司会 まず、先生方が在籍されている高校について進路状況や特色をお話しください。
木村 東京都新宿高校は、2003年度からスタートする新学習指導要領にあわせて「進学重視の単位制」に移行します。98年度から準備を進めてきました。習熟度授業など前倒しで実施できるものから始めています。進路にもその結果が現れてきました。新宿高校はかつて「東京大学に100人」という時代もありましたが、現在は学区の中堅進学校です。伝統ある学校ですので、良いものは受け継ぎ、変革すべきところは変えていこうという姿勢でやっています。
大越 南多摩高校は98％が大学進学を希望する進学校です。東京都八王子市にあり、都立校とはいえ都心部から離れていることもあって、どこか県立高校的なのびやかな雰囲気があるのが特徴で、具体的に言えば国公立大学指向が強いことがあげられます。現役で40人、浪人生も含めると60人くらいが国公立大学に進学します。前身が女子校ということもあり、その頃からの伝統で生徒への指導を非常に丁寧に行っています。
渡邉 都立飛鳥高校は東京都で初の全日制普通科単位制高校として96年4月に1期生を受け入れ、今年、7年目を迎えました。当初から「多様な進路を選択できるように」がコンセプトで、90講座の中から生徒が自分に合った授業を選択して自分の時間割を組み立てています。また、自分の将来を考えさせる「キャリア・ガイダンス」の授業を1年次と2年次の必修としているのも特徴の一つです。現在、4年制大学への進学率は30％ほどですが、進学傾向は年々高まってきています。
石井 群馬県では05年度から10年の期間をかけて、教育改革の一環として学校改編が行われるのですが、県立太田西女子高校は、その前半の5年で単位制、フレックス制に改編されることが決定しています。現状では、4年制大学10人、短大30人、専門学校60人、就職30人と、生徒の進路は多方面にわたります。我々教員は群馬県が派遣している就職開拓協力員や進路相談員といった外部スタッフのバックアップを得ながら指導にあたっています。
|
 |
主体性に欠け、苦手なものには消極的という現代高校生気質
|
司会 新課程が導入されるにあたり、大学としては今後、どのような学生が入学してくるかが大きな関心事であると思います。先生方は最近の高校生の気質をどんなふうにご覧になっていますか？
石井 全体的な傾向として現在の高校生は学力が低下していると感じます。知識に乏しいし、表現力も弱い。目的意識や主体性にも欠けていて、例えば生徒から「進路希望調査」を取ろうとしても、なかなか提出されてこない。なかには自分の力で、就きたい職業から進学先を調べてくる生徒もいますが、全体的には自分から行動できる生徒は減っていますし、動きもスローですから、生徒一人ひとりへのカウンセリングが重要です。その分、教員の負担が大きくなっていますね。本校では進路担当の教師が進路指導室に常駐し、いつでも個別の相談に対応できるようにしています。
木村 「今がよければ良い」という生徒は確かに増えています。行事やホームルーム活動等を通して、自主性・協調性・計画性等を養います。本校ではまだそうでもありませんが、「行事なんて知らないよ」という自分本位の生徒が増えてくるとそれも難しい。教師が集団を引っ張っていくだけでなく、個別にケアしていく必要性がますます高まっています。
渡邉 本校はもともと目的意識が強い生徒が集まっているので、生徒は積極的ですし、文化祭などの行事には燃える子が多いですね。けれど、苦手なものには消極的で、授業も偏った選択をする子が少なくありません。本校ではキャリアガイダンス室で、生徒の進路相談に応じていますが、自分が好きな授業、進みたい進路について「こうだ」と決めつけてくる生徒に対して、別の視点から「こういうのはどうか」という指導をする難しさを感じます。まずは生徒に仮でもいいからなりたい職業を決めさせて、それになるにはどうしたらいいか調べさせることで、自分の進路を具体的に考えさせるように指導しています。
木村 生徒自身に調べさせるのは大事ですね。本校でもインターネットで調べさせることはやっています。
大越 本校の場合、生徒は民間企業より公務員、私立大学より国公立大学、女子の場合は看護や薬学といった堅実かつ実学指向が強いです。英文学や国文学よりも国際学や社会学などを好むのも最近の傾向です。また、学力的に厳しいと思っているのか、いわゆる早稲田・慶應クラスの大学はあまり志望校としないんです。それを入試難易度で一つ上のランクの大学や、生徒の意識になかった学部・学科にチャレンジさせるには、教師が生徒をその気にさせないといけません。早めに目標を設定させて、全体として受験に向けた雰囲気にもっていくようにしています。
学習意欲を高めるポイントはうちの場合、私大専願に絞り込ませず、国公立大学志望の雰囲気をできるだけ残すことを心掛けています。
石井 都心と違い、本校の学区から進学を考えた場合、下宿を前提にしなければならず、親としても経済面でパワーがいります。「うちの娘は大学に行く資格はありませんから」と親から電話がかかってくることもあるのですから。
また、最近の傾向として気になるのは、親子で進学に対する意識が乖離していること。子どもが何を考えているのか親は把握していないし、子どもも親に伝えていない。例えば、ある生徒が推薦入試を親の同意を得ないで受験して合格し、入学手続きの段階で「そんなことは聞いていない」と親に厳しく責められたことがありました。こんなことは5年くらい前まではなかったことですよ。教師としては子どもの考えと親の考え、両方を把握していないときちんとした進路指導はできなくなっています。それでも子どもがしっかりとした考えを持って進学したいと説得すれば親は納得します。
本校では第2学年を「進路を考える学年」として位置づけて、外部講師を招いたり、卒業生の話を聞かせたりしていろいろ刺激を与えて、眠っている生徒の意識を目覚めさせるよう努力しています。
木村 本校でも生徒自身に学部・学科調べをさせたり、卒業生を招いた公開講座などは積極的に行っています。（学校が新宿にあり）地の利がいいので大学のオープンキャンパスにもどんどん行くよう指導しています。生徒のモチベーションを高めるためには計画的な刺激が必要ですね。
|
|
週5日制でコマ数が不足、課題は「総合学習」の扱い
|
司会 次に、新学習指導要領についてお聞きします。新課程では、生徒の「生きる力」を高め、「自主性」を育てることを目標として「総合学習」をカリキュラムに導入しますが、これについてはどんな対策をされていますか？
渡邉 本校では開校以来ずっと続けてきた「キャリアガイダンス」の時間をどうするかで、カリキュラムを決めかねています。「キャリアガイダンス」では進路指導のほかに「環境問題」や「国際理解」をテーマにして調べる学習をさせてきましたが、これは文部科学省が推奨する「総合学習」と重複するんです。
それから現在、大学との連携としてインターンシップ制度を取り入れていますが、これを新課程のカリキュラムの中に組み込むのもほぼ不可能でしょう。土曜日が休みになってしまったことでコマ数が減って、時間割の調整が難しくなってしまったんです。
木村 本校の大半の生徒が中学時代は塾通いをしています。学校の予習・復習から、入試の準備や合格までの指導をほとんど塾がやってくれます。こうした生徒に4～5月の2カ月間、自主的・主体的な学習ができるよう、ノートの取り方、辞書の使い方、自宅学習の仕方などを徹底的に指導します。多くの学校では「総合学習」を教科の補習的なものにせざるを得ないでしょう。
大越 国公立大学の受験科目を5教科7科目にしておいて、土曜日は授業をやるなというのはどう考えても矛盾していますよね（笑）。
渡邉 学校5日制になると、どうしてもコマが足りない。土曜日を使って何ができるか、本校でも検討中です。
大越 本校の場合、現状でも数学は補習授業を前提にしています。私は国語担当ですが、3年生になると夏休み前期・後期2回および朝補習をしています。ですから、土曜日の補習は当然、意識していく方向になると思います。
「総合学習」についても、今までにそれらしい取り組みはやっていて、進路に関していえば、外部講師を招いたガイダンスなどで外側からの刺激を与え、外部テストを受験させることで内側からの刺激を与えていました。全国水準で自分の学力を確かめさせるのは、学習意欲を高めるのに大きな効果がありますね。ですから、今さら「総合学習」という形を取らされるのは、正直言ってやりにくい面が多いです。従って本校は新課程になってからも、なるべく従来通りを基本にカリキュラムを組み立てていきたいと考えています。また、これは個人的な疑問ですが、例えば「パソコンの立ち上げ方」のような具体的なものと「倫理社会」のようなものを同じ「教科」として授業の枠組みの中に放り込んでいいんでしょうか。その辺りの議論が不足しているように思いますね。
|
|
新課程導入でさらに広がる学校間の学力差
|
司会 新課程での教育を受ける高校生は、今後どのように変わっていくとお考えですか。
渡邉 今の生徒は疑問点や興味を持った点を自分で掘り下げていく意欲がありません。仮に教科書が薄くなったら、その厚さ分の知識しかないという生徒が増えると思います。
大越 全体的に、レベルはますます低下せざるを得ないでしょうね。生徒の質はもちろん、教師の質も昔に比べれば確実に落ちているわけですから。ただ、大学の入試問題が現状のままである限り、大学生の学力はそんなに下がらないのでは、と楽観はしていますが。
渡邉 進学校で、入試のレベルに合わせてがんばれる高校はいいですが、そうでないところとの格差はどんどん広がると思います。中学では選択科目が取り入れられているため、すでに何を選択してきたかによって高校入学時に差がついていますから。私は社会科担当ですが、ここ数年、以前は常識レベルであったことを、ぜんぜん知識として持っていない生徒が増えています。
木村 中高一貫校との差も出てくるでしょうね。中学で教科書が薄くなる分、受験レベルにまで生徒を引き上げるには高校で補習せざるを得ない。これは高校にとっては大変な負担です。
石井 学力格差が高校によって広がるのは避けられないでしょうね。せめて英語、国語、数学の主要3教科だけでも習熟度別のクラス編成で対応しないとレベルアップは難しいのではないでしょうか。
渡邉 いろいろな情報を無自覚に、あるいは意識的に浴びて、多様化する価値観の中で育った生徒たちですから、曲がりくねった道でもがいたり、呆然と立ち尽くしている彼らの進路をどうオリエンテーションしてあげられるのかが課題となるでしょう。教師は「総合学習」の時間を有効に使って、もっと真剣に考えていかなければならないと思います。
|
|
わかりやすい学部・学科名と教育・就職の情報公開を要望
|
司会 では、最後に皆さんから大学に対してご意見があればぜひお聞かせください。
大越 私立大学の入試で小論文がなくなる傾向がありますが、あれはどうしてでしょう。特色ある生徒を集めるには特色ある入試がふさわしいのではと思います。それから、私立大学にとっては、指定校推薦という制度は強力な武器だと思います。もっと有効に活用して、入試にも個性を発揮してほしいですね。
石井 入試に関して言えば、必要な科目を必要なだけ生徒に課してほしいと思います。大学に入ってから必要な科目を高校でやっていなくて困ったという生徒がいます。それは大学にとっても困ることなのではないでしょうか。
大越 最近の新設学部のネーミングは、イメージが優先され、実態がわかりにくくなっているのが気になります。ある生徒は「国際的な仕事に就きたいから国際関係学部に行きたい」と言う。でも、よくよく生徒の希望を聞いてみると、それなら英文科へ行ってじっくり英語をやればいいじゃないか、と思うことがあります。学部・学科の名前はわかりやすいものにしてほしいですし、安易にコロコロ変えてほしくないですね。
それから以前、生徒が入学を希望していた学科が、次の年に廃止されてしまったということがありましたね。
渡邉 大学のパンフレット自体はきれいにできていますが、生徒にとって本当に必要な情報はあまり載っていないように思いますね。
木村 まったく同感です。生徒が入学してから「こんなはすじゃなかった」とならないようにしてほしい。どんな生徒に来てほしいのか、その大学で何ができるのか、特色は何か、どんな大学になっていくのかなど、しっかりしたビジョンを示してほしいと思います。本来は入学時のオリエンテーションで配るようなシラバスなどがほしいのですが、すべての受験生に配布するのは無理でしょうから、ホームページを活用してもらえればいいですね。私は大学や学部・学科で迷ったら、「教授の専門分野・研究分野などを調べたら」と生徒に指導しています。
大越 生徒に希望する学部・学科を調べさせるにあたり、ホームページには最低限でも大学の先生方の研究テーマは載せてほしいですね。例えば大学で歴史をやるとして、その大学は西洋史に強いのか、日本史に強いのか、近代史なのか、それとも古代史になのかを知りたいわけです。インターネットでそういったことがわかるようにしてもらえればいいと思います。
それから就職についてもどんな就職先に卒業生が行っているのか、どんな職種に就いているのかも明示してほしい。生徒と一緒に学部・学科調べをしていると、そういう情報を明確にしていない大学が非常に多いんですよ。高校生の安易な進路選択が批判されることがありますが、イメージ優先でネーミングしたり、授業や就職といった肝心な情報を流さない大学側の責任も大きいと思います。
石井 そうですね。そうした詳しい情報が公開されていないと、例えば、保育科を希望している生徒が専門学校か短大かで悩んでいるとして、その違いを説明するのも難しいですよね。授業のレベルやその学校が目指していることがわかればと思うのですが、なかなか情報として表に出ていない。そこで、私は実際に自分が進学を考えている学校へ行って、学生をつかまえてインタビューしてきなさいと指導しています。ともすると、教師が「ここがいいんじゃないか」と薦めたところになんの疑問も持たず、そのまま行ってしまう生徒が少なくない。素直な生徒たちであるだけに、それは非常に危険なことですから。
大越 就職を例にとると、どこにどれだけ入ったかだけではなく、大学としてどれだけケアしてくれるかといったことがわかれば、生徒たちも、送り出す我々も安心できます。受験生の数が減り、国公立大学も私立大学も、これから「淘汰の時代」に入ってきます。しかし、それを踏まえて各大学がそれぞれ魅力をアピールし、高校生はより自分に合った大学を選べるという点においては面白い時代になると思いますよ。
しかし、高校に説明に来られる大学の入試課や広報課などの事務系の方々と接していると、実際に授業を担当される教授陣との連携が取れていないと感じることがよくあります。ぜひ、その辺りを払拭していただいて、「学問」と「就職」についての情報公開をお願いしたい。その大学に行って何ができるか、卒業して何になれるか、それは高校生にとって一番知りたい情報なのです。こうした高校の現場の声を汲み取っていただければうれしいですね。
|
|
＞トップへもどる
＞大学・短大トップへもどる
＞バックナンバー |
石井 顕 教諭
木村 知博 教諭
渡邉 安則 教諭
大越 喜文 教諭