Between 2003.01・02
特集 地域貢献の新しいかたち

【地域の声】 町づくりにかかわる中で大学に期待すること


NPO法人神田学会 副理事長 久保 金司

 神田地域の歴史と伝統をとらえ、街の活性化を目的とした有志の勉強会を基盤にNPO法人化した「神田学会」。地域の環境保全や地場産業の情報交換を図り、大学の公開講座への協力や研究者を交えた勉強会を実施する。地域住民の願いと大学との連携について、副理事長・久保金司氏に話を聞いた。


 NPO法人神田学会の久保金司副理事長が多摩大学の望月照彦教授に出会ったのは30年ほど前。神田駿河台の一角だった。当時、日本大学を卒業したばかりの望月氏の専攻は建築学。街の建物を見ていた2人は自然に目が合い、どちらからともなく声をかけたという。久保副理事長は、神田で3代続いた宮大工で、現在、地域で160棟以上のビルを建設している(株)久保工の代表取締役会長を務める。建築業の傍ら、神田の歴史や街の情報などを掲載したタウン誌を1977年から発行してきた。
 87年2月、望月教授の命名により「神田学会」を発足。ビジネス人口の増加から急速に変化してきた神田をとらえ、住みやすい町づくりを考える勉強会を始める。大学教員などを招いて、地域住民、企業人、行政マンなどが参加。発足当初は10人足らずだった参加者も、回を重ねるごとに増え、協力者の輪も広がっていった。勉強会は今日までに119回を数える。



環境保全と産業の活性化を軸に神田の将来を考える

 01年にNPO法人化した神田学会は、「環境」「文化」「情報」を柱とする活動を行っている。
 「環境」活動は、ヒートアイランド現象などの都市環境をとらえ、地域の環境への意識向上を図る。グリーンアドバイザーの新堀栄一氏をガイド役に都心のビルの屋上緑化や皇居周辺の緑を見学するバスツアーを開催したり、事務局のショールーム「Garden Lively」で緑の相談に応じている。
 「文化」活動は、久保副理事長が始めたタウン誌を継承し、街の文化や歴史、地域情報を掲載する季刊誌「KANDAルネサンス」や写真集などの発行を行うもの。取材がきっかけで、老舗の蕎麦屋の主人を中心とした「神田蕎麦の会」が発足。後継者問題や地域の活性化を考える活動を始めた。
 「情報」は、「千代田高度情報都市研究会」を立ち上げ、未来の情報社会像を研究し、千代田区に提言した。現在、三つの分科会がある。
 一つ目は生活者の会。地域に住む主婦を中心に子供の安全やバリアフリーなどの住環境について情報交換を行うネットワーク組織だ。
 中小企業・地場産業経営者を中心とし、「edo-Valley推進機構」を立ち上げ、03年1月にキックオフ・シンポジウムを開催する予定。新産業や地場産業の活性化を目的とした情報ネットワークで、有識者を交えた勉強会などを行う。
 三つ目は、100年後の未来都市を考えるビジネスマンが集まるビジネス部会で、最先端のテクノロジーを体験する「都市の夢探検隊」という情報交換会を発足。「都市と先端技術」「丸の内情報化の最先端事例」などをテーマに勉強会を始めた。



「祭」の公開講座から大学との連携をスタート

 神田学会は地域にある大学との連携にも積極的だ。久保副理事長は、千代田区と民間企業の呼びかけで明治大学がかかわった「秋葉原再開発事業」のプロジェクトに久保工の代表者として出席。その後、同大学の生涯学習講座「リバティ・アカデミー」が江戸開府400年記念講座として、「大江戸天下祭」のテーマを検討していた時、「大江戸天下祭フォーラム」(注1)の代表が久保副理事長であったことから講師を依頼。講座に神田学会の会員も参加したことから、同大学との連携が始まる。
 02年6月から5カ月間にわたり開講された「実践・マーケティング戦略セミナー」では、商学部教員の指導のもと受講生が「神田再生計画」を企画した。神田学会は講師を派遣。受講生が行う地域の調査にも協力し地域住民に開放された報告会を開催した。また、文科省の02年生涯学習まちづくりモデル支援事業に採択された「アーバンコミュニティ実行委員会」(注2)の主催する公開講座「まちづくり講座」や「NPOフェスティバル」(注3)にも協力している。

注1
江戸時代、城下を賑わした三大祭りの一つ「天下祭」の復活を目的としたフォーラム。神田学会とは別組織。
注2
明治大学を拠点とし「あらゆるNPOは教育力をもつ」という視点で、NPOと大学との連携により、大学の専門性を生かした町づくりと教育を推進する。千代田区全体の地域活性化を目的とする。
注3
千代田区を活動拠点とするNPOに対し、学生主体でヒアリング調査を行い、「NPOマップ」を作成。この調査報告やNPO関係者とのパネルセッションなどを実施するフェスティバル。主催する明治大学のほか、中央大学、東京理科大学、麻布大学などから有志の学生が参画する。



―神田という地域をどうとらえていますか?
久保 神田は、江戸開府から、江戸城に接している町として発展し、400年続いてきた地域です。我々にとっては、この地で築いた自分たちの商売を誇りを持って続け、次の世代にどうつないでいくかが一番の課題となっています。
 「神田蕎麦の会」のように、私たちの活動が刺激となって事業の活性化を考えようというグループもできた。こうした同業種の集まりや異業種が助け合って、町を良くしていこうという神田学会もある。街の将来を考えようという志ある人が街をつくっているのです。  最近、汐留や品川地区など、都市部の開発が盛んですが、あれは特定の権力者が行っているもの。
 神田学会の目的はそれとは異なり、神田に住み、その魅力を知っている市民が参加して町をつくっていくことにある。
 産業構造が変化する中で、伝統産業を守りながら、社会や産業構造の変化をどうとらえるかというのは、神田に暮らす人の切実なる問題でもあります。それは生活そのものであり、神田学会の課題でもあるのです。
―地域にある大学とも連携をされていますが。
久保 この地域には、いくつかの大学がありますから、学生や教員の方も含め、ますます参加型の会にしていきたいと思っています。大学側にも、地域の人たちと連携しようという意志があるようです。明治大学と東京電機大学には、情報関連の分科会に参加していただいています。また、明治大学には幅広い学部がありますから、今後もさまざまな分野で連携していく機会はあるでしょう。
―そうした連携で、感じられたことは。
久保 現代の社会から最も遅れているのは、大学の教員ではないかと思うこともあります。自分の専門分野の研究については究めているけれども、学問だけの世界に生きている人が多い。大学の教員はもっと実社会に出て、社会の人々との接点を持つべきで、どのような接し方をするのかが、今後の課題であると思います。
 最近、多くの大学がTLOを進めようとしていますが、大学側がいくら企業の経営者に売り込んでも、自分たちのメリットだけを考えているようではだめなのです。もっと、経営者が求めているものをつかまないといけない。特に、中小企業の経営者や商店主などと交流を持つべきです。彼らは自分だけのこだわりのような経営を行っている場合が多いですから、大学はそうした点を指摘し、学問の側から新しい知恵を入れてあげるなどの連携ができるはずです。知識は社会に出て初めて、「知恵」になるのですから。
 先日、TLOの勉強会で、マサチューセッツ工科大学を見学してきましたが、アメリカの大学には、研究を担う教員と企業担当者などを結ぶパイプ役がいるんですね。教員は研究に忙しく、情報収集を行うひまがないようですから、専門のスタッフが日々企業を訪問し、企業側が何を求めているかを把握しているんです。日本の大学にはそうした例は、まだ少ないのではないでしょうか。
 また、学生に対しても単に知識だけを教えていけばいいという姿勢でなく、自分の専門性と実社会の動きを融合させながら教育を行うべきだと思います。
 文系・理系や学部など、大学の学問は細かく分かれているようですが、こうした領域を超えて、「理科を社会科で売る」というような柔軟性がないと、これからの社会では通用しないでしょう。
―学問的な専門性以外に、大学が貢献できることは。
久保 神田学会の今後の課題は、情報のネットワーク化です。この成功のためには、大学からその構築や運用のノウハウ、情報交換の場を提供してもらうなどの協力が必要です。パソコン上の情報はあくまでツールであって、これを介して関係する人たちが集まり、交流する情報交換の場ができれば、より良い成果があがるでしょう。
 大学がそれぞれの専門を生かし、情報交換をしていくことも、地域を活性化することにつながります。なかなか実現しないようですが、この地域にある大学同士が交流する場があってもいい。神田学会を通して、輪が広がればいいと思いますね。
―地域貢献を目指しNPOと連携する大学が増えています。大学を町づくりに巻き込む上でのNPOの役割とは。
久保 地域の人たちにとっては、大学は敷居が高いところなのです。一方、大学はこれまで、閉ざされた世界で教育や研究を行ってきていて、地域社会へのアプローチの仕方がよくつかめていなかったのだと思います。地域に住む人たちと密着し、大学とも協力関係を築いている神田学会のようなNPOが、今後は地域と大学のコーディネーターとなれればいいと思います。


写真

明治大学で行われた公開講座で講演する久保金司氏


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