■進研模試を使って高校での学力調査を実施
|
文部科学省は、2002年に入って全国の小学生、中学生に対して本格的な学力調査を実施した。03年には高校でも学力調査を実施し、これらの調査を継続するとともに得られた結果によって現状を客観的に分析し、必要に応じて対策を講じようとしている。
ベネッセ文教総研では、文部科学省の助言および東京大学大学院教育学研究科、大学入試センター研究開発部の協力を得て、高校3年生を対象とした学力変化を調査した。
調査は、01年の6～7月にかけて、95年度（一部は96年度）の高校3年生がその年の6月に受験したマークセンス式の進研模試を使用。岩手県から鹿児島県までの公立高校15校4178人の3年生が受験した（図表1）。
高校の選定にあたっては、
（1）模擬試験をほぼ全員が（または一定の受験者層が）受験しており、今回の調査も同様の条件で参加が可能である
（2）学区やクラス数の極端な変更がない
（3）男女共学、普通科中心の学科構成である
（4）サンプル集団全体の度数分布が、全国母集団の分布と大きく異ならない（特定の成績層に偏らない）
などを条件とした。
出題教科は、国語、地理歴史（世界史・日本史・地理）、数学、理科（物理・化学・生物）、外国語（英語）の5教科9科目である。地理歴史と理科は通常の模擬試験では2科目を受験する生徒でも、今回は実施時間の都合により1科目を選択した生徒が多い。また、ベネッセ文教総研で93年から実施している生徒の自己概念に関する調査も同時に行った。
15校の協力校はいずれも、95年度と01年度両方の6月実施進研模試を受験しているので、サンプル集団と全国母集団の関係を95年度と01年度の進研模試の結果から検証してみた。
その結果、ほぼ全員が受験している国語・数学・英語3教科総合のサンプル集団の平均偏差値が、95年度で51.37、2001年度で51.91であり、全国母集団におけるサンプル集団の位置付けは、ほとんど変動していない。
|
図表1 サンプル集団の各科目集計人数
|
 |
■学力層を5段階に分けて分析
|
分析にあたって学力層を、A～Eの5段階に分けている。科目ごとに受験者を正解率の高い順に並べ、人数で5等分（20％ずつ）し、上位から順にA層、B層、C層、D層、E層と区分した。各層の境界に相当する3教科総合偏差値は、図表2のようになっている。
A層とB層の境界偏差値59.5は難関大学合格の可能性がある学力レベルで、C層とD層の境界偏差値49.8は地元国立大学合格の可能性がある学力レベルである。この二つの境界偏差値の前後で学力と学習行動には大きな格差が存在するように思われる。
|
図表2 各学力層区分の境界の偏差値
|
|
■上位層と下位層の学力格差はますます拡大
|
95年度と01年度を比較すると、英語の正解率がやや上昇した一方で、日本史・物理の正解率が大きく下がった。また、国語・世界史・地理・数学・化学・生物の正解率はやや下降した（
図表3）。
成績上位層から下位層にいくに従って、正解率の低下（前回との差）が大きくなる傾向が顕著なのは、国語・数学・生物・地理である。
これらの科目では、学力層別の格差が前回の調査よりも広がっていることが課題として指摘できる。A層においては、前回の正解率とほぼ変わっていないのに対し、E層では7ポイント程度下がった科目もある（図表4）。
また、全体としては正解率が上がっていた英語も、上位層になるほど正解率の上昇度が目立っており、E層ではやや正解率が低下している。この教科も、前回調査時点に比べると、現在の学力層間格差が大きくなったと言える。
一方で、世界史・日本史・化学では、成績上位層ほど正解率が下がっており、高得点者が少なくなっている。1学期という実施時期によるものではないか（以前の生徒よりも理科・社会の受験勉強に着手する時期が遅くなっている）との見解もあったが、検証はできていない。物理は、全学力層で正解率が低下している。
|
図表3 各教科の正解率
図表4 学力層別の正解率差（前回－今回：％）
|
|
■英語の正解率は上昇
|
表現領域と並んで言語・音声領域の指導が学習指導要領でも重視されている英語は、語順整序・読解（特に速読）問題で正解率が上昇し、その効果が見られた。一方、その反動で正解率が下がるのではないかと危惧された文法や語彙の領域でも下がる傾向は見られなかったため、全体として正解率は上昇する結果となった（図表5）。
数学は、95年度の3年生にとっても現在の3年生にとっても必修である数学Iの範囲（2次関数とグラフ、三角比と図形）は上位・中位層で正解率がやや上がっている。しかし、前回の課程では必修で、現在の3年生では必修ではなくなった数学II・Aなどに移行した領域（数と式、2次関数と方程式・不等式、図形と方程式）の設問では大きく下がる結果となった。
|
図表5 英語・数学の出題領域別正解率
|
|
■低下率が目立つ文系志望者
|
次に、志望する学部系統別に学力の変化を見てみたい。理系の生徒よりも、文系の生徒における正解率の低下が目立つのは図表6で示した数学・物理のほか世界史・地理と理科の各科目である。これらの科目では、結果として文・理での正解率格差がみられ、拡大しているものもある。
数学については、正解率が低下しているのは文系各学部と「総合・学際」系学部の志望者で、「理・工・農・水産」系や医療系の各学部では正解率はあまり変動していないか、むしろ上昇している学部系統もある。つまり、理系の学部を志望している生徒に限って言えば、数学の（今回の問題で測定できる）学力の低下は見られないと言ってよいだろう。
一方で、物理は「理・工・農・水産」系学部志望の生徒であっても正解率が前回に比べて4.4ポイントも下がっており、日本史では文・理を問わず5ポイント以上正解率が低下している。
また、医学部志望者の生物も下がった。工学部で物理がわからない学生や、医学部で生物がわからない学生が増えたと嘆く大学も多いと聞くが、それらの傾向を裏付けるデータとなった。
|
図表6 数学・物理の志望学部系統別正解率
|
|
■「学び」に向かう五つの要件
|
では、このような学力変化を受けて、生徒が「学び」に向かう要件とは何かについて整理してみたい。学力変化に関わる共同研究によって、最近の高校生は学びに対する意欲はあるが行動に移しにくい特性を示すことが検証されている。
学習実態と学力レベルの分析から抽出された「学び」に向かう要件には、
（1）学びの目標
（2）学びの価値
（3）学習動機
（4）対処性（自己コントロール）
（5）学習評価に関わる教育活動
の五つがあげられる。以下、各要件について整理してみたい。
（1）学びの目標
学習が成立するためには、生徒が「ありのままの自分」を受容することを前提に「なりたい自分＝目標」を描くことが要件となる。低学年の高校生に対して自己理解と進路展望に関わる取り組みが推進されているのは、「目標」を持たせるための場を設定することによって教科学習への動機付けに役立てたいという願いが込められている。
（2）学びの価値
大学進学を選択する高校生にとって、志望する学部系統が決まることは、高校での学習と大学での学習を連結させ「何のために学ぶのか」という学びの意味や価値がつかめるということである。志望大学が決まるということは、「今の自分」の到達レベルと「なりたい自分」を実現するために必要な学力レベルの格差を埋めるための努力目標と、これをどう達成するかが確認できるということである。
（3）学習動機
学習が成立するための第3の要件は、知的好奇心に支えられた意欲＝内発的モチベーションである。高校生の多くは、学力を向上させるためには「努力」や「授業をしっかり聞く」ことが大切だと考えており、学力向上を支えてきた努力主義と学校中心主義を否定する生徒は極めて少ない。しかし、学習意欲を学びへの行動に移しにくい生徒が増え、「学びからの脱落（＊）」が起こっている。
（4）対処性（自己コントロール）
図表7は、学習動機と学習行動のギャップを検証することによって、教師が与えるインセンティブ（宿題）の効果を計測したものである。このデータは、学力レベルと対処性（自己コントロール）レベル（＊）について、高2、高3の反応を検証している。学びからの脱落率は、学力レベル（図表2の学力層と同様の基準）でばらつきが認められ、対処性レベル別ではさらに格差が大きい。「意欲」を「行動」に結び付けるキーワードは対処性であり、この育成を教育プログラムの中に位置付けることが課題解決につながるのではないだろうか。
対処性レベル別では、レベルが高くなるに従って誘因効果（＊）は高くなるが、学力レベル別ではCレベルを頂点にした放物線を描いている。これは、教師が与えるインセンティブの内容が、成績中位層には適切であるが、上位層や下位層には適切でないことを示しているのかもしれない。
（5）学習評価に関わる教育活動
学習を持続するためには対処性の育成が必要なことを指摘したが、この課題に応えるためには学習活動に対する評価活動が重要な意味を持つ。学びから脱落しやすい成績中位から下位の生徒に対して、適切でない宿題を多く与えるだけではかえって学びからの脱落を助長することになりかねない。
授業の目標・内容や評価の方法を含むシラバスが作成されているのでなければ、宿題を計画的に準備することは難しく、どんな形で準備するかも決められない。評価活動は、学習動機の構造から見ると自尊志向（プライド・競争心）と訓練志向（知力を鍛える）にとって有効に働かなければ機能しているとは言えない。
|
図表7 「学び」からの脱落率/自主的学習と受動的学習
|
＊図表7 解説
- ・学びからの脱落率
- 「学力を向上させるためには授業をしっかり聞いて、努力することが必要である」と思っている生徒の中で「実際には学習行動に移っていない」者の割合。「対処性」の高い生徒は、「学びからの脱落率」が低く、「意欲」を「行動」に結びつける重要な要素が「対処性」であることが確認できる。
- ・自主性に委ねたケース
- 授業の予・復習への取り組みを生徒の自主性にまかせたケース。
- ・教師がインセンティブを与えたケース
- 取り組むべき宿題や課題などを教師が生徒に与えたケース。
- ・誘因効果
- 自主的には家庭学習に取り組めない生徒が、教師による誘因（宿題や課題）によって学習に取り組むようになる割合。
- ・対処性レベル
- 少々の困難にもくじけずにがんばれる耐性（忍耐力）をいくつかの設問によって計測し、その得点によって生徒を六つの類型に区分。L（レベル）1が得点が低く、L6が高い。
|
|
|
■入学してくる「学びたいのに学べない高校生」
|
最後に、大学として留意しなければならないのは、「学びたいのに学べなかった」高校生が入学してくることではないだろうか。結果として、学びの経験の少ない入学生をいかに「学びたくて学べる」ように変身させるのか、このことが大学における今後の重要な課題となろう。
この課題を解決するためには、高校での「学び」に向かう五つの要件と同じものが大学でも求められるのではないか。
高校においても、近年、入学者の学力と学習行動や進路意識などを調査して、特に低学年での指導に力を注いでいるところが増えている。大学においても、低学年生の実態把握に加えて、専門性の高い授業内容と生き方に関わる指導により「学び」に誘うことの重要性がますます増大するだろう。
|
＞トップへもどる
＞大学・短大トップへもどる
＞バックナンバー |
