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東京電機大学 情報環境学部
新学部開設のための準備段階から学長補佐として教育改革の構想を牽引してきた中村尚五情報環境学部長を訪ね、同学部における大学教育に対する考え方をうかがった。そこから見えてきたのは、実にシステマティックに考え抜かれた教学システムを活かした理科系学部ならではとも言える取り組みだった。
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新しい教学システムを使って授業もスケルトンボックス構造へ
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東京電機大学情報環境学部は千葉ニュータウン中央駅から徒歩10分の場所に2001年度に開設された。新設学部だけにFDに関しても随所に新しい実験的な取り組みがなされている。中でもWebページのハイパーリンク構造を活用した「ダイナミックシラバス」という教学システムは理科系学部ならではのものだ。学生にとっては履修計画を立てる際の指針であり、目標に向かって学ぶうえで、その時々に必要な学修のための情報源でもある。
また教員とのコミュニケーションを図るうえでの2WAYのよりどころにもなっている。
まさに学生にとっては、何を学びたいのか、学修に対してどこまで進んでいるのか、これから何を学べばよいのかといった自己認識のためのツールになっている。
一般的に文科系学部に比べて、理科系学部の専門科目は積み上げ構造が明確な場合が多い。例えば「基礎物理」あるいは「物理学概論」の後に、「力学演習」そして「弾性体力学」や「解析力学」を学修するほうが、理解の順序としてはオーソドックスと考えられている。
あるいは基礎物理学のためには「微分積分学」が前提になっているなどのカリキュラム構造が見えやすい。しかもこれらの現実は理科系学部の専門教員にとっては、自明の事柄であり、構造化されたカリキュラムという考え方に議論の余地はほとんどない。
このような構造化しやすいカリキュラムをもとに教員スタッフが集まって、試行錯誤を重ねてできたのが現在稼働している「ダイナミックシラバス」である。そして運用後もさらに機能を重ねて充実しつつあるという。
具体的に解説しよう。例えば、学生が「人工知能」という専門科目を履修したいと考えた場合、「ダイナミックシラバス」の「個人カリキュラム設定」の画面を出す。そこで「人工知能」の★印をクリックすると「人工知能」が黄色に表示される。さらに「人工知能」を履修するために前提となる専門的あるいは基礎的知識に該当する科目として、「情報処理の基礎」「コンピュータプログラミングA」の2科目が紫色に表示されることによって、この科目が「前提科目」としてわかる仕組みになっている。また「人工知能」のブックマークをクリックすると、講義内容の概略も一目瞭然でわかるように提示される。ちなみに、この「ダイナミックシラバス」における履修計画の仕組みについては、「guest」というユーザID・パスワードで学外からも誰でものぞけるようになっているので、一度見ていただくとよいだろう。
中村教授によれば、この「ダイナミックシラバス」の発想は、「21世紀の工学教育を考える会」という学内の教員有志の自発的な集まりにおける自由なディスカッションから生まれたという。この会はオーソライズされたものであったわけではなく、それだからこそ、常に40人くらいの教員が自主的に参加し、熱い議論を重ね、自由な雰囲気から大胆な発想が生まれた。あるときは「工学部教育における英語教育のあり方」というテーマで、またあるときは「数学教育と専門教育について」というテーマが取り上げられ、具体的かつ建設的な内容であったという。また、2年審査の設置申請の動きにあわせて、開設2年前からシステム開発のためにこの会合が持たれるようになったというから、その作業の周到さにも驚かされる。
FDという側面から見た「ダイナミックシラバス」の真骨頂は、各教員にとって、自身の担当科目がカリキュラム上、どう位置づけられているか、要求されている内容、難易度、重要なミニマムエッセンシャルがどんなものか、さらには他の科目との有機的な関係までもが俯瞰できる点である。
それは従来、細かく学科やゼミに分かれてタコツボ化した教育体系のなかで、教員が授業を独善的に行う「ブラックボックス（中身がよくわからないモデル）構造」の授業から、情報開示を教学のシステムとして運用している「スケルトンボックス（中身が透けて見えるモデル）構造」の授業への転換といえるだろう。教員の教育にかける情熱は相互連関を意識することによって、いやが上にも高まろうというものだ。
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中村尚五 学部長
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FDの仕上げは学修歴の画像データベース化
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中村教授は学部長として、成績は定期試験という一発勝負でなく、こまめに小レポートや課題を学生に課して随時返却しながら評価するように各教員に依頼している。そのレポートのやり取りは膨大な回数になるという。しかもレポートは学生に返却するものとは別に、教学システムの貴重なデータとして保存する計画だ。すでにこの膨大なデータを画像データベースとして縦横に検索するシステムの開発に取り掛かっているという。
将来、このデータベースが稼働すれば、学生個人データの検索によって、学修履歴と興味・学力の変化などの情報が取り出せる。学生の学修という側面からのエンロールメント・データになるわけだ。また、担当科目で検索すれば学生の年次ごとの特徴や授業内容のチェックに使え、カリキュラム全体から見ればカリキュラムの充実や過不足、補完教育の必要性を発見できる。おそらくこの教学システムをもとにしたFDという仕組みの総仕上げは、この画像データベースの整備と有効活用であると思われる。同時にこの画像データベースシステム構想は、同学部が日本技術者教育認定機構（JABEE）による国際的水準の技術者育成機関としての認定を将来受けられるようにすることを視野に入れた動きだという。
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導入教育では自分自身のカリキュラムを設計
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ではこのような教学システムに支えられた大学教育の中身については、どのようなユニークな取り組みがなされているのだろうか。
現在、一般的に大学は入学時から学びへのモチベーションの低い学生に対して、どのようにやる気にさせて、集中力を持たせることができるかが大きな問題となっている。加えて、理科系学部の場合には前提学力が不足していたり、特定科目が未履修の学生への対応
などもあり、課題が多い。
実際、学生の多くは、自身が希望する将来像（資格や職業イメージ）と自身の能力や適性とのギャップや、将来像の実現のために必要な学習プロセスに対しての理解が十分ではない。そして、彼等がそのことに気がついたときには退学するよりほかに仕方がなくなっていたというケースも見られる。ことに工学系の技術者にとっては、適性や能力と仕事に必要な資質のギャップは致命的になる。
同学部ではこれらの課題を学生に自己理解させるために「導入教育」を重視している。導入教育では、科目として「カリキュラム計画」と「ワークショップ」が合わせて約2週間実施される。
「カリキュラム計画」は学生が自分自身のカリキュラムを1年分から4年分設計することで、大学での学習の目的意識を持たせ、自分の夢や希望を実現するための具体的な取り組みを理解させるためのものだ。これも同学部が学年制を廃止したカリキュラム構造にな
っていることから実現した。
ちなみに「カリキュラム計画」は「ダイナミックシラバス」によって、オンライン上でシミュレーションする。この点もシミュレーション好きな同学部の学生気質を巧みに利用している。仮想的なシミュレーションであるから、その時点での学生の成長段階や自己理
解に応じていつでも修正可能となっている。
「ワークショップ」は、担当教員がテーマを学生グループに課すものだ。テーマはその年度に応じて若干異なるというが、「パソコンの製作」「屋台の製作」などというユニークなものもある。学生グループは「ワークショップ」の個別テーマで初めて顔を合わせた者同士で任意に指名する。
例えば「パソコンの製作」であれば、スペック、部品表の作成、予算、部品などの購入、組み立て、動作チェック、納品価格の設定、一連の成果報告などを行う。学生たちが秋葉原などの電気店街に出向いて右往左往する様子はユーモラスな光景だが、極めて教育的だ。グループの結束や連帯感、コミュニケーション能力の向上、そして学生にとって「達成感」を得る格好の機会になることは想像にかたくない。
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節目ごとにエンジニアに必要な能力を展望
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同学部が輩出するエンジニア像についても、中村教授は明確なビジョンと将来像をもっている。中村教授はこれからのエンジニアに求められる最もベーシックな能力はコミュニケーション能力と基礎的な数学能力、そして情報処理能力であると断言する。かつて、高度経済成長時代に技術者を目指した若者の中には「英語や国語はまったくだめだけれど、数学と理科は満点を取る自信があるから私立の理科系大学に進学した」と豪語してはばからない学生がいた。またそのような職人的な技術者が容認される時代でもあった。
しかし現在は違う。国際化の中でひとり日本の中だけで技術を磨いて仕事をすればよい時代ではない。同学部における英語の選択履修率が99％近くという状況からわかるように、学生も英語の必要性は充分理解しているという。
しかも、中村教授の「工学教育と新しい教養科目群」という構想は、来年度申請予定の大学院教育までも見据えた長期的なものであることがわかる。図表にその概略を示そう。
ここでは大学学部教育の基礎段階と学部教育の完成段階そして大学院段階と区分したが、この区分はインタビューを整理した概念的なものだ。
図表の中で●印はすでにカリキュラムとして実施されているもの、また、網掛け部分は中村教授が学部の完成年度までにさらに充実させていきたいと構想している内容だ。この図表で整理してみると、これからのグローバル化した社会で「エンジニアに求められる新しい能力」が大学院教育までの節目ごとに展望できる。今後、カリキュラムと教学システムがどのように充実していくかが楽しみである。
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授業料の単位従量制導入で教員の意識改革を図る
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このほか、同学部は単位従量制授業料の導入も行っている。これまでも、この単位従量制授業料の導入という教育改革はアイデアとして学内で議論されることはあっても実施までたどり着けていない大学が多い。確かに、履修している授業ごとの単価を累積して授業
料を支払う仕組みであれば、学生は授業の質や内容について相応の対価を求めるようになるだろう。また、教員も授業1コマ分をおろそかにしなくなるだろう、といわれる。
それだけに、授業料の単位従量制は大学の教育改革になるか。この問いに答えるためには、世間一般では常識となっている「対価には、それに見合う見返りが必要」という考え方を大学という閉鎖的社会の中で教員がどう認識できるかにかかっている。結論から言え
ば、大学の教員にとっては意識改革になる。しかし、学生や保護者にとってはとりたてて驚くほどのことでもない。小学校時代から塾では当たり前のことで、授業料は受ける授業に応じて支払うものというのが「保護者や生徒の通念」だ。授業料の単位従量制に反対す
る教員の受け取り方は、むしろ時代錯誤なのかもしれない。
同学部が取り入れた授業料の単位従量制の波及効果はあらわれているという。「学生が理解するまで指導しようとする教員が多く、本当は昼で終わる実習授業でも夜の8時くらいまで指導する先生も珍しくない」と中村教授は言う。現在は同大学の既存学部でも単位
従量制を導入すべきだという意見が出始めて、議論が始まっているという。授業に対する教員の意識改革が実効性のあるFDとして動き出したといえるだろう。
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武蔵野女子大学教授