「これからのキャリア支援に必要なのは自己発見力、自己判断力、自己決定力をつけさせることです」。座談会における長谷川氏の言葉である。また城所氏はこういったキャリア支援の充実が出口評価にもつながることを指摘している。これらのことを裏付けるように、就職課という名称をキャリア支援センターやキャリア開発センターといった名称に変える大学が増えているようだ。こういった動きはつぎの二つの変化を反映したものといえる。
一つは、ユニバーサルアクセス時代に向けた入試環境の緩和に伴い、受験生にとって出口の実績（就職率や大学院等への進学率）も大学選択の大きな要因になっていることである。しかし、就職実績を上げようとするなら、座談会で平井氏が述べているように、「充実した学生生活の延長線上に就職の成功はあるのだから、まず学生生活の目的をもち、意識的に充実させる」といった自己のキャリア形成に向けての意識付けが低学年から必要になってくる。
二つ目は、自己のキャリア形成に対する学生の意識の多様化である。カタカナ文字の職業が巷にあふれ、そのイメージだけにあこがれて目指す学生が少なくない。また、「なんとかなるだろう」といったモラトリアム的な意識のまま、学生生活を過ごしてしまう学生も多い。そしていざ就職活動する段階になって現実に目覚めて愕然とする。この点についてはインタビューで菊池氏も、「就社意識は強いが、就職活動はしていない」と学生の実態について指摘されている。実際、進研アドのグループ会社であるIPUの調査によると、大学生が就職活動を行うにあたって困ったこととして、もっとも多かったのが、「自己PRを作成する」、ついで、「志望動機を作成する」、「自己理解、分析の方法や手順」となっている（図表1）。自分は将来どのような職業について、何がしたいのかといった根本的な問題で悩んでいる学生が多いことがわかる。そのような学生を出さないためにも低学年からのキャリア支援のしかけが必要となってきている。
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では、このような現状の下で、大学はどのようなキャリア支援が必要と考えているのであろうか。まず、必要となる時期について聞いてみると、1年生の前半（4～9月）と答えている割合は、大学で50.2％、短大で57.1％とともに半数以上を占めている（図表2）。入学直後にフレッシュマンセミナーやキャリアガイダンスなどの名称でイベントを組む大学が増えているのもこのためである。ちなみに、低学年からの進路指導に必要なこととして圧倒的に多かったのが、「自己理解・職業観の育成」であった。
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ただ、実施にあたっての課題について聞いてみると、大学、短大とも「カリキュラム編制上の課題」と「教職員の意識改革」の二つが目立っている（図表3）。これは、「ディシプリン重視の大学教育への固執と、大学教育（教員）は学生の就職には直接関わることはしない、あるいはするべきではないというわが国に伝統的な大学教育観による呪縛」という宇佐見氏の問題意識ともつながっている。
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おそらく今後、キャリア支援のための取り組みについては、講座として正規の授業の中で開講する、インターンシップの経験を単位認定する等、大学教育の部分といかにリンクさせられるかが重要な課題となるであろう。なぜならば、従来のような就職課が主催する「キャリア支援のためのプログラム」としての位置付けのままでは、学生の自主的参加に期待している限り、自己のキャリア形成について真剣に考えさせなければならない学生ほど参加しない状況が続くことになるからである。
つぎに、大学教育とリンクしたなかで実施できたとして、入学直後からキャリア教育をどのように構築していくかがポイントとなる。今回紹介したいくつかの大学事例をはじめ、立教大学の全学共通カリキュラムとしての科目「仕事と人生」、武蔵野女子大学現代社会学部の「キャリア開発セミナー」などはその好例と言えよう。この場合、教壇に立つ講師はなにも大学教員である必要はない。就職課を中心とする職員でもよいし、非常勤講師として新たに外部の人材を募ってもよい。また、まるごとアウトソーシングしてしまう方法もあるだろう。
ただし、どのような立場の人が教壇に立つにせよ、キャリア教育として学生に講義をする以上、キャリアカウンセラーや臨床心理士などの資格は持っておくことが望ましい。また、教員組織の理解と協力なくしてこのような科目を設置・運営することは不可能である以上、運営組織と教員組織とのパートナーシップは欠かせない。
キャリア支援の取り組みの内容については、入学してくる学生の個々の気質や志向によって大きく変わってくる。たとえば、無気力なモラトリアム型の学生であるならば、まずは自己理解をさせ、自己実現に向けてこれから何をしなければならないのかを考えさせるような基本的な対策からじっくりと始める必要がある。
また、社会に対する関心が深く、情報へのアクセスも積極的だが、自分は何をしたいのかがはっきりしないようなマニュアル型の学生もいる。そのような学生は将来、情報に振り回されて、就社活動に陥りやすい。自分のキャリア形成に向けて大切なものは何かを認識させ、つねに「自分への問いかけ」を怠らないようにさせる工夫が必要だ。
また逆に、社会に対する関心が乏しいものの、自分は何がしたいのかははっきりしており、自己主張が強い学生もいる。このような学生は「これしかない」と自分で決めつけ、一方で現実が見えていないということも多い。たとえば、医学部や薬学部、食物栄養学科など、目指す職業と直結した学部学科の学生は、入学後に「こんなはずではなかった」と気付くケースも多いと聞く。しかし入学後に気付いても、それに代わる新しい目標をすぐに見出せる学生は少ないし、見出せたとしても新たなスタートラインに立つにはそれなりの準備が必要になる。そのような学生に対してはどうすれば自分の希望を実現に近づけることができるかを考えさせ、情報収集等の行動を通して試行錯誤させることが重要である。例えば、入学してくる学生に自分はどのようなタイプの人間であるかを認識させるためには、IPUの「自己発見レポート」のような適性検査も指導の一助となるだろう。
ただいずれのタイプの学生にとっても効果的な支援は、自己実現ができている、もしくは自己実現に向けて前向きに努力している学生や卒業生をロールモデルとして活かすことである。また、常に自己の成長を振り返らせるPDCAサイクルをキャリア支援の取り組みのなかにビルドインしていくことも重要である。これらの仕組みによって学生はつねに「自己評価の確認」と「他者評価の受容」を繰り返しながら、自己の確立に近づいていくことができる。
今後は、意欲のある学生だけが相談に来て恩恵を被るような受け身的な方法ではなく、入学したすべての学生が自己のコンピテンシーを醸成できるような仕組みが求められている。
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