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滋賀県坂田郡山東町では、文部科学省「生涯学習まちづくりモデル支援事業」の助成を受け、近隣の大学を巻き込み、伝統文化の見直しを核とした町づくり事業を手がける。その背景には、町独自の生涯学習事業「ルッチ大学」の開校など、町づくりとその人材育成に向けた地域の願いがある。
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「健康と暮らし」をコンセプトに複数の大学と連携
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「江州柏原伊吹山のふもと亀屋佐京のきりもぐさ」
江戸時代、CMソングの走りといわれるこの歌の流行によって、一躍もぐさの産地としてその名を知られた柏原は、中山道の60番目の宿場町として、今なおその面影を残す。
滋賀県坂田郡山東町が手がける「さんとう柏原ヘルシーすとーりー都」は、そんな昔ながらの街路と、地元・伊吹山のもぐさをはじめとする「薬草」に改めてスポットを当て、町おこし事業の核としようという試みだ。高等教育機関と連携し、生涯学習で人材を育成し、町づくりに活用するという趣旨のもと、文部科学省が実施する2002年度「生涯学習まちづくりモデル支援事業」の採択を受けている。
山東町教育委員会事務局の坪井修副参事は、事業のコンセプトを「住民自身が町並みや薬草といった地域の固有の文化、宝物を再発見・理解することで、『健康と暮らしが息づく都』をつくろうというもの」と説明する。その柱は、薬草の利用をはじめとした伊吹養生訓の作成、地域住民への啓発・アピールを兼ねた「ア～ちぃチィ塾」の開校や中山道400周年記念イベントでのフォーラム開催、全国へのアピールの手段にもなる柏原のイメージソングづくりの四つだ（図表）。
最近、町づくりを支援する大学が増えているが、この事業では山東町の呼びかけにより京都橘女子大学と滋賀大学、岐阜薬科大学など、複数の大学と連携。京都から新幹線で20分、岐阜県との県境にあるという立地や、古い町並みや薬草という伝統文化の再検証が盛り込まれていることがその背景にある。
京都橘女子大学文化政策学部で、近江八幡市などの地域振興事業に携わってきた井口貢助教授が山東町の文化や観光振興などを担当する。薬草文化の掘り起こしには岐阜薬科大学の田中俊弘教授、そして滋賀大学経済学部の中野桂助教授が地域経済の視点から参画。地域住民と共に、同事業の事務局「さんとう柏原活性丸（かっせいがん）本舗」に名を連ねる。
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町づくりをテーマに独自の「ルッチ大学」を開校
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山東町は、同事業とは別に、地域住民のための生涯学習事業を行っている。01年10月に開校した「ルッチ大学」がそれだ。「ルッチ」とは、イタリア語で蛍を意味する「ルッチオーラ」の略。蛍の名所として名高いことから、蛍が羽を広げた様子をかたどった保健・福祉センター、コミュニティホール、図書館の複合施設「ルッチプラザ」を建設。ここを拠点に町内外から集まった29～73歳までの受講生40人が学ぶ。
生涯学習というと、単年度形式のカルチャースクール的な講座を開催する例が多いが、ルッチ大学は「個人の学習の成果が町づくりに生かせるような講座」がコンセプト。人材育成を念頭に置いて2年制とし、講座内容も「町づくりの基礎」「現代社会の課題」「美しい環境づくり」「芸術・文化活動」と、地域・社会に視点を置いたものを選んだ。
講師は「山東蛍まつり」の実行委員長など地元住民をはじめ、県外から町づくりNGOの活動家など、町づくりの実践家が中心。2年次からは、受講生が挙げた「環境と町づくり」「歴史・文化と町づくり」「青少年と町づくり」「組織と町づくり」の各テーマについて、グループごとに事例研究を行い、卒業論文とする予定だ。
こうした体系的なカリキュラムを作成するうえで、アドバイスしたのが滋賀大学教育学部の神部純一助教授だ。行政側には、講座内容の方向性や人材育成という目的はあっても、それをカリキュラム化するノウハウがない。そこで、生涯学習を専門とする神部助教授に協力を依頼し、カリキュラム編成や事例研究の手法の指導などでサポートしてもらっているのだという。
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▲山東町「ルッチ大学」の授業風景
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学生ならではの視点と住民を巻き込む原動力
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このように大学との連携を積極的に図る狙いを、坪井副参事は「行政では思いつかないような、町づくり事業のノウハウや発想を出してもらいたい」と、話す。「さんとう柏原ヘルシーすとーりー都」には学生も携わっているが、そのメリットも大きいという。
02年11月に開かれた「さんとう柏原活性丸フォーラム」では、住民に伝統文化の見直しへの関心を高めてもらおうと、中山道の古い町屋に喫茶店を開店。企画・運営を担ったのは井口助教授の文化政策学部基礎演習の学生だ。その際、学生の発案で、子どもにも足を運んでもらうため、喫茶店内に子どもが地域の生活や風景を描いた絵を飾るなどの試みも実施した。中でも、老舗のもぐさ屋に伝わる「福助」という人形をモデルに、子どもたちにお面作りを楽しんでもらうというイベントへの反響は上々だったという。
行政の立場から、坪井副参事はこうした成果を次のように受け止める。
「私たちには子どもたちを巻き込むという考えは、全く欠落していました。生涯学習というと、どうしても成人をイメージしてしまいますが、子どものころから地域の文化に触れてもらうという視点に気付かされたように思います」
一方、薬草文化についての住民へのアンケート調査の結果は、滋賀大学の学生が分類。薬草の使用頻度をまとめたデータに「どくだみ」などの一部の薬草のみが、ずば抜けて高いことに学生が疑問を抱いた。これをきっかけに、住民が特別な意識も持たずに使用していた薬草だが、昔からの地域の慣習がその使用頻度に影響を与えていたことが分かり、今後の普及活動へのヒントになったという。
「町づくり事業は、コンサルタント会社に依頼することもできますが、どうしてもマニュアル化された個性のないものになりがちです。その点、学生はいってみれば白紙の状態。先入観がないだけに、新たなことを見いだす力があります。また、若い人たちが活動することで、おのずと周囲の住民も巻き込まれていくので、行政と地域の橋渡し役にもなってくれるのでは、と期待しています」（坪井副参事）
一方、地域事業への参画は大学や学生にとっても得るものが大きいと指摘するのは井口助教授だ。
「進路を選択する際にも参考になる上、学生にとって、人や町を教科書にした授業は、講義では分からない、町づくりの手法の多様性を教えてくれるはずです。また、このような学際的な町づくり事業が、地域の大学間の連携のきっかけになると考えます」
こうした試みは、大学の地域「貢献」という言葉でくくられることが多い。そのせいか、大学に対して敷居の高さを指摘する行政も少なくない。インターンシップなど実践的な教育が求められている今、山東町の例のように、大学も積極的に地域に踏み出し、行政と対等な立場でパートナーシップを結ぶことが必要になっているのではないだろうか。
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▲町屋に開いた喫茶店の前に立つ京都橘女子大学の学生
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