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●就職教育の意味と意義
“職業と切り離した人間教育”は空論
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ある大学で、ある教員が学部カリキュラムの中に「就職特別講義」の新設科目を提案した時のことである。1人の教員が大真面目に「この科目を履修した学生は、就職がうまくいくようになるのですか」と発言すると、いつもはブルーな教授会がこのときばかりは無邪気で明るい笑いに包まれたという。3年前のことである。結局、この時には「就職教育は大学教育になじまない」という理由でこの科目の設置は否決されたとのことであった。「就職教育は大学教育になじまない」という論理からは、教育重視とは言いながら学生不在の大学教育観に慣れ親しんだ教員のジコチュー意識が見え隠れする（ちなみに前述の「就職特別講義」の設置目的は、履修者がその就職［進路］に関する根本的かつ全体的な知識水準とモチベーションを高め、自らの職業［進路］選択について何らかの方向性を見出すことに具体的な示唆を得ることであった）。
大学教育の一つの成果（到達点）は、卒業後の進路の行方であり、多くの学生にとっては就職そのものである。就職に対する強い意志・意欲の形成と、実際の就職を可能とする広範で十分な能力を獲得してこその大学卒業であることを改めて確認したい。こうした観点に立つことは、大学教育の曖昧模糊とした「今は役に立たないかもしれないが何十年か後には必ず役に立つ」といったロマンチックな大学教育を拒否することになる。学生にとって、卒業後の進路・就職に役立たない大学教育は時代錯誤以外の何ものでもない。
このように就職を強く意識した大学教育論の立場に立つならば、「生涯学習型大学」論の立場から「職業生活に限定されないトータルな人間」教育を主張する論者に対しては、それが「日本型大衆大学」（18～22歳の学生中心）の現実問題（学生の実態）の解決から目を背けた空論に過ぎないものであると思わざるを得ない。もちろん、こうした強弁には就職に対する新しい概念の創出が前提となる。ここでいう就職とは、生涯にわたって自己の生き方（「生活様式」）を規定する職業への精神（エトス）と技能を身に付けることで、その意味で就職とはそれ自身、学生を主体とする新しい大学教育論の中核となるはずのものである。
「日本型大衆大学」においては、大学教育全体が「就職へのガイダンス教育」であると考えることはあまりに極論であろうか。しかし、少なくとも一人ひとりの学生にとっては、こうした観点からの大学改革の再構築によって初めて自分たちが主体的に大学教育を享受できる可能性が出てくるのではあるまいか。
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大学と学生の意識の乖離
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就職教育は、学生主体の大学教育を構築するための要になる理念である。それは、多くの学生の期待であり入学時の意識としてはすでに了解済みのことで、大学のレジャーランド化は、すでにバブル経済時代の遺物となって久しい。「大学を出るとどんなところに就職できるのか」は、受験生の今最も大きな関心事になっている。
しかし、残念なことにわが国の大学教育の大半は、入学者のそうした意識の変化と実態に追いつけないでいる。大学（教育）改革が、掛け声ほどには目に見える成果を上げられない根本的な理由の一つはここにある。大学の教育カリキュラムの中に明確に意識された就職教育への取り組みが希薄であること（「就職に強い大学」作りは生き残りのキャッチフレーズとしてもてはやされているが、その多くは必ずしも教育プログラムレベルにおいて志向されているわけではない）が、今日の大学改革を曖昧にして混乱させ、無力なものにしている理由の一つだと私は考える。大学における就職教育プログラムの開発と実践が、日本の大学の在り方を根本的に変革する突破口になるのではあるまいか。まさに、就職教育が大学改革そのものを変えるのである。
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●就職支援プログラムの現状
亜細亜大学の場合
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大学における就職教育プログラムがその開発途上にあるのに対して、就職支援プログラムの展開には目覚しいものがある。ここでいう就職支援とは要するに課外の領域に属する学生サービスの一環として実施されているもので、大学における就職部（キャリア開発センターなど名称はさまざま）が中心となって立案実施しているプログラムである。
その一例を筆者の勤務する亜細亜大学の場合について概観してみたい。亜細亜大学は、学生数約7460人、文系の大学院3研究科と4学部1短大、都市型の伝統大学（設立60年余）である。なお、就職部の専従スタッフは9人。学部3年生と短大1年生を対象に実施される「就職支援2003ガイダンス」は図表1の通りである。ここでは一部を示したが、実際には本年7月から翌年2月までかなり濃密な内容となっている。こうした活動の外に、大学独自の就職支援雑誌『亜細亜大学生のためのライフデザインマガジンJMjob-map』（写真）を春と秋の年2回刊行し、全学生に無料で配布している。
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課外ゆえの不可抗力的限界
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しかし、こうした就職支援プログラムの遂行にあたり担当者を常に悩ませる問題は、参加学生の少なさである。例えば、亜細亜大学で7月1日（月曜日）の放課後に行われた学部3年生と短大1年生対象の「第1回就職支援ガイダンス」への参加者は、経営学部が28.1％、経済学部が47.2％、法学部が34.9％、国際関係学部41.6％で、全体の平均では36.3％に過ぎない。また、短大は21.6％の参加率である。
大学がどれほど有益な就職支援プログラムを学生に提供しようとも、それが学生に利用されなければ「宝の持ち腐れ」でしかない。なぜ、学生は就職支援プログラムに関心が薄いのか。何が、学生をその利用から遠ざけているのか。考えられる理由としては、（1）就職支援プログラムの多くが放課後に行われる（2）自由参加のプログラムである（3）課外であり単位として認定されない――などが挙げられる。要するに、課外であるために学生から軽視されているということに尽きる。つまり参加学生の少なさは、就職支援プログラムが「教育」ではなく「支援」であることから生ずる、「日本型大衆大学」においてはいわば不可抗力的な限界と言わざるを得ない。
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●就職教育プログラムの開発
ディシプリン重視が壁に
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職業観育成や就職・進路選択を内容とする科目の設置は、近年多くの大学で試みられている。その科目名には各大学の工夫の妙さえ思わせるものが数多くある。例えば、「就職概論」（静岡大学）、「就職計画」（近畿大学）、「職業指導」（多摩大学）、「人間と職業」（東北福祉大学）、「仕事と人生」（立教大学）、「キャリア形成論」（立命館大学）、「人生と進路選択」（亜細亜大学）など。
しかし、一部の大学を除いては単発的なものにとどまり、就職部による年間を通じた就職支援の体系的な取り組みに対して著しく見劣りがする。
なぜ、わが国の大学においては就職に関する教育プログラムの開発が遅れてしまったのか。一つには、ディシプリン重視の大学教育への固執と、大学教育（教員）は学生の就職には直接かかわることはしない、あるいはするべきではない（一般的には）というわが国に伝統的な大学教育観による呪縛をここでも繰り返し指摘せざるをえない。大学は誰のためのものなのか。それが学生の教育のためではなく、教員の「研究活動」のためにあるという「信念」（うさん臭い研究者意識）を教員が持つ限り、日本の大学教育は根本的に変わりえない。
さて、大学教育においてこれほどまでに就職教育が遅れてしまったことの今一つの理由は、学生の就職活動支援に直接にかかわってきた就職部による仕事の拡充が指摘できる。就職部による熱心な仕事ぶりが、皮肉なことに教育による就職問題への取り組みを逆に遅らせてしまったとも言える。だが、就職部による就職支援プログラムが、課外の「支援」であることからの不可抗力的限界に直面してしまった今、それを打開するためには就職を教育課題の一つとして大学教育カリキュラムの中に組み込むこと以外に妙案はない。
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私案としてのカリキュラム
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就職教育の一環として私が必要と考える七つの科目は、次の通りである。1年次後期の「人生と進路選択」（2単位）。この科目は大学教育と学生自身の就職・進路選択の関係を考えるものであり、大学教育に関するその他のガイダンス科目との連動性を持つものでありたい。2年次の前期には、「現代職場論」（2単位）を設置する。この科目では職場の一般的知識・労働条件・労働環境を概観する。それに続く2年次の後期では「現代職業論」（2単位）を置く。この科目では、職業を業種別・職種別に網羅的に概観する。学生は、今世界にはどのような種類の職場が現実に存在し、また近い将来にどのような新しい職場が生まれるのかの知識を、この科目で学ぶのである。ここまでの科目履修によって、学生は自分の人生にとって就職が持つ意味と現実の職場の実際を知り、そこから大学教育において自分が何を学ぶべきかを「気付く」（モチベーション）と同時に、就職への強い意欲を現実的なものにしていくのである。
その上で、自分の就職（進路）先におおよそのめどを立て、3年次に履修する「インターンシップ」プログラムに入っていく。しかし、ここでは必ずしも自分の希望就職先の「インターンシップ」に限定する必要はない。つまり、学生が将来は公務員として就職したいとの希望を持っていたとしても、「インターンシップ」先が「デパートの売り場」であって良いのである。要するに、大学における「インターンシップ」の在り方としては、こうした「単にいずれかの職場」を体験する場合のものと、「実際に就職したい職場」でのものの二つの場合があって良い。こうした柔軟性こそが、わが国のように「インターンシップ」環境がいまだ成熟していない社会現実においてはその実行可能性を著しく高めてくれる。
さて、「インターンシップ」においては、それがあくまでも教育プログラムであることから、「事前研修プログラム」と「事後研修プログラム」が不可欠になる。「インターンシップ」に懐疑的な論者は、「事前研修では、一体何をやるのか。職種によってその中身は異なるのにそれを一緒くたにして事前研修などできるはずはない」と言う。ならば、彼に問いたい。「事前研修もなしに、いきなり学生を職場に送り込むのか」と。
もちろん、この「事前研修」にはその大学の事情（履修学生数・担当教員数・受け入れ企業数など）によってさまざまな形があってしかるべきである。しかし、どのような職種であってもそこには仕事場に臨んで成功するための一定の共通したルールがある。それは単純に「社会人としての心構え」と言っても良いだろう。
いずれにせよ、こうした「事前研修」の在り方・進め方については、ドイツにおける「チビールディーンスト・シューレ」（市民奉仕学校）がヒントになる。周知のように、ドイツでは徴兵制が敷かれているが、軍務か社会奉仕（病院や社会福祉施設、公園などの公共施設での労務）のいずれかを選択できる。後者を選択した場合には、さまざまな種類の社会奉仕に関わる「事前研修」を受けるために「チビールディーンスト・シューレ」に1カ月間通うことが義務付けられている。それと同じように、例えば、いくつかの大学が共同で「インターンシップ事前研修センター」を設けてこれに当たれば、「事前研修」は効率的にしかも大きな成果を上げることができるだろう。「事後研修」においても同様である。かくして、3年次前期「インターンシップ事前研修」（2単位）、3年次夏休みに「インターンシップ」（2単位）、3年次後期「インターンシップ事後研修」（2単位）という単位・履修年次の体系が考えられる。
さらに、私は4年次前期に「就職活動実践論」（2単位）を設置することを提案したい。この科目では、就職活動に関する実践的な知識・方法・検証を学ぶ。これら七つの正規科目はすべて、「就職教育プログラム運営委員会」のような組織で管理・運営し、科目相互の有機的関連性を恒常的に調整・維持していく必要がある。
ところで、こうした就職教育の範ちゅうに新設された七つの科目は、将来は学部ごとの専門性の中でその内容を一般的なものから専門的なものへと特定化（専門科目としての位置付け）していくべきであろう。その時に初めてその就職教育は間違いなく進化していることを意味し、さらにそのことがはっきりと確認できた時に大学は教育改革に成功し、大学としての存在意義を確立することになる。
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教育と支援の体制の在り方
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一方、学生の就職に対する教育と支援の体制としては、少なくとも次の7部門からのアプローチが考えられる。（1）教員による「就職教育プログラム」（2）就職部による「就職支援プログラム」（3）大学のエクステンション部門による「就職試験対策・各種資格課外講座」（4）大学のカウンセリングセンターによる「自己理解カード」「性格検査」「職業興味検査」など（5）学生就職委員会による「就職情報ネットフォーラム」（6）大学同窓会組織・父母後援会組織による「就職支援活動」（7）大学と地域の連携事業組織による「就職支援活動」。これら7部門の総合的・重層的・立体的・有機的結合による就職に対する教育と支援の体系の構築が急がれる（図表2）
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これら（1）から（7）までの部門のうち、（2）（3）（4）は多くの大学ではすでにお互いに連携協力しつつ業務がルーチン化されて一定の成果を上げている。しかし、（1）はその一部がスタートしたばかりであり、（5）と（6）については多くの大学ではほとんど開店休業状態であるが、本来それらが果たしうる役割は大きい。特に、（5）の育成強化は重要であり、それには大きな可能性が期待できる。それは、学生自身がその組織を運営することによって、自律的に就職を考えることになり、学生主体の大学教育を実質的に推し進めることの実践例にもなり得る。学生同士の学び合いは、しばしば教育上大きな成果を上げる。大学としては、この委員会に部室を提供し、運営のための資金などを提供すべきである。このような学生組織による学生のための就職支援活動からは斬新なアイデアと力強く持続的な活動が生み出されるに違いない。（6）の活動もまた、同窓会および父母後援会会員が持つ就職情報をパソコンネットワークで結ぶことにより在学生の就職活動支援の大きな力になる。さらに（7）の部門は大学と地域連携の一つとして、大学と地域企業との広範な産学協同を実現する試みである。
さらにまた、こうした7部門による就職に関する教育と支援の体系は、その対象を卒業生にまで広げることにより、大学にとっての新しい市場開拓を促す。その大学の卒業生は、生涯にわたるキャリア形成、キャリアアップにおいて母校から継続的な教育と支援の機会を与えられる。卒業生のフォローアップ・再教育もまた、これからの大学が担うべき一つの重要な仕事になる。
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