、以前は教師が探してきた体験先に子どもたちを割り振りましたから、なかには『好きで来たわけではない』という態度が見えて、事業所から『あいさつができていない』などの苦情もありました。しかし、今は生徒が自分で開拓した職場を訪問するので、受け入れてくれた相手に感謝する気持ちが非常に強くなりました。何度か断られたうえで見つけた職場なら、なおさらです」(川久保先生)
 効果は予測できても、生徒に任せるにはなかなか勇気がいる。
 「他校で実施していると聞き、それならうちの生徒もできると思ったのです」と、川久保先生の発言は自信に満ちている。それはおそらく、『校内ハローワーク』という目的意識を高める面接学習やロールプレイによるマナー指導など、事前学習に裏打ちされているからに違いない。
小・中連携で小学生にも進路指導
 同校の実践で忘れてはならないのは、小・中連携だ。同校の校区は広く、3つの小学校から進学してくるが、中1で進路指導を始めようとしたとき、小学校での学習状況やそれまでの目的意識などを把握できなかった。そこで、校区内の小学校とともにつくっていた「4校連絡会」を活用し、小学校での進路指導の必要性について訴えた。小学校の先生に中学校の進路学習を参観してもらったり、進路学習の大事な柱である「自己理解」につながる学習を、小学校でも実践してもらった。小学校には進路学習教材がないので、ワークシート類は、中学校のものを素材に小・中合同で開発。小・中を通した大まかな進路指導系統図までもつくり出していった。
「私のライフプラン」で使うワークシート。「未来予想図」の学習の前に使う。分割払いやローンの欄があるのは、将来、安易にローンを組み、自己破産に追い込まれることのないようにという意図から
進路指導主任のこだわりと探求心が実践を支える
 小学校用に限らず、ワークシートをはじめとした進路指導の教材・素材の多くは、自校用にアレンジし、データベース化されていて、いつでも、だれでも取り出せる。3年間の研究の間に、それぞれの学習の場面で必要なものはほとんどそろってきた。
 だが、川久保先生はそれだけで満足せず、新しい教材探しに努力を惜しまない。
 「なぜ勉強しなければならないの?」という生徒の疑問に答えるために、英会話スクールを訪ね、受講生に、「なぜ高校や大学を卒業したあとも英語を勉強しているのか、その理由を教えてほしい」と協力を求めた。
 「最初は断られるかと思ったのですが、みなさん非常に協力的で、英会話を習得する楽しさや勉強し続けることの大切さを切々と説いてくれました。教師の話の何倍もの説得力があります。これをもとに授業をしてみたいと考えています」
 こんな先生の存在が、学校のダイナミックな実践を支えているのだろう。
 ところで、こうした実践によって仮説は証明されたのだろうか。
 「進路指導の成果が見えるまでには非常に時間がかかるのですが、進路指導に力を入れたことによって学校生活のさまざまな面で変化が出ているのを感じます。
 実は本校は、統合でできたのですが、統合に至るまで保護者の抵抗があり、開校後も何かにつけ心配をしていました。しかし、生徒が明るく、落ち着いており、投げやりな態度の生徒も非常に少ないので、今では保護者も安心している。それも進路指導の成果だと思っています」(石本校長先生)
中卒者向けの求人票。近い将来に「働く」ことがあると感じさせる意図で、廊下に掲示してある
小・中連携の光景。青嶺中の先生が小学校に出向き、「中学校を知ろう」の授業を実施。こうした取り組みが、生徒の入学時の不安を解消
校内に2か所ある学習コーナーには、進路学習の成果のほか、先輩が教えてくれた上級学校の情報や職業について学べる図書が備えられている
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