|
 |
はじめに
|
歴史はいつも帰り道を用意する。1976年「高等教育の計画的整備について」で大学の郊外分散の方針を出した流れは、バブルの崩壊による都心の地価下落と大学の生き残り戦略との相乗作用で、都心回帰を促進させている。その一方で、郊外都市でも時代が読める行政は「知の世紀」を中心的に担うであろう大学の引き留めに躍起になっている。膨大な投資で整備された郊外のキャンパスという資産を活用しない手はない。
この錯綜しあうベクトルに対する「束ね」の方向性を、「学術・文化・産業ネットワーク多摩」が示していくことになる予感がする。48の大学・短大のほか35の行政や民間企業をも巻き込んだ計83団体（図表1）で構成され、まだ参加要望の絶えないこの大学連携組織について紹介し、大学の将来的役割の参考に供したい。
|
|
|
大学連携による地域貢献の背景
|
18歳人口が波を打ちながら減少傾向を見せる中、各大学は、若年層ばかりではなく、キャリアに悩むヤング社会人、第二の人生を模索するサラリーマンシニア、キャリアと子育ての両立に悩む主婦などにも社会人大学院枠を設け、需要層を広げる戦略を取り出している。
18、19歳という従来からの主たる需要層は、特に地方からの受験生の場合、「首都圏の大学＝都心の大学」のイメージで入試に臨む。ところが、試験会場が自分の住む地域よりも田舎だった場合、「多摩って田舎だなー。じゃあ入学はやめようか」という選択をしないとも限らない。従って、魅力的な大学から埋まっていく「いす取り競争」において、多摩の大学は都心の大学との競争で「負けている」と考えることもできる。
多摩地域に大学の立地が集中した理由として第一に挙げられるのが行政の圧力であり、相対的に地価の安い未利用地の存在、そして「大学は立地産業」であるという認識の欠如である。大学の大都市集中に対する批判増大の中で、旧文部省は大学の地域別計画配置計画と新設増設の規制区域を指定した。「首都圏の既成市街地における工業等の制限に関する法律」（1959年）にもとづいて、すでに立地や増設が規制されていた東京23区、武蔵野市の全域および三鷹市、横浜市、川崎市、川口市の一部などでの大学立地が原則的に制限されることになった。
こうして大学の新設あるいは学部新増設は、この法律の規制を受けず、しかも地価が比較的安くて大学設置基準をパスできる広さが確保できる場所の選定から始まった。だが「東京ブランド」にあこがれる学生たちの関心をとらえるため、池袋・新宿・渋谷といった繁華街への電車等の利用を前提に所要距離が都心から西方半径50キロメートル、東方30キロメートル圏内が目安となった。その代表例が八王子地区であろう。
ちなみに、2000年現在で一部の学部や研究科だけが所在するものを含めると、多摩地域の4年制大学の数は57、短大数は26に上る。23特別区では4年制大学数が91、短大数は52であるから、23特別区の半分の大学が多摩地域に立地していることになる。学生数は大学短大を合わせて36万5000人。まさに多摩地域は都心23区に続き、世界でも類を見ない大学集中地域といえる。
大学はいまや国公私立の別なく、大小規模の例外なく生き残りをかけた新しい顧客開拓を迫られている。そのキーワードが「大学は立地産業」だ。どの大学もブランド力を強化して、生き残りを図ろうとする。そのブランド力を左右する立地地域の魅力作りは、研究教育体制の強化と並んで大学の死活問題である。
地価下落の波を受けて多摩地域は都心との競争で劣勢に立たされ、住民も大学も一部都心回帰を始めている。しかし都心回帰できる大学ばかりではない。すでに莫大な投資がなされた76のキャンパスが多摩地域には存在する。これら大学・短大の集積の利益を地元がこれまで十分に享受してきたかといえば、ノーといわざるを得ない。
経済の長期低迷や少子化という逆風が吹きつつある中、個々の大学は固有の悩みを抱えている。それぞれの弱みをカバーし合い、強みを提供し合う「戦略的補完」で集積の利益を作りだしたい。これらの要因が、「学術・文化・産業ネットワーク多摩」が当初27の大学で出発しながら48の大学・短大の参加にまで至った理由だろう。
|
|
時代の要請が行政や企業にも参加を促す
|
他方、このネットワークに多摩地域の行政が積極的に参加する理由も考えたい。都心回帰はポストバブル期の地価下落が生んだものだが、都心の地価下落は他の地域、例えば多摩地域の地価下落よりも大幅だったため、相対的に利益の期待できるプロジェクトが計画され、それが都心を中心に動き出していることにもよる。
また多摩地域の地価下落は、立川など大型百貨店の開店やモノレールの開通などで商業集積地として、また交通結節点として利便性が格段に高まったところを別にすれば、ほとんどの地域で地価の下落が続いている。地価が街の潜在力のバロメーターであるならば、この下落は見捨ててはおけない重要な点である。しかしもうひとつ気がかりなのは、バブル絶頂期の地価と比較した場合、その下落の幅が都心よりもかなり小さいという点である。
地方分権化の波が、横並び意識の強い地方自治体の根幹を揺るがしている。「少子化、高齢化」社会は、現在と将来の行財政の自由度を大きく狭める。国が面倒を見てくれる護送船団方式は自治体レベルでももはや過去のことになりつつある。この行財政の自由度を高めるには、近接する大学の知的資源（特に学生、教職員）、ハード（教室、競技場、図書館）の活用がキーとなる。
多摩地域では担税力を期待される事業所は中小零細企業も多く、大学の知的支援を渇望している。また商業を中心に学生たちの参加で、郊外都市の魅力作りに手を貸してもらいたいという要望も強い。さらに情報産業をはじめ多摩地域の立地企業のいくつかもコミュニティビジネスやNPOが地域活性化に重要という意識をもち、そこにビジネス感覚を活用してビジネスチャンスを発見しようとしている。
一方、学生も「寄らば大樹の陰」という就職志向から脱皮しつつあり、受け身的な座学中心の講義科目では就職もおぼつかないことに気づき、町づくりイベントなどへの積極的かつ自発的取り組みを活発化させている。
多摩地域が重要なビジネスインキュベーション（育成）機能を持たない限り、アジア圏をはじめ首都圏内の近接県への産業や人材の流出がやむことはないだろう。ハイテク関係やベンチャー型の事業所は騒音や煤煙や深刻な土壌汚染をもたらすわけではないし、地域における雇用や需要の創出で十二分な貢献を果たしてくれる。企業に対して、最新の科学技術情報の提供や新卒などの人材供給、研究施設の開放、学生のインターンシップ制度の拡充など、大学が率先して牽引役を引き受けることの意味は大きい。自治体の税優遇措置や安価な土地の提供とともに大学がビジネスのサポートに積極的な姿勢を示すことが、多摩地域を一段と魅力的な場所にする。
|
|
開かれた大学への学長宣言“四つの約束”
|
「学術・文化・産業ネットワーク多摩」は、00年12月の多摩都市モノレール開通を記念して開かれた沿線大学の学長サミットに端を発する。ここで結成が提案され、同年7月「大学サミット多摩2000」に24大学が参加を表明。8月に幹事機関を決め、役割分担と組織の整備を行う。そして同年10月5日「大学サミット多摩2000」に関する記者会見を都庁で開催し、広く首都圏における関心を呼ぶようにする。
以上のスケジュールを経て、同年12月2日、中央大学の大講堂で27大学の学長およびその代理と地元住民や官庁、自治体関係者を含む約1000人が参加して「大学サミット多摩2000」記念シンポジウムが開かれた。
第1部「多摩は日本のシリコンバレーになれるか――『大学』の果たすべき役割は何か」、第2部「学術・文化・産業ネットワーク多摩（仮称）の形成を目指して――行政・ビジネス・市民と大学との新たなパートナーシップを求めて」という二つのテーマで議論。それをもとに採択された「学術・文化・産業ネットワーク多摩の創設をめざして」という学長宣言の骨子は、以下の4点に絞れる。すなわち、地域に開かれた大学として、
［1］住民（NPO）・企業・行政と協力して多種多様な課題に柔軟に対応できる新たなネットワークを構築し、主体的に関わる。
［2］ このネットワークをもとに、多摩地域の抱える問題の解決に向けて、大学の研究教育資源を積極的に投入していく。
［3］ 高齢社会の到来を前提に、福祉をはじめとして市民生活の向上に積極的に関わり、生涯学習に向けて「学びの場と機会」を地域に提供していく。
［4］ 地域産業活性化のために、大学間および企業・関係機関・行政との効果的な相互協力ネットワークを作り、研究成果などの知的資源を提供していく。
これらの実現を目指して情報通信基盤を活用し、さらにはグローバルネットワークを構築し、夢のある多摩のグランドデザインを描く。以上の学長宣言の骨子はすべて、これまで述べてきた多摩地域が抱える課題に、積極的に応えようとする大学の姿勢を表している。
|
|
学生主導の市街地活性化で活動がスタート
|
翌02年2月に立ち上げたコンソーシアム形式の準備会では、学長宣言の骨子の具体化に向けた調整活動に1年を費やした。これにはそれなりの意味がある。加盟している大学間でも、自治体間でもその参加目的にも熱心度にも微妙な違い（あるいは温度差）があったからだ。それぞれの大学や機関が無理のない範囲内での参加がいつでも可能であるような「緩やかな紐帯」で形成されるコンソーシアムでなければならない。また「受益者負担」の基本方針を固めるため、具体的な成果を準備会の段階から積み重ねる必要があった。
この段階で活動や計画内容が具体化したプログラムとして、まず01年12月に多摩センター駅前で行われた複数大学の学生によるクリスマスイベント企画が挙げられる。沈滞ムード漂う中心市街地の活性化に向けた文字通り「火付け役」になった。翌02年3月には会員である教育関連企業との連携で、多摩地域の高校生対象に、大学で何を学びどのようなキャリアパスを描いていくべきかをテーマに「キャリア・ガイダンス」と「高校生アントレプレナー塾」を開催した。
さらに同月からは、多摩地区の公立小中学校の授業や部活動に派遣する「お兄さん、お姉さん先生」を会員大学の学生から募集した。これは文部科学省の「生涯学習まちづくりモデル支援事業」の一つとして採択され、補助金をもとに会員大学の学生約340人を多摩地域15市の210の公立小中学校へ派遣、6月から本格化し地域に喜ばれている。また、東京都教育委員会から都立高校教員608人の「リカレント教育研修」を会員15大学が請け負い、専門教育32講座の開講にこぎつけた。
このような試みの重要性を認識した企業や中央省庁も積極的な支援を考えている。学生主体のクリスマスチャリティイベントは行政区界を超えた「広域ネットワーク」の利点を生かし、3カ所逐時開催型に進展を見せる。また、NTT東日本の協力で無線と光ファイバーを活用してブロードバンドでの「サテライトキャンパス」の実験も開始された。さらに「電子自治体の実効性」に大きな意味を持つ高度認証技術の実用実験も、協力自治体を得て開始されようとしている。
生涯学習と町づくりをかねたこの事業は、地域と大学を直接結びつけ、研究と教育を直接結びつけるという点で実践的で意欲的かつ先進的な試みとして、全国から注目を集めている。多摩地域が「日本有数の教育、研究フロンティア地域」として自己主張する基盤ができつつあるということだろうか。
|
|
12のプランにもとづき本格始動
|
このような具体的実績を土台として、02年7月には同ネットワークの正式発足記念シンポジウムを文部科学省の遠山敦子大臣をお招きして行った。この意味は実に大きい。なぜなら、大学の所轄官庁に正式にお披露目できる12のアクションプランが名実ともに出そろったからだ。準備段階から形を整えていたこのプランについて、（図表2）も参照いただきながら紹介しよう。
プラン1：初等・中等教育との連携の推進 「お兄さん・お姉さん」先生の派遣。授業補助だけでなく部活動や学校行事の手伝い、小・中学校の教員の研修に大学側から講師を派遣したり、大学図書館を利用できるようにするなど、ニーズに合わせた協力体制を作り上げる。
プラン2：高校と大学の連携の推進 多摩地域の高校生を対象に「自分の将来を考える」「大学に入学して何を学ぶか」などをテーマとしたキャリアガイダンスを実施する。また、地域の高校の先生方と一緒に「進路指導教育」、生徒たちの将来の夢を具体化するための「キャリアサポート」教育について会員大学の人的資源・人的ネットワークを活用した「共同研究会」を実施する。
プラン3：ネットワークを利用した試験的事業の実施 多摩地域の住民間における地域のコミュニティー支援活動や生涯学習支援を目的として、企業からの技術支援を得てネットワークを構築し、これに必要となるコンテンツを大学が開発するなどの試験的事業とその検証を行う。
プラン4：地域の活性化・新たな魅力を生み出す事業の支援 多摩地域の自治体が新産業創設のための事業を行う際に、ベンチャー企業などの立ち上げや運営について、法務、会計、マーケティングなどの分野を大学が支援する、いわゆる「インキュベーション」的組織を会員大学が協力して作ることを目指す。また、商工会議所などが行う商店街の活性化、町づくりの企画に対しては、会員大学の学生に協力を求めるなどしてマーケティング調査や、若者に魅力ある町をつくるための支援を行う。
プラン5：多摩地域における学生の特色ある活動の後援 ネットワーク創設の過程において、自治体や商工会議所にとってフットワークが良く大学間の垣根を超えてネットワーク化している学生が重要な資源となっている。会員大学の学生が自主的に企画する多摩地域を対象としたイベントを積極的に支援する。
プラン6：他のネットワークとの協力関係を強化 多摩地域には、既に活動の実績をあげている組織・団体が数多くある。これらとの協力関係を強化して、地域貢献の相乗効果を目指す。
プラン7：生涯学習に関する情報の収集・情報の提供 多摩地域の各大学が地域貢献や生涯学習を目的として公開講座を実施している。この個々の公開講座等の生涯学習に関する情報を収集し、情報をまとめて、それを本準備会のホームページを利用して利用希望者に提供する。
プラン8：生涯学習に関する研究会の発足・研究大会の実施 今般の社会・経済情勢を考慮して、今後の地域の問題解決あるいは活性化のためにどのような生涯学習が必要となるかを研究し、その成果を発表する場をつくる。
プラン9：自治体と大学の連携による新たな生涯学習の提供 大学の「知」を活用して「高等教育」としての生涯学習プログラムを会員大学が協同で作成する。そしてそれを多摩地域の自治体の協力を得て、地域住民を対象に実施する。
プラン10：市民が企画する生涯学習事業の推進 市民のニーズに合わせた生涯学習を、市民自らが企画する機会をつくり、その実施・運営を参加大学が施設・人的資源の提供により支援する体制を作る。
プラン11：研究連携の推進 グローバルな大学間競争に対処し集積の利益を発揮するため、大学間あるいは、地域の自治体や研究機関を含めた研究交流、共同研究の実施を目指して、検討と具体案づくりを行う。
プラン12：大学間の教育連携の推進 多摩地域の大学間における単位互換、共同講義等の実現を目指す。
|
|
|
参加各機関に明確な目的意識
|
さて、これら12のアクションプランを具体化し実行するための組織は図表3のような構造になっている。決議機関として正会員と協賛会員が集まる「総会」と、機動的に企画運営にあたる「幹事会」がある。その下に具体的な事業を企画する「事業部会」があり、その統括下に12の「ワーキンググループ」がある。しかし、事業部会をまたぐようなワーキンググループの存在も認めているため、ワーキンググループの活動内容などについては「幹事会」で統括し、必ずしも「事業部会」の意向だけでは動かないという弾力性ももたせている。また、横断的な課題解決のために各種の委員会も設けた。
事業部会は、それぞれが12のアクションプログラムのうち複数を担当する形で四つに分かれている。このうち第4部会は、主にアクションプラン11と12を担当し、大学間連携を目指している。冬の時代を迎え、大学は施設や人員のフルセット主義の費用圧力に耐えられなくなりつつある。相互に融通し合うことによって、彼我の強みを最大限に生かすための戦略的補完の重要性が年々強まりつつある。共同講義の実施、単位互換、単位認定という個々の大学の枠を超えた柔軟な組織作りが必要とされる時代になっているのだ。また、このネットワークを活用してビジネスが蓄積してきた実践的な知識やノウハウを学生に提供しようという動きもある。冠講座の名前の下に、これらが動き出しつつある。多摩地域の大学集積の大きさがその試みに弾力性と厚みを保証している。
なお、各参加機関とも複数の部会に参加している。大学は、第3部会や第4部会の希望が多く、公開講座などを中心とした生涯学習や単位互換に対して、このネットワークを活用しようとの姿勢が強く表れている。他方、自治体は第2部会の産公学民連携のネットワーク構築で地域問題解決や地域の活性化の実をあげたいという姿勢が明確である。また、企業・団体も第2部会に加え第1部会の教育・研究連携も比較的多い。どの機関も、この連携に何を期待し、どう貢献できるかという具体的なイメージを持っており、こうした主体性と目的意識がそれぞれの活動を早晩軌道に乗せることになると期待している。
|
|
|
受益者負担による公平性の原則
|
異なる組織体が同一歩調を取ることがいかに大変かは、大学と行政、そして企業が混成したワーキンググループの議論を傍聴すればよく分かる。それぞれの組織が持つ固有の文化やルールが「対外的な折衝の場」に持ち込まれ、摩擦を生じさせる。
私たちのネットワークにおいて準備会の段階で特に目を引いた議論を紹介する。私立大学は活動のために会費を準備するという措置が比較的簡単にできるし、それが可能なくらいの負担金額になっている。しかし、国立大学を含む行政機関は、予算措置を講じていないから年度途中では出せないと主張する。大学だけでなく行政もアクションプランの受益者であり、場合によっては大学以上の受益者になる。だから自治体の金銭的負担は当然であり、「どうしたら行政は負担できるか」という議論が延々と続いた。
その一方で、大学同士がライバルとして足並みが乱れるテーマでも、行政同士は簡単に同一歩調が取れる場合もある。また行政区域が同一の行政と大学は同一歩調がとりやすいという場面も大いにありうる。
こうした議論を通じて、参加メンバー全員が同意したのは、「受益者負担の原則」である。それぞれが12のアクションプランにコミットし、そこから何らかの便益を享受するよう努力し、そのためのコストは正会員であろうと協賛会員であろうと原則として応分に負担し合う。また負担の仕方も工夫しあう。この原則なしには、具体的な事業化も組織自体の存続もままならないことは自明である。
また具体的な活動に関する提案が出た場合には、否定したり判断を停止したり他人任せにするのではなく、みんながアイデアを追加しあう。この原則がなければ、フリーライダーが出てきて、このネットワーク組織が長期的には崩壊する危険性を内包することになる。そしてこの工夫のプロセスを通じることによって、意思疎通が円滑化し、特定の個人ではなく、組織的で機動的な活動が可能になるといえる。
また大学間の移動手段が主として車という個々分散して立地している状況下で、頻繁に集合できない。だから事務局がEメールを活用して情報共有を図る努力をしている。ITの積極的な活用と、光ファイバー網、無線LANなどの利用にあまり心理的摩擦を感じないという利点は確かにある。
|
|
ビジネス感覚を導入し弾力的に運営
|
ともすれば産学官連携は米国のITやバイオテクノロジーといった先端的なトピックスに対して国際競争力の観点から議論される場合が多い。しかし、地域が抱える諸問題の解決にこの連携を住民も巻き込んで地道に行っていくことも重要だ。人は上り坂のときより下り坂のときに真剣に考える。多摩地域のあり方に対する住民の思いは、バブルがはじけて地域のイメージが色あせ始めてから次第に強くなった気がする。都市間競争を伴う地方分権の波が押し寄せる中、地元自治体は町づくりにあたって住民や近接大学との連携強化の必要性をこれまで以上に痛切に感じている。だからある種の「バンドワゴン効果」（他人に乗り遅れないようにしようという連鎖効果）が働き出してもいる。
しかし、規模の拡大は合意のスピードも、内容も格段に変化させる。このようなときにビジネス感覚が非常に重要になってくる。準備会を正式な「学術・文化・産業ネットワーク多摩」として発足させるにあたり、事務機能はもちろん、企画調整機能も大学や官庁方式ではなく、ビジネスライクなものに衣替えしなくてはならないし、ビジネスの世界の決め方や行動方式の導入も必要になっている。人事ローテーションで活動の速度も質もころころ変わるようでは、信頼性に欠けるものになる。組織的に安定し、しかも課題に弾力的に対応できるような工夫を普段から模索していく必要がある。
また、IT化の波は暮らしのパターンを変えていくきっかけを用意してくれるだろう。すなわち、学びたい人は「いつでも、どこでも、好きなだけ」という時代がやってくる。特に、ギガビット級のブロードバンドが可能な光ファイバー網の敷設が進むことで、時間と空間の制約を乗り越えたバーチャルなキャンパスやサテライトオフィスの導入による職住近接も可能になる日が近い。
準備会の段階ですでに動き出し成果をあげているものと同時に、正式発足後に組まれている活動も多々ある。特筆すべきは、単年度で終了するような事業がほとんどないことだ。それは「町づくり」も「人づくり」も長期的スパンの中でしか実績をあげることができないと考えるからだ。と同時に、準備会では事業検討がなされながら、本格始動後に白紙となったものもある。これは、将来の課題として今後とも検討すべき事項であって、撤回されたものではない。
|
|
おわりに
|
日本は今、百年に一回の構造変革を迎えている。時代が「知の世紀」になることは間違いないが、その世紀が人々に真の豊かさを約束するという保証はどこにもない。しかし、豊かさの実現に向かって、大学が今以上に必要とされ期待されることは誰もが認識している。この期待に対して大学が果たすべき役割はますます大きくなるが、「学術・文化・産業ネットワーク多摩」もその先駆的あるいは実験的な試みを積極的に行い、その成功も失敗も包み隠さず公開し、後続の大学間連携に対して参考事例を提供し続けることは一つの使命ではないだろうか。
「知の世紀」はまた別の面で、試行錯誤を伴った学術的な競争をグローバルな範囲で展開する時代でもある。時間と空間を飛び越え、言語の壁を飛び越えてアイデアや情報が普及していく時代である。ITを核とした情報技術革新がそれを促進していく。このような状況下で日本の企業、大学、行政がどのような連携を組んで地域の活性化や住民の新しいライフスタイル作りに手を貸し、「真の豊かさ」が実現できるような仕組みを日本に根付かせるか。先頭を切る「学術・文化・産業ネットワーク多摩」には、解決を急ぐ大きな宿題が課せられている。
|
＞トップへもどる
＞大学・短大トップへもどる
＞バックナンバー
|
中央大学教授