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特集 FDの再構築

FDの再構築

 FD(ファカルティ・ディベロプメント)の重要性への認識が高まり、組織的な取り組みも増えつつある。その一方で、実施そのものが目的化し、形骸化してしまうという「FDの隘路」に迷いこみ、出口を探る大学も多い。目指すべきゴールを明確にした上で具体的な道筋を決めていく「FDの再構築」が求められている。本特集では、「教育力の向上」という理念の下、独自の発想、絶えざる議論、Plan-Do-Seeの手法などによって裏付けられたFDのモデルケースを見ながら、再構築への手がかりを考える。

2 基礎教育

 大学で学ぶためのレディネスを養成する基礎教育が広がりを見せている。従来の大学教育とは違う発想が求められているようだ。
●目的は明確にされているか
●カリキュラムにどう位置づけるべきか
●コンセプトに適合した教材とは


【実践】
大阪国際大学経営情報学部 「日本語表現」

オーバードクターの講師を加えたプロジェクトで
大学の授業へのガイダンスを再構築

 大阪国際大学経営情報学部では、1年生全員を対象とした基礎教育科目「日本語表現」を開設している。科目名こそ「日本語表現」だが、履修の方法やノートの取り方、レポートの書き方など大学での学び方全般を扱うガイダンス機能を担っている。専任の小瀬木えりの講師を中心に、平井順、上野雪絵両非常勤講師によるプロジェクトチームで授業を担当している。非常勤講師2人は、別の私立大学の大学院に在籍するオーバードクターだ。ユニークな体制による取り組みは、従来の枠組みにとらわれない柔軟な発想で課題を捉え直した点で、まさに「FDの再構築」のモデルケースと言える。

■表現力低下への危機感から

 同大学の「日本語表現」は1999年度にスタート。新入生を対象に漢字テストを続けていた教員からの指摘や、「学生に言葉が伝わらない」という多くの教員の実感から、学力低下が顕在化していた。表現力の面から学力の底上げを図ろうと、経営情報学部の教務委員会から提案されたのが「日本語表現」だった。99年度からの全学カリキュラムの見直しに合わせて開設を決定。しかし危機感が強かったがゆえに「とにかく始めよう」というムードが先行し、コンセプトや内容、担当者、体制について議論を尽くす時間が足りなかった点は否めないようだ。
 法政経学部と合わせた全学共通の選択科目としてスタート。当初は非常勤講師が1人で担当、漢字能力を中心に表現力を養成する内容だった。両学部混在で数百人が受講、開設された3〜4クラスのサイズは不統一だったという。担当者の負担が大きかったこともあり、十分な成果を挙げるには至らなかった。
 経営情報学部では初年度の反省を踏まえ、専任教員を担当教員兼コーディネーターとするプロジェクトを作り、コンセプトから練り直して科目を再構築することを決定。当時の教務委員だった小瀬木講師が担当となる。どの大学でも、通常の講義科目であれば内容は担当教員の裁量に委ねるのが一般的だ。しかし、基礎教育という未経験の分野については出発点での議論が不可欠だと考えた。

▼中央がコーディネーター兼担当専任教員の小瀬木えりの講師。
右が平井順講師、左が上野雪絵講師

図

■社会への導入などを柱に

 2000年度に再スタートした「日本語表現」では、まず全学共通から学部別での開講に変更。学部ごとに異なる学生の状況に対応するためだ。選択科目だと他の科目と重なって受講すべき学生が受けられないこともあるため、1年生全員を対象とした。これにより、約60人×6クラスとクラスサイズを均一にできた。全員対象と言っても必修ではない。必修の「基礎演習」に連動する「履修義務を伴う選択科目」として位置づけた。
 共に授業を担当する教員を決める際、小瀬木講師は四つの条件を考えた。まず声がよく通ること。学生により関心を持たせる講義をしてもらうためだ。次に柔軟な思考ができることで、前例のない授業を組み立てる上で不可欠と考えた。三つ目が「温かい知性」で、学生に共感できる能力だという。最後はデータを分析する力。授業を客観的に評価しフィードバックする上で、出欠や成績のデータの収集・分析が必要と考えたからだ。
 母校である大学の社会学研究室に相談したところ、博士課程を修了したODと博士課程在籍中の学生を1人ずつ推薦された。社会調査技法を使ったデータ分析をはじめ、四つの条件を満たしていると判断した。2人とも大学での教員経験がない点が懸念材料だったが、研究業績や適性は申し分ないとして教授会での教員審査に上げたところ、非常勤講師としての採用が了承された。実習科目的なリメディアルという「日本語表現」の位置づけと、小瀬木講師がコーディネーターとしてつく点で柔軟な判断が示された。上野講師は初年度の担当者1人と交代して今年度から加わっている。
 小瀬木講師と2人の非常勤講師は、科目のコンセプトや内容、教材等について議論を重ねた。コンセプトは共有しつつ、具体的な授業展開や教材は各自の個性とアイデアを生かすことにした。ただし情報交換は密にし、良い部分は互いに取り入れている。
 科目の内容は次の三つの柱から成り立つ。(1)論理的思考力に根差した日本語文章力(2)授業の受け方、ノート、レポートの作成方法など大学の授業で必要な能力(3)大学から社会への導入教育。学生の「社会化」を促すための情報を授業の中で効果的に提供している。
 最近の学生は、履修方法や成績評価など大学のシステムに戸惑いがちで、これがドロップアウトにつながることも。高校までとのギャップを埋めることが「日本語表現」の狙いの一つだ。たとえばテレビ番組のビデオを見せてノートをとらせる。入門的な科学番組から始め、次第に抽象的な内容にするなど、ノートテイクの難度を上げてスキル向上を図る。
 「市販のテキストは、コンセプトは参考にできてもそのまま教材として使うのは無理。学生の質やニーズに合わせオーダーメードで作るしかない」と小瀬木講師。

■基礎演習とも連携

 教務委員会では学生に対して授業アンケートを実施している。「日本語表現」について分析したところ、「講義は有意義だったか」といういわば総合評価との相関関係が強かった意外な設問は「担当教員の熱意が感じられたか」だったという。平井講師は「授業の内容や方法はもちろんですが、我々の熱意も全体の評価に大きな影響を及ぼすというのは新鮮な発見でした」と話す。
 小瀬木講師は、大学院生と一緒に授業を担当する意義を次のように指摘する。「彼らは、自分が学生の頃、先生や授業のどこに不満を感じ、何を期待していたか、他の教員よりよく理解している」。学生と年齢が近いことで社会的モデルともなれるようだ。自身も目標を持って学び続けている「先輩」からの刺激の大きさは想像に難くない。
 経営情報学部では、「日本語表現」以外に「基礎演習」「予備演習」などの基礎教育を必修にしている。基礎演習は1988年の開学当初から、1年次1クラス20人前後で実施されている。担当者会議は、特にここ1、2年で活発化しているそうだ。その過程でゆるやかな共通化が図られ、学力低下に対応したリメディアル的内容を盛り込んだ独自のテキストも作られた。学生向けと教員向けの2種類がある。
 柴橋正昭学部長は、同大学のリメディアルの考え方について「単にレベルを下げて高校の履修内容を補うという発想ではなく、学生が理解できるレベルから基礎・教養教育をスタートすること」と説明する。学力低下の遠因を精神的未熟さと捉え、基礎演習では実験的にモラル・マナー指導も始めている。基礎演習と日本語表現は密に連携をとっており、日本語表現の出欠データは基礎演習の担当者に通知される。
 日本語表現の具体的な成果についての検証はこれからだが、小瀬木講師は「2年次で担当しているゼミが明らかにやりやすくなった。きちんとノートがとれているのが分かります」と指摘する。同講師が「草の根FD」と表現するネットワーク型の取り組みが、今後の大阪国際大学の教育を着実に変えていきそうだ。

■日本語表現の授業アンケート
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図


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