［1］はじめに
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最近、職員の問題は大学・短大（以下、単に「大学」と表現）をめぐるいろいろな話題の中でも、最もホットなイシューとして注目を集めるようになった。ひところは、教員サイドから単なる「ジム」（事務＝事務職員とその組織のこと）の問題として一蹴されるか、あるいはそのあまりに実務的で複雑な内容ゆえか、誰も手をつけようとしなかったのがこの職員の問題であった。
しかし、大学にまつわる経営問題を考える際には、従来からの教授会的カルチャーでは無理であることはもちろんのこと、たとえ理事長・学長らのリーダーシップが必要であるとしても、それを支えたり、場合によってはリードしうる人材が必要であるというきわめて自明のことが、ようやく関係者の共通の認識になりつつある。その支え、リードする人材を、外部の人々や教員層からだけではなく、職員層からも求めよう、そして求めるためには何が必要か、ということが最近の職員論の中心である。本稿では、これを大学職員のキャリアアップの視点から捉えることにしたい。
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［2］大学をめぐる環境変化
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さて、21世紀を迎えて1年余りが経過したが、この短い間においても、大学をめぐる環境変化には本当に著しいものがある。18歳人口の減少による受験生市場の縮小は、大学、特に地方私立大学を直撃し、やがて数百の大学が経営危機に追い込まれることが、現実の問題として語られ始めた。いかにして大学を緩やかに、つまりはソフトランディング方式で活動の縮小・停止や廃止に導くか、ということも危機管理ひいては大学経営のバリエーションとして注目されるようになってきた。
私学団体や文部科学省の方でも、それなりの対応を考えていることと思うが、建設、金融、流通などの分野で見られる構造改革課題の先送りが、大学業界でも起こらないとは限らない。いったん舵取りを誤ると大きな混乱を引き起こしかねない火種は、時間の経過とともにどんどん大きくなっている。大学がかかる政策課題としていかなる施策、いかなる対策を講じるべきか、もっとも注意すべき時期を迎えている。
昨年12月に出された総合規制改革会議の第一次答申は、これらの経営問題にさらに大きな衝撃を与えようとしている。たとえば、これまで都市部での大学新増設は極めて厳格に規制されてきたところであるが、日本経済の回復と都市再生という目標のために、他の関連政策とともに、一転、規制を排して都市部に大学教育を呼び込もうとするものに変わった。また、学科の設置を届け出で済むようにするなどして、大学の組織改編が容易に行われるようにした。昭和50年代の高等教育計画にもとづき、多くの都市型大学が新天地を求めて郊外に移転したが、その頃の競争ルールが180度転換されようとしているのだ。
さらに注目すべきは、評価認証（アクレディテーション）という仕掛けで、私立大学を含めた全大学に品質保証制度を導入しようとしていることである。しかもこの評価認証の本家であるアメリカとは異なり、評価認証機関は文部科学大臣の認定を受け、また、各大学がどの機関からも評価認証を受けられなくなったときには、設置認可が取り消される可能性を示していることだ。各大学での教育・研究の質の維持向上への強いインセンティブが働くであろうことはもちろんであるが、国の最終的段階での関与は今以上に強まることが考えられよう。
視点を国立大学に転じると、ここでは経営問題はまだ私立ほどには深刻化していないが、しかし従来の国立大学の体質そのものに転換を迫る大きな改革課題が、大学に突きつけられている。まずは、独立行政法人化の問題がある。これはもともとは行政改革の手段として政府部内で考えられたアイデアで、国直営の事業を縮小するため直営をやめて、国が事業実施の目標を与えてこれを独立行政法人に委ね、事後評価によって法人の経営効率を問うという仕掛けである。
いわば、政府が頭脳、法人が手足という図式になるため、これを国立大学に適用することについては、大学関係者はもとより文部省（旧称）にすら相当抵抗があったが、大学らしい姿（国立大学法人）に修正するということで、ようやく受け入れられ、つい先頃（3月26日）、その問題にかかる調査検討会議から報告書が出た。その報告書においては、国立大学法人においては、教職員は非公務員化されるほか、経営の主体は、従来のような教授会・評議会主導ではなく、学長・副学長からなる「役員会」にあるとされ、外部からの役員登用も含めて、これまでの国立大学にはなかった経営システムが導入されようとしている。この独立行政法人化は、2004年度に予定されている。
次に、昨年6月、国立大学の構造改革策としていわゆる遠山プランが発表されて、国立大学の再編・統合、民間の経営手法の導入、「トップ30」（21世紀COEプログラム）に基づく資源の重点配分など、いずれも国立大学の経営にかかわる重大問題が提起された。さらに、大学評価・学位授与機構による大学評価は、大学運営一般および教育・研究の側面で幅広く実施されようとしており、本年3月その最初の結果が公表されたが、一部問題とされた大学にはその評価の妥当性も含めて、衝撃が走っている。
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［3］大競争時代の大学に必要な経営人材
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以上のような変化は、当然、大学経営に大きな影響を及ぼす。その中で最も重要なことは、大学経営を担う人材の資質の問題である。これまでのような護送船団方式での経営環境から、大競争時代とも言うべき環境へと突入しつつある現在、大学の舵取りをするトップの人材、つまり理事長や学長さらには理事や副学長の経営感覚の良し悪しは、その大学の死命を制するものだ。
ただ、私はたびたび述べているが、その理事長や学長あるいは理事や副学長は、彼らだけではその能力の半分も発揮できない。彼らに適切な戦略情報を与え、あるいは専門的見地からアドバイスをし、さらには多種多様な、しかも高度な事務処理ができる人材が必要なのである。その人材は、私に言わせれば、教員でも職員でもない第三のカテゴリーすなわち「大学アドミニストレータ」と呼ぶべきものなのであるが、現状ではそのような人材は極めてまれであり、我々はこれから全力を挙げて、こういうタイプの人材を育てていかなければならない。
その人材をどこに求めるか。もちろん、大学の外部にいる専門家や有識者を登用すること、あるいは現在の学長・副学長のほとんどがそうであるように、教員の中からセンスのある人材をピックアップして育てることも方法のうちに入るだろう。ただし、自らの専門的研究領域を離れて、アドミニストレータとしてその腕を振るおうとする人材は、必ずしも十分に確保できるとは限らない。ことに教員の場合、同一専門領域の研究コミュニティーを離れることには抵抗感が強く、理事長や学長になっても研究者であるとの意識をもちつづけるものだ。
それでもトップの人材ならば、むしろ研究者・学者である方が、経営上都合のよい場合もある。それは彼らには経営上の実務能力以上のものを期待する、つまりは学界（狭い意味での「学会」ではない）での発言力や、学内でのリーダーシップを期待する場合も多いからだ。
しかし、そのリーダーシップを支える人々は、やはりその「支える」ために必要な資質と実務能力が必要である。しかも、ある程度十分な数を確保するとなると、現在、大学に勤める職員の中から優秀な人材を育てる方が、有益かつ現実的である。大学職員のキャリアアップは、このような文脈の中から捉えることができるであろう。
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［4］大学職員の現状と問題
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以上のように、今日我々が直面しつつある新しい経営環境の中で、大学事務職員の能力向上は、喫緊の課題である。ところが現実の大学職員の置かれた立場はどのようなものであろうか。読者が大学事務職員の方々であれば、一度身の回りを見直してもらえばよい。
例えば、教授会や委員会などで、どのような資料をつくるべきか、あなたはそれを自ら立案して作成しているだろうか。先生たちまかせにしていることはないだろうか。あるいは、あなたが課長や係長などの責任ある立場にある場合、そのような会議で積極的に発言しているだろうか。あるいは発言できるような雰囲気はあるだろうか。大学への来客を迎える際に、かねて準備の手はずと違った進行になって、要領が悪いと担当の先生から苦情を言われたことはなかっただろうか。別の先生から、研究上必要だからとこれまで考えもしなかったような物品を買えと指示され、事務処理に苦労したことはないだろうか。何のために使うのですかと口走って、その先生にひどく怒られたことはないだろうか。書類の提出期限を守らない先生たちの態度に、怒るわけにもいかず、やきもきした気分になったことはなかったであろうか。
逆に、これは規則ですからと言って、若い教員のわがままをピシャリと抑えて、すっきりした気分になったことはなかっただろうか。提出を受けた書類の不備を見つけたとき、突き返してその教員の無知を責めたことはなかっただろうか。あるいは、教授会の場で、文科省の方からの情報ですとこうなりますと言って、何も知らない先生たちに優越感を覚えたことはなかっただろうか。
これらは、私の教員として、および二十数年前の職員（ある国立大学の課長）として経験を交えた架空の事例であるが、現実にもこれに似たような場面があると考えている。つまり、上記の事例の前半は、教員の指示を一方的に受けざるをえない「従属的立場」の職員、後半は、学内外の規則を楯にとって教員に対抗する「管理的立場」の職員を描いている。このように、教員と職員の間には、超えがたい溝があるというのが、これまでの職員論の、いわば通説になっている。
先述の国立大学法人化に向けての調査検討会議の報告書では、「事務組織が、法令にもとづく行政事務処理や教員の教育研究活動の支援業務を中心とする機能にとどまらず、また、日常の大学運営事務に加えて、教員と連携協力しつつ大学運営の企画立案等に積極的に参画し、学長以下の役員等を直接支えるなど、大学運営の専門職能集団としての機能を発揮することが可能となるよう、組織編制、職員採用・養成方法等を大幅に見直す」としているが、これには私が述べたような現状が、少なくとも国立大学にはあるということを示している。
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［5］実態調査の結果から
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以上のような事柄を踏まえて、私は昨年2月、全国のすべての大学（四年制）の事務局長と40歳代の中堅職員1300人を対象に、職員の現状や意識についてアンケート調査を実施した。その概要は以下の通りである。
（1）国公私立で異なる年齢、学歴、勤続年数
定年年齢の関係もあり、私立では事務局長年齢が国公立よりも高い。最終学歴については、高卒が相当数含まれる国公立と、大部分が大学学部卒以上の私立とではかなりの差異が見られる。私立大学が都市部に集中し、自校卒業者を職員として採用するケースも多く、また隠れた人気職種として、若手を中心に優秀な大卒人材を職員として集めうる状況があるからではないかと考えられる。際立った特徴は、当該大学における勤続年数である。つまり私立に比べて、国公立の事務局長はその年数が極端に短い。その上、公立では中堅職員についても短い。国立では課長クラス以上の幹部事務職員は、2年間程度の短期間で大学間を異動するという文科省の政策があり、公立では昨日まで知事部局に勤務していた「素人」の職員が、人事異動の一環でたまたま大学に来ているという状況があるからである。（以上、［表1］）。
（2）能力向上策への関心は高い
職員自身のプロフィールに加えて、能力向上策とその中身についていくつか聞いた。その結果、事務局長で90％、中堅職員では96％もの職員が、何らかの能力向上策が必要であると考えていることが分かった。設置者別には、公立大学では必要でないとする職員の割合がやや目立ったが、これは前述のように、職員が知事部局など大学以外の部局との間を頻繁に異動するので、大学職員固有の能力開発に消極的な職員が一定数存在するからではないかと思われる。
最近、桜美林大学など、修士課程レベルで大学職員の能力向上を図る専攻が出現しつつあるが、このような修士課程を設置することの有効性を聞いたところ、意見はかなり分かれたものの、全体的には修士課程プログラムは有効と考える職員が多い。その修士課程の中身について、関心ある分野を選択肢とともに聞いたところ、［表2］に示す通り、経営戦略、長期計画などの企画能力や、知的財産権、情報ネットワークなど新たに生じつつある分野の専門的知識の修得に大きな関心があることが分かった。半面、日常的事務処理能力の向上については、関心が集まっていない。これは、内外の情勢変化に備えて、職員の間でこれまでの研修スタイルとは根本的に異なる新たな、しかも本格的な能力開発方策が必要であるという、ある種の危機意識が背景にあるからかもしれない。
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［表1］職員のプロフィール
［表2］能力開発に関する意見（％）
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［6］これからの大学職員
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さて、我々は今後、自主・自律性を備えた職員、そして学長や副学長などトップ・マネジメントを支えることのできる能力を備えた職員をどのようにして養成すればよいだろうか。また、職員の立場からすると、どのようにしてキャリアアップに必要な資質・能力を養えばよいのであろうか。それには既存の研修活動や、大学院での訓練を含めてさまざまな方策が考えられようが、まずは職員自身にこれらの新たな状況に備えて努力しようという意欲が必要である。
大学職員特に私立大学職員は隠れた人気職種であるという話をしばしば耳にする。それは、企業に比べて休暇が多い、給与水準も悪くない、など生活面での充実が図りやすいという俗説がまかり通っているからであろう。また、国立大学職員についても、地元密着型で安定した職場であるとの印象がある。しかし、このいずれもがかつての大学を前提にした職員観である。これからのダイナミックな経営環境に直面するとき、安定志向の職員だけでは大学は成り立たないであろう。
職員の資質として重要なものは、新たな状況にチャレンジできる積極性ではないか。私は、常日頃から言いつづけていることがある。それは、教員や学生さらには社会の各方面からの依頼に対して、「できません」と答えるのではなく、「やってみましょう」と言えるだけの自信と能力が必要である、ということだ。しかしその自信には何らかの裏づけが必要である。それが日頃からの勉強の蓄積というものであろう。
そのことを踏まえつつも、大学のトップや政策当局には、大学改革と大競争時代に備えて、将来の経営人材のための人的投資を積極的に行うことを望みたいものだ。意欲のある優秀な職員のために勉強の機会を用意し、そしてその職員が活躍するための然るべき位置付け、つまりアドミニストレータとしてふさわしい場を与えることが大切である。これから採られるべき大学の経営方針や国の政策も、そのような観点から考えられるべきであろう。
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筑波大学教授・大学研究センター長