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佛教大学 教授法開発室
佛教大学では、教授法開発室を設置し、全学的な学生による授業評価と前提学力調査を行い、データを積み重ねることで極めて具体的な授業の質向上に取り組んでいる。「授業評価ではFDは深化しない」と、刺激的な表現をする教授法開発室室長の原清治氏（教育学部助教授）を訪ねた。
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充実したメンバーの資質
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佛教大学には教育対象となる学生が3タイプいる。通学学生、通信教育の学生、四条センターで受講する社会人学生だ。学習目的も世代も異なり、しかも教育手段も異なる三つの局面で高等教育の使命を果たさなければならない。
もちろんすべての教員がこれらすべての教育を担当するよう義務付けられているわけではないが、必然として教育方法への関心は高くならざるを得ない。このような環境の中で2000年4月、教授法開発室がスタートした。
現在の教授法開発室の教員スタッフは、原室長（教育学部）を含め8人、事務局側スタッフが8人と充実している。しかしこれは人数の充実という側面よりもメンバーの資質が充実していると見るべきである。なぜなら学部ごとあるいは学科ごとの任命制によって選出されたFD活動に関心の高い教員が、メンバーとして積極的に参加する構成となっているからだ。とくに室員の一人で教育工学研究の重鎮として活躍する西之園春夫氏（教育学部教授）は先端的なツールの活用に積極的で、同大学のFDの理念的な要となっている。
教授法開発室の役割として初代室長の大橋功氏（教育学部助教授）は、教職員への情報提供、教育活動の支援、各部署間の連絡調整を掲げている。そのような教授法開発室が目指す成果の中で、他大学ではなかなかそこまで踏み込めないものが二つある。一つは「教員は学習内容に責任を持ち、学生の自律的な学習を実現する」としていることだ。ここでのキーワードは「自律的学習」である。
もう一つは「授業方法の開発と改善」だ。授業改善という言葉はいかにも聞こえが良いが、これをお題目のように唱えるだけでは何も生まれてこない。重要なのはいかに具体的な方策を打つかだ。佛教大学では授業改善のために「授業方法の開発」に取り組もうとする。ここまではっきり方向性を打ち出したFD組織は少ない。
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原 清治助教授
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授業に忸怩たる思いを持っている教員たち
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教授法開発室は発足してすぐに教員対象の実態調査を行った。その結果、どの教員も授業改善の必要性を感じながら日々過ごしていることがわかった。いったい何が自分の授業の充実を阻んでいるのか。アンケートの結果からは、教員たちが次の3点で、「自分の授業に忸怩たる思いをもっている」ことが浮かび上がった。
（1）学生の学力不足と受講態度に不満を感じる
（2）学生の授業準備に費やす時間が十分でないと感じる
（3）授業では学生への対応が十分とはいえないために満足のいく授業ができていないと感じる
このような教員の悩みはとりわけ専門科目の授業において深刻だった。
ここまで分かれば、改善の方向性は見えてくる。学生の「基礎学力を高める仕組みづくり」と「授業支援の体制づくり」だ。幸いなことに、「学生の声を聞くこと」に積極的な回答者が8割を超えていた。「学生の声を聞くこと」がそのまま学生による授業評価のアンケートを意味するわけではないが、授業評価導入が一つのきっかけにはなるとの結論に至った。
教授法開発室の調査はさらに続く（図表1）。次は学生の基礎学力を測る調査である。入学直後の学生の基礎学力を「前提学力」と位置付け、民間の就職総合テストを使って評価した。内容は「基礎常識」「社会常識」の2分野、9小分類からなる。
就職総合テストは全国約8万人の大学生との比較が可能だ。結果からは全国平均の学力との差異もわかる。これが学生の「基礎学力を高める仕組みづくり」の基礎データとなるわけだが、それ以外にも利用価値は少なくない。入学直後と卒業直前にこのテストを実施して、大学在籍中に一般的学力がどのくらい身に付いたかを測るなど、さまざまな利用法が考えられる。
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効果的なのは学生の内面のモチベーションを高める努力
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そして学生による授業評価が01年に行われた。アンケートの項目は他大学のものと大同小異である。しかし、教授法開発室がその結果を「学生と教員とのコミュニケーション情報」として分析し、改善の方向性を示したところが他大学の授業評価と一線を画する。
教員は自分の授業評価の数値をもらっても、何をどのように工夫し努力すればよいのかわからない。教員の年齢と職階を変数とするような分析では、非常勤の若い教員の授業が高い評価を得るといった結論となることが往々にしてある。これではベテランの専任教員からは「努力のしようがない」との声が出かねない。
図表2に従って「評価の高かった授業」について、一例をアンケート分析から示そう。「評価の高い授業」は別の側面では「学生の受講態度がよい」授業だった。そこで、「受講態度のよい授業」を追ってみた。すると、「受講人数が少ない方が学生の受講態度がよい」という結果と、一方で「授業評価の高い授業を受けている学生は受講態度がよい」という傾向が浮かび上がった。そこでさらにクロス分析を進めてみると、「人数が多い講義だからといって必ずしも受講態度が悪くなるとはいえず」、また「人数が少ないからといって受講態度が良くなるとはいえない」という結果が見出された。
では受講態度が良い状態は何から生み出されるのか。教員の熱意や話術といった教員側の因子なのか、学生側の因子なのか。この場合の重要な因子は、学生が「授業内容が理解できること」であることが導き出された。
つまり学生の「授業内容の理解」を高めるためには、「教員の熱意」など教員側の態度に関する項目を高めるよりも、「授業に対する興味」など、学生の内面的な因子を高める工夫が効果的ではないかと、教授法開発室では分析した。そこで「授業に関する興味」を引き出し、学生のモチベーションを高め、「授業内容の理解」につなげる試みとして開始したのが、次に紹介する携帯電話を利用した授業方法である。
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学習支援システムに向かうFD
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02年2月23日の読売新聞夕刊（西日本版）に、「携帯が教室と学生結ぶ――佛教大で今春導入」という記事が掲載された。そこには、「全国の大学で私用の携帯電話での会話やメールに、眉（まゆ）をひそめる先生が多いなか、京都市北区の佛教大学は、4月から携帯電話を使っていつでもどこでも、教官とやりとりできるユニークな“講義”をスタートさせる。今や学生の必須アイテムになった『ケータイ』を利用するいわば〈逆転の発想〉という。さて、効果の程は？」とある。
記事では佛教大学の試みが、いわゆる「ケータイ」という若者世代を中心に定着したコミュニケーション・ツールと、それに対するアカデミックな大学の授業というステレオタイプ的な視点から紹介された。しかし、「携帯電話の利用は本学のラーニングサポートシステムの一つにすぎないのです」と原氏はいう。さらにシステム導入の真の意図を次のように語った。
一つは、授業における教員と学生とのコミュニケーション手段としての側面である。教育工学ではその時々に有効なツールを使うのは当然で、今回はそれが携帯電話だったとみればよい。例えば小学生の頃、いじめにあったことがあるかといった質問に挙手で答えさせようとしても、正直に手を挙げることには普通ためらいがある。これを携帯電話で答えさせ、その結果を即時に大型画面で提示しながら授業をすすめれば、学生の授業に対する主体的な参加意識はいやがうえにも高まる。あとは授業ごとの工夫次第でいくらでも有効活用できる。
二つめは、「勉強は教室や図書館などで独りでするべきもの」という概念をひとまず否定して「いつでもどこでも勉強できる」「学び（空間）は自分たちがつくるものだ」ということを学生にわかってもらおうという意図だ。これまでも学びのモチベーションは「学生間のコミュニケーション・口コミ」に大きく依存してきた。やがて学生たちの学びのスタイルが日常生活のなかで定着できるようになれば、「自律的学習」という最後の意図が現実のものとなる、という構図が隠されている。
そんな狙いを知ると前述の新聞記事は携帯電話の効用についてのほんの一部の紹介でしかないことがわかる。記事では「新しい情報機器を積極的に使うのはいいとしても、ツールを媒介してコミュニケーションなんて。面と向かって話したり、質問できない学生が増えることにならなければいいのだが……」と評論家の赤塚行雄氏がコメントしている。加藤寛氏（千葉商科大学学長）の言うように、学生を「未来からの留学生」とみるならば、新しい学習スタイルやこれからの社会的スキルを開花させるような教育方法も提供する必要がある。「面と向かって話したり、質問したりするばかりで、電話でのアポもできず、ケータイやメールというツールの適切な使い分けもできない学生が増えることにならなければいいのだが……」という方をむしろ心配すべきだろう。
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「授業評価ではFDは深化しない」
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原氏の「授業評価ではFDは深化しない」という主張は、佛教大学特有の教育組織と関係がある。佛教大学は約2万人という全国最大規模の学生数の通信教育課程を擁する私立大学だ。通信教育は急速にIT化が進み、WBT（Web
Based Training）システムを利用したディスタンス・ラーニングに移行している。この情報ネットワークを通学課程のFD活動に活かさない手はない。携帯電話を利用する授業はその技術面の一つのアイデアだった。ITを利用した導入教育や高大連携教育、シラバスの公開などによって授業改善が進む。
また通信教育のテキストは担当者のオリジナル著作である。ということは、担当者がその科目名で「どのような内容」を「どの程度のレベル」で実施しているかがわかる。つまり、授業公開の一つともなっている。このような方策を組み合わせることが、さらなるFDの充実になる。「授業評価ではFDは深化しない」という表現は、「多角的方策によってこそFDは深化する」という意味なのだ。
授業評価はその中の一要素にすぎないし、具体的な改善策の提示につながるものでなければ意味がない。今後さらに授業実態に合わせた評価項目となるように、各教員がいくつかの質問項目を自由に編成できる仕組みも考えたいと原氏はいう。
教育学の研究者でもある原氏の洞察は深く、未知の領域に向いている。新学習指導要領による中等教育を経て06年度以降に入学する学生たちの学力問題、あるいは従来の学科試験では測れない興味・関心といった「見えない学力」を顕在化させ、佛教大学で開花させる方法など、アイデアは尽きないようだ。
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武蔵野女子大学教授