はじめに
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アドミッションズ・オフィス（AO）入試が注目されている。しかし、この入試方法には「日本型」という枕詞を冠するのが最近の慣例のようだ。本稿では、なぜこの枕詞がつき、この入試を企画・運営するアドミッションズ・オフィスがわが国の伝統・慣習・精神風土に馴染むのか、成立させるにはどのような要件が必要かを考え、アドミッションズ・オフィサーに必要な能力は何かといった課題についても考察したい。
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「学力」が入試を一元支配
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京都大学教育学部の竹内洋教授は、その著書『選抜社会』（1988年、リクルート刊）の中で、試験等における選抜のメカニズムを次のように説明している。「試験や昇進など人員の補充は、選抜一般のなかの特定ケースである。つまりは社会的選抜である」「社会的選抜はとりあえず、『個人が望ましい特性（traits）という基準でふるいにかけられ、分類され、さまざまな社会的地位に補充、配分される過程』と定義される」。この定義を踏まえて、わが国の入試制度の歴史を概観した時、ふるいの基準となる望ましい特性は一貫して「学力」であったことに気づく。そしてその測定方法は特定分野を除き次のようにほぼ一定している。（1）対象は主要教科（国・社・数・理・英）の全部またはその組み合わせ（2）多くは筆答試験（3）採点結果は点数化し、得点上位者を選抜する。
この方法は現在でも多くの大学入試で採用され、入試というとこのメカニズムが思い起こされる。確かに、学問を学ぶ大学という機関の機能特性上、学ぶための最低限の共通学力を担保するという考え方は正しい。しかし、「学び」という行為には観察力や発想力といった潜在的な能力も必要なはずだ。学力検査のみでは、これらを測定することは困難である。
ただ、学力試験による得点上位者を選抜する入試方法は、試験実施者（大学）側の説明責任には好都合である。日本人特有の潔い精神構造とも合致しているようで、受験者側から不満や抗議が噴出したという話も聞かない。
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個性尊重が多様化入試を促す
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しかし、85年前後から、こうした一元的な入試に新形式の方法を入学者の一部に限り導入する動きが出てくる。大学の大衆化（マス化）現象が急速に進む中、個性をもてはやす社会風潮の後押しもあり、人間の生き方の多様性を受認する社会的評価が力を増す。入試方法の面でも国公立大学で採用していた5教科6（7）科目を全員に課す「完全定食型」の共通一次試験から、「アラカルトメニュー」の大学入試センター試験に移行し、私立大学も参加するようになる。
多様な能力の評価を求める風潮が徐々に台頭し、当時の臨教審答申でも「人間を多方面から評価し、選抜の方法や基準の多様化、多次元化を図らねばならない」と提言された。その先駆例は、83年に実施された国立の信州大学経済学部の「ユニーク入試」であった。この入試では教科試験の代わりに小論文の選択制が導入されたり、特定教科の優秀な成績を別基準で評価するといった新方式が採用された。このインパクトは即座に他大学に伝播したが、これらは、試験教科（小論文を含む）の選択幅の拡大であったり、特定教科の重点配点であり、本質的には学力評価の域を脱するものではなかった。
人間のノン・アカデミックな能力を本格的に評価する入試制度を確立したのは、89年に亜細亜大学が実施した「一芸一能入試」であった。「偏差値より個性値」のスローガンに基づいたこの入試方法こそ多様化入試時代の到来を告げるエポック・メイキングであったといえる。
そして90年から開始されたセンター試験が刺激となり、不参加の私立大学の間で多様な入試方式の開発がブームとなる。センター試験を本格的に活用した本学の「B方式入試」では、アラカルト方式の特性を生かし「任意の高得点3教科」を評価対象とした。教科の枠をはずすというのは、当時としては画期的なシステムであった。
同じ90年には慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス（SFC）が開設された。新機軸の環境情報学部と総合政策学部では、学部のアドミッション・ポリシーに基づいた、わが国初のAO入試が定員の一部で取り入れられた。その後、多くの大学でAO入試を含めた多様な入試方式が併存する時代を迎えるが、そのほとんどはアドミッション・ポリシーを欠いた話題作りの色合いが濃いものであった。こうした状況がAO入試に「日本型」を冠するゆえんでもある。
こうしたさまざまな入試方式を分類し、まとめたものが図表1である。横軸を前掲の竹内氏の指摘する、入学者選抜における「公平性」と「多様性」の二つの基準の度合いとし、その測定側面としての「努力値（学力）」と天賦の才である「才能・好奇心」への度合いを縦軸にとった。この座標の中に、各入試方式が保有する選抜特性を位置付けたものである。
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入試担当部署は60年代半ばから
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わが国では、教授会（実質的にはその信託を得た入学試験委員会）の審議を経て決定された入試要項に基づいて、事務局の担当部署が入試を実施するのが一般的だ。
入試実務の内容は複雑で煩雑で、かつ速度と正確さが求められる。本学を例にとると次のようになる。（1）実施直後の入試データ作成（2）前項に基づいた改善案の作成（3）以上を含めた次年度入試要項の案の策定（4）入試広報（5）試験問題作成マネジメント（6）願書作成（7）願書配布計画と実行（8）志願者受け付け（9）入試実施計画の作成と各種手配（10）入試実施マネジメント（11）合否判定資料の作成（12）歩留まり予測計算（13）合格者発表事務（14）入学手続き者処理（15）補欠合格発表の要否判断――などで、その大半は水面下での作業となる。従って現在、多くの大学では専門部署として入試部（課）や入試広報部（室）を設置している。
では、これらの部署はいつ頃からわが国の大学に登場したのだろうか。65年のある進学情報誌で、私立大学の「入試要項請求先」の部署名を調べたことがある。その結果、ほとんどの大学で教務課あるいは総務課等の伝統的な部署に、恐らくは名称のみと思われる「入試係」を設けていた。「広報課」も2件あったほか、入試シーズンに臨時的に「入学試験事務局（室）」などを編成するケースも確認できた。さらに5年後の70年にも同様に調べたところ、「広報室（課）」が増加し、「入試（学）課」も数件登場している。
つまり、入試・広報を担当する専門部署は60年代半ばから設置されるようになり、現在に至っている。ただしこれらは教授会の実行部隊として存在し、意思決定機能を保有せず、専ら実務処理を担当している。この点がアメリカの大学のアドミッションズ・オフィスとは決定的に異なっている。
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教授会が握る入学者判定権
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わが国の大学における入試実務担当部署の重大な欠格事項は入学者を選別する判定権で、これは伝統的に教授会に属している。「日本型AO」と称される最大要因が実はここにある。
アドミッションズ・オフィス業務の大部分はすでに入試課等の事務組織が行っている。そしてその業務の質が熟練の域に達している大学も少なからずある。この組織に判定権を委譲すれば、わが国の大学にもアドミッションズ・オフィスは即刻成立する。しかし、この権利の委譲の可能性は極めて低い。日本の大学の教授会には伝統的な体質があり、大学がマネジメント能力を問われないギルド的組織であった時代の慣習が根強く残っているからだ。大学の重要事項の意思決定機能は教授会の専権事項であるとの自負がある。
旧帝国大学におけるアカデミズムが国公立大学に継承され、教授陣の流入を介して私立大学をも支配しているのだ。それが学力（努力値）至上主義の入試方式を是とする考え方を生み、教授会を支配しているのではないだろうか。
さらに、私立大学を構成している理事会や事務職員組織や学生組織にも、残念ながら教授会を正当に判断する力量や迫力が欠けている点も見逃せない。
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問うべき教員の力量
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逆風の中での大学経営にはマネジメント能力が問われる。これまで教授会の専権事項とされていた教学システムにもマネジメントを導入しないと、学生に選ばれる大学から失墜する可能性がある。大学運営が大学経営にシフトチェンジすべき時代に突入したのだ。
このような時代の流れを鋭敏に読み取れば、入学者選抜業務は大学存亡の重要事業であることに気づくはずだ。高度な専門職員の集団に委ねられなければならない最右翼の業務といえる。すなわち、アドミッションズ・オフィスを設立できるか否かにかかっている。
しかし、その実現については教授会が入学者選抜の判定権を委譲するかどうかで決まる。こうした議論が巻き起こった場合、当然のように反証として教授会から上がる常套句がある。「学生を教育するのは教員である。従って入学者を選別するのは教員の責任である」。では、教授会は入試企画の失敗の責任を取れるのであろうか？ はなはだ疑問である。
桜美林大学副学長の諸星裕氏はこのことについて講演で次のように述べている。「料理人は魚を料理する時にそれが自分で釣ったものか買ってきたものかは関係ない。目の前にある魚の鮮度を確認し、調理方法を選択するのが腕の見せ所なのだ。大学の入学者も同じで、その学力と能力と資質を確認し、教育方法を考えるのが教員の腕だ」
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オフィサーの能力とは何か
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しかし、教授会に入学者選抜の決定権を委ねている以上、アドミッションズ・オフィスは、企画立案した募集戦略について、いかに教授会の理解と賛同を得ながら実行できるかが現実的な課題となる。そのときに重要なポイントは、できるかぎり客観的データに基づいた説得力のある資料を作成し、教授会における判断材料として活用してもらうことである。
例えば募集戦略を立案するにあたっては、まずは募集広報の最重点エリアを特定し、そのうえでエリア内の高校に訪問営業をかけながら情報を収集・把握する。図表2のような高校カルテの作成だ。さらに競合大学・学部・学科の研究も行い、自大学との競合因子を明確化することで、差別化戦略を練っていく。その上で、偏差値や志願者数の位置関係をグラフ化して比較すれば、受験生市場における自大学のポジショニングが見えてくる。そのようにして立案した募集戦略であれば、教授会もおいそれとは否定できないはずだ。
入学者判定権を委譲された場合を前提にすれば、専門職としてアドミッションズ・オフィサーに求められる能力は、（1）入試企画・運営能力（2）入試広報企画・調査・活動能力（3）最適志願者リクルーティング能力（4）最適入学者選別能力（5）入試結果説明能力――等が考えられる。
主要部分についてもう少し具体的に説明すると、（1）は現在の入試担当部署がすでに行っている実務を遂行する能力であり、現段階でもかなりのレベルに到達している。重要なのは（2）であり、基本的なマーケティング活動と戦略的な広報活動能力が求められる。（4）は大学の命運を左右する重大な業務である。自分の大学のポジショニングを十分把握した上で、ライバル大学に人材を横取りされないような即座の判断力も必要で、幅広い識見と先見性が問われる。
このような人材集団を形成し育成するためには、相当な覚悟と努力を要する。現行の入試・広報担当部署がアドミッションズ・オフィスに変身するには、教授会の厚い壁を切り崩すことと、専門職員の選別登用と育成が要件となる。混迷の度合いを増す大学経営環境の中で、アドミッションズ・オフィスを設立できた大学は勝つ！ 英断を期待したい。
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武蔵工業大学 企画広報室長