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短期間に急増したeラーニング
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高等教育におけるeラーニングといえば、何をおいてもアメリカであろう。十余年の蓄積を持つ上に、おそらくもっとも普及している国だといってよい。アメリカの高等教育におけるeラーニングの嚆矢（こうし）は、1989年にフェニックス大学が、コンピュータとモデムを利用してキャンパスに足を運ぶことなくしてMBAの学位が取得できるというプログラムを開始したことに求めることができるだろう。
それから、十余年たった02年現在、アメリカの高等教育機関のうちで、対面授業がなくeラーニングのみで授業を行うコースを持っている機関の比率は63％にまで上昇した（注1）。キャンパス・コンピューティング・プロジェクトと題するこの調査では、99年からeラーニングのみで授業を行うコースをもっている機関の比率を調べているが、99年にはすでに45％の機関がeラーニングのコースを持っていた。99年から02年までに約20ポイント増加したことも驚くが、89年にインターネットがまだ十分普及していない中で始まったeラーニングが、99年には半数弱の機関が実施するようになっている事実の方が驚異であるというべきかもしれない。eラーニングと人々が騒いでいる事態も、きわめて短期間のうちに生じているものであることを、まず、念頭においておくべきである。
ここで展開する小論は、現在、アメリカの高等教育界で何が議論され、何が問題になっているのかを検討し、日本のeラーニングの今後を示唆することを目的とする。
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一人勝ちするフェニックス大学
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89年からeラーニングのコースを開始したというフェニックス大学は76年に設立された比較的新しい大学である。設立からあまり時間がたっていないというだけではなく、まったく新しいコンセプトに基づいて設立された大学であることに特徴がある。それは、第1に、有職成人のみを対象とした大学であること、第2は、現在では117カ所にのぼるが、全米の各所に小さなサテライト・オフィスを設立し、それをキャンパスと称して、どこでも同じ教育プログラムを展開していること、第3は、この大学はアポロ・グループという企業が経営する営利大学であることの3点に集約できる。
そのフェニックス大学は、eラーニングの先駆者とはいえ、実はあまり注目はされていなかった。ところが、ここ1、2年の急成長ぶりは目を見張るものがある。オンライン部門で擁する学生数は今年度4万9400人になり、昨年度と比較して70％増、また、オンライン部門の純益が6430万ドルに達したという報告から明らかなように、成長を遂げているeラーニング株式会社だからである（注2）。アメリカにおいてもITバブルがはじけたといわれ、フェニックスと同様に営利大学として昨年までeラーニング部門の成長を競っていたデブライ・インクは、今年度は学生数の伸び悩みによる収益の減少を投資家に忠告している（注3）。それとはまるで対照的に、フェニックス大学のみが学生数の増加を報告しており、まさに、一人勝ちしているのである。なぜ、それが可能なのか、何がフェニックス大学を成長させているのか、誰しも、その要因を探りたくなるだろう。
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収益を上げる学習環境
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授業料収入に多くを依存する大学が収益を上げるためには、何よりも学生数を増加させることが必要である。さらに、学生一人あたりの収入を多くするために授業料を高く設定することも重要であろう。しかし、学生数の増加と授業料の高さは連動するとは限らず、両者の連動を可能にするかどうかは、高い授業料を支払っても教育を受けたいと思う学生が増加するような内容の教育プログラムを提供できるか否かにかかっている。
たとえばフェニックス大学の場合、MBAプログラムの授業料は2万5000ドルであるが、これは州立大学のMBAプログラムの平均的な授業料の約2倍であり、きわめて高い。それにもかかわらず、学生数は上昇の一途をたどっているという事実を考慮すると、それだけの教育需要を喚起するに足る教育プログラムをもっているということになるのだが、いったい、どのような工夫があるのだろうか。
まず、コースの構造からみてみよう。毎週木曜日から始まる授業は、インターネット上のテキスト形式の「講義」を受け、教員から指定された文献を電子図書館やWebのリンクから入手して読み、教員が提示した課題について議論を重ね、あるいは、学生数人のグループでプロジェクトを実施し、1週間が終わる水曜日には、レポートやプロジェクトの結果を提出する、というのが1サイクルである。これを学部生の場合は5週間、大学院生の場合は6週間継続してコースが修了する。こうした短期集中型のコースは、一度に1コースしか登録できない仕組みであること、1クラスのサイズは平均11人と小規模であることが、ドロップアウト率を抑えて、卒業率65％と遠隔教育としては驚異的に高い結果をもたらしているのである。コースは、教員や学生の調査データをもとに、毎年検討され、必要に応じて新たな内容が加えられたり、再構成されたりするという。
こうしたコースを教える教員は約7000人、その大半は非常勤であり企業から招へいする場合も多い。しかし、こうした教員に対しても、eラーニングの教授者になるためには、教員になるためのコースを4週間履修し、eラーニングコースのシラバスを作成するための2週間の研修が課され、その上、初めてeラーニングコースを担当するときには、経験のある教員が補助教員として付くというように、ファカルティ・ディベロップメントも充実している。
また、技術サポートも365日24時間、いつでも利用でき、コースに必要な文献などはすべてデジタル化されてオンライン上で入手可能である。学習の周辺のサービスも充実している。
eラーニングのシステムという観点からいえば、きわめてロー・テクノロジーであり、むしろハイテクに走らないことをポリシーとしている。学生の多くが自宅から電話回線を利用してインターネットに接続することを考えて、ストリーミング・ビデオなどは使わずに文字を中心としたコース・デザインとし、新たなソフトウエアの開発はほとんど行わずに、安定的に利用されているものを用いるのである。それは、インターネットの容量やシステムの安定性を重視することに起因するのも確かだが、教育内容の伝達という観点からもっとも効率的なやり方だというのである。
これら、従来の大学とは異なるコースの仕組みが、有職成人のニーズにうまく合致しているのである。そして、そうした学習環境がフルタイム教員を多く抱えないことで人件費を抑制する、既存のシステムを利用してコース開発費にコストをかけないなど、比較的廉価に整備されているところが秘訣なのかもしれない。通常の大学では、歳入の80～90％が教育のためのコストに回っていくそうだが、フェニックス大学の場合、それが50％を切っているという（注4）。
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厳しさを増す予算カット
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フェニックス大学だけでなく、 eラーニングにコストをかけないこと、コストを削減しようとする動きは徐々に強まっているようだ。既存の大学の外側に営利部門を設立してそこでeラーニングを行うという方式が、新たな大学経営の方法だともてはやされたニューヨーク大学、テンプル大学などが、事業開始後1～2年で廃止に追い込まれたことなどが注意を喚起した（注5）。しかし、それ以上に、アメリカ経済の低調により州政府の税収が減少し、それが州立大学予算を逼迫させ、ひいてはIT関連予算の削減となっていることから、大学関係者はITのコストを意識せざるをえないのである。
大学予算が逼迫したとき、まず、削減の対象になるのは、施設・整備費である。それは、同様に予算のうちで大きな比重を占める教員の給与などの人件費を削るよりは削減が容易だからである。とくに、90年代半ばから後半にかけてどの大学も競うようにしてキャンパスのIT化に資金をつぎ込んできており、IT関連予算はほとんどの大学でうなぎ上りだといってよい。IT関連予算が大学予算に占める比重を高めてきたことも削減の対象とされる理由である。
事実、02年度の調査によれば、アメリカの高等教育機関の32.6％は、IT関連予算が減少していると報告しており、それは00年度の11.4％、01年度の18.0％よりも大幅に増加している。とくに、その傾向は公立機関において著しく、00年度の11.8％、01年度の27.9％から、02年度には55.5％と半数以上の公立機関でIT関連予算が減少しているのである。また、公立・私立と合わせた高等教育機関の31.9％が、IT関連予算の減少が、eラーニングの強化に深刻な影響を与えていると回答している（注6）。
eラーニングが開始された当初には、ITの導入は教育支出を抑制する効果があるなどといわれたが、それから5～6年が経過して、実験段階から実用定着段階に移行する時期になり、結局は、教員にかかるコストが削減できないため、eラーニングにかかるコストが新たな負荷を招いていることが認識されるようになったのである（注7）。ビジネスの世界では社員教育のためのeラーニングは、それまでの教授者に代替することができ、コスト削減になっているのだが、大学ではそうはならなかったのである。
こうした話を聞くにつけ、フェニックス大学の隆盛がいかに特異な事例であるかがあらためてわかる。eラーニングを実施する機関は増加傾向にあるのだが、実はその背後で、コストの問題がクリアすべき課題として浮上しているここ1～2年のeラーニングをめぐる状況がみえてくるのではないだろうか。
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コスト節減の対処法
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予算削減だからといって、各機関は、eラーニングから撤退するわけではなく、むしろ、いかにコストを節減して実施するか、その対処法をそれぞれに模索している状況にある。その成功事例は新聞紙上に報じられることが多いが、最近それらをとりまとめた「ITコスト削減の10の方法」という特集が組まれた。その項目と理由を図表1に列挙しよう。
これらをみると、コストの削減は機器類の購入や更新に関して、身近にある無駄を省くための方法をいかにして見つけ、それを実施していくかに尽きるといえそうだ。身近にある無駄といっても、たとえば、他機関と共同でソフトウエア使用のライセンス契約を行ったことで、従来51万9000ドルかかっていた契約料が、24万9000ドルと約半額になったという事例をみると、身近で大きな節約ができることがよく理解できる。
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投資への見返り
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eラーニングも大学教育の一つの形態としてそれなりに定着してきた感があるが、果たしてeラーニングを利用している学生はどの程度の規模に達しているのだろうか。ITブームにのって大学は、IT関連の施設・設備を導入し、
eラーニングのコースを実施してきたが、それは投資の意味を多分に含んでのことであった。施設・設備のコストの削減を強いられる状況下において、投資はどのような見返りをもたらしているのかを検討することが求められよう。
見返りの一つの指標が、eラーニングを履修する学生規模だといえるが、その比率は、学部生で7.6％、大学院生では10.0％と、驚くほど少ない（注8）。63％の高等教育機関がeラーニングのコースを持っているということや、フェニックス大学の学生数が増加しているという事例からは、eラーニングに対する需要はきわめて高いようにみえるのだが、高等教育機関に在学する学生全体の中に位置付けてみれば、eラーニングという教育形態を享受している学生は少数派にすぎないのである。
フェニックス大学のように有職成人だけを対象としている機関であれば、時間と空間の障壁が除去されたことをメリットと感じてeラーニングによる学位取得や職業上の再教育を求める潜在的な需要を、掘り起こすことができるだろう。しかし、キャンパス型の大学の場合、従来の対面教育に加えてeラーニングを行ったとしても、履習者は少ない。それは、魅力を感じる学生が少ないのか、需要に応えるだけのeラーニングのコースを提供することができないのか、理由はよくわからない。
そこで、少数派のeラーニング享受者の特性をみることで、その理由の一端に迫ってみよう。
eラーニングのコースを履修している学生の特性を、 図表2・3でみると、学部生でも、すでに独立し自分の家族を持っている有職者が多く、大学院生ではその傾向は一層顕著になっていることがわかる。すなわち、何らかの理由でこれまで高等教育の機会が得られなかった学生が、働きながら学習できるeラーニングのコースを利用しているという状況がみえてくる。
さらに調査結果をみていくと、高校卒業直後に高等教育機関に入学した者のうちeラーニングを履修している者は7.0％であるが、高校卒業後2年以上たって入学した者では9.7％と多く、またリメディアル教育の未履修者のうちeラーニング履修者は7.1％であるが、リメディアル教育を受けた者の中では8.9％と多い。さらに、学部生では、ドロップアウト危険率という指標（注9）を用いると、それが0点の者でeラーニング履修者は5.3％であるが、1点では6.2％、2点以上では9.3％と、ドロップアウト危険率の高い者の中にeラーニング履修者が多くなっている。
このようにみると、学業の継続という点からみれば条件がよくない層にeラーニング履修者が多く、とくに学部生で顕著だ。eラーニングを利用している者は、この形態でなければ学習することが困難な層なわけだが、これらの層は、また、これからの学業を継続する上でドロップアウトの危険性をより多く孕んでいることも確かで、その連鎖の中にeラーニングは置かれているのである。
しかし、eラーニングという授業形態に対しては、図表4にみるように学部生でも大学院生でも、70％が対面授業と同等かそれ以上に満足度が高い。満足度がコースの質のすべてを語るものではないが、eラーニングのコースは対面授業のそれに劣るものとはみなされていないことは確かである。
投資としての意味を持ったeラーニングは、そのサービスを利用する学生の規模があまりにも小さいので、経済的な意味での見返りがあったとはいえないが、逆に、対面学習を受けられない層にメリットをもたらしているとみれば、教育の公共性という点からの見返りがあったといえるかもしれない。さらに、eラーニングが、対面教育と同等ないしそれ以上の満足を与えるものになっている点をみれば、IT関連施設・設備への投資が教育の充実に結びついているという意味で見返りはあるといってよい。
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アメリカの教訓を生かすために
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本稿で論じたフェニックス大学の例、コストの問題、学生層の状況は、いずれもアメリカの高等教育のeラーニングをめぐる最新の課題であり、日本の今後を考える上での教訓でもある。
eラーニングに関してのフェニックス大学の先見性と行動の速さは他の追随を許さないが、そうした行動をとることができたのは、営利大学という企業だからであり、顧客を満足させる商品を売ることが使命だからである。また、伝統的な大学が持つ研究、授業料支援、学生サービスといったコストがかかる機能を持たずに、大学として存立できるからでもある。既存の大学は、営利大学を競争相手と認めて脅威を感じるようになっている（注10）。日本の制度では営利大学は設立できないからといって、安心はできないだろう。eラーニングは国境の壁など容易に超えてくるからである。
営利大学が業績を伸ばす理由の一つが徹底的なコストダウンであるが、それを既存の大学も見習うことが求められるようになっている。eラーニングが実験的に行われているうちはともかく、実用化の段階に入れば、コストの問題を避けて通るわけにはいかない。アメリカの多くの大学は今、そうした段階にあって、とくに州立大学の場合は州政府からの予算の減少期と重なり、さまざまな処方箋が必要になっている。なんといっても、eラーニングは高価な教育なのである。
とはいっても、eラーニングの最大のメリットは、時間と空間という障壁が理由で教室での対面授業を受けられない層に教育機会を拡大することにあり、その役割は軽視できるものではない。ただし、その機会を享受する者は、アメリカでも高等教育在学者全体の中でならしてみれば少ないのである。
この事実をよく覚えておくべきであると同時に、今後の成り行きに注目していくべきだろう。コストを切り詰め、一方で教育の質を落とさずにeラーニングを実施したとして、それがどの範囲で広がればよしとするのか、すべての前提がここにあるように思われる。
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出典
注1
The Campus Computing Project （2002）The 2002 National
Survey of Information Technology in U.S. Higher Education.
{http://www.campuscomputing.net}
注2
Florence Olsen（2002） "Phoenix Rises," The Chronicle
of Higher Education, November 1, 2002.
注3
Elizabeth F. Farrell （2002）"U. of Phoenix Enrollment
Surges, and So Do Profits for Its Parent Company,"The
Chronicle of Higher Education, October 10, 2002.
注4
Colloquy Live （2002） The Phoenix Agenda for Distance
Education, The Chronicle of Higher Education,
October 31, 2002.
注5
吉田 文（2002）「アメリカのeラーニング事情」『IDE』No・440、2002年7月号。
注6
The Campus Computing Project, op. cit.
注7
Dan Carnivale （2000）In State Hurt by the Recession,
Technology Is on the Chopping Block, The Chronicle
of Higher Education, July 19, 2002.
注8
Anna C. Sikora, C. Dennis Carroll（2000）A Profile
of Participation in Distance Education: 1999－2000,
National Center for Education Statistics. 以下で用いるデータは断りがない限り同様。また、この調査は「遠隔教育」を履修している学生の数字であるため、インターネットを利用しない形態も含まれている。ちなみに、遠隔教育の配信の手段としてインターネットを利用している学生の比率は学部生で60％、大学院生で67％であり、インターネットを利用していない学生は30～40％いる。ただし、インターネットは各種の配信の手段の中で、群を抜いて多く利用されている手段である。
注9
高校卒業直後に入学していない、高校卒業資格を持たない、パートタイム学生、経済的自立、扶養家族を持つ、単親で子どもを持つ、フルタイムで労働している、といった学業継続に対してネガティブな指標にいくつ相当するかをみたもの。
注10
John Immerwahr （2002） Meeting the Competition:
College and University Presidents, Faculty, and State
Legislators View the new Competitive Academic Arena,
The Futures Project. {http://www.futuresproject.org}
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メディア教育開発センター教授