薬学部新設で運営方針を大転換就実大学薬学部 Between 2003.3

Between 2003.03
特集　新増設と改組転換の戦略

【学部新設】

薬学部新設で運営方針を大転換

就実大学　薬学部

　就実大学は、全国でも20年ぶりとなる薬学部新設に踏み切った。それまで文科系単科女子大学だった同大学にとって、初の理科系学部設置、男女共学（薬学部のみ）と、運営方針の百八十度転換ともいえる。新学部の詳細とともに、設置までの経緯を聞いた。

150人の枠で2学科を設置

　この4月から就実女子大学から校名を改める就実大学は、同一法人の中学、高校、短大とともに、女子の中高大一貫教育を手がけ、岡山県内では伝統校として知られる。そんな同大学が新設する薬学部については男子にも門戸を開き、運営の大きな転換を図る。
　薬学部は生物薬学科、医療薬学科の2学科。生物薬学科では、基礎薬学教育に重点を置き、医療現場ばかりでなく、製薬企業や大学、研究所などで研究補助を担える人材の育成を目指す。一方の医療薬学科は、病院や調剤薬局といった臨床で働く薬剤師の養成に主眼を置いている。両学科ともに、修了後に薬剤師国家試験の受験資格を取得できるのは同じだが、これらコンセプトの違いにもとづき、共通科目に加えて生物薬学科では生物薬学概論やゲノム機能学、医療薬学科には医療薬学概論、薬剤師職能概論といった各学科独自の科目も盛り込む。両学科の募集人員は各75人で、大学として110人の純増となる。
　同大学にとって、薬学部新設は思い切った決断だった。そもそも全国的に見ても、薬学部が新たに設けられるのは20年ぶりのこと。そのうえ、同大学はこれまでずっと日本文学、英米文学、史学といった文科系単科を貫いてきており、理科系学部を設置すること自体初の試みだ。
　柴田一学長はその背景を次のように説明する。「少子化が進む中、当大学は地方、単科、女子大、文科系と、学生確保の困難な4条件を兼ね備えています。実際、受験者数は3年連続で激少していましたし、一方では、大学創立25周年を迎えて地域における高等教育機関としてどのような地域貢献をすべきかを再検討する時期にもありました」。

県内に薬学部が少なく地域ニーズが後押しに

　人文科学部の定員と短大の定員を振り替えて、150人の枠で新たな学部創設を学内の改革委員会で模索し始めたのが2001年の夏。候補に挙げられたのは、薬学部のほか文科系の新学部、教育系学部、看護学部の4案だった。このうち文科系学部は学生募集の観点から、看護学部は周辺大学にもあるためそれぞれ廃案に。
　教育系学部については、併設する就実短大にすでにある。仕事を持つ女性が増え、保育園の需要が大きくなっている現在、保育士を養成する学部の人気は全国的に高い。同短大における志願状況も、数年を通して2・5倍以上を維持しており、経営は順調だ。社会的ニーズに加え実績があるメリットは大きいが、成功しているだけに、4年制大学に同系の学部を設置するリスクは大きい。
　これらの3案に対して、学外から思わぬ援護射撃を得たのが、当初最も難しいと考えていた薬学部案だった。事前に、この案を行政や地域の薬剤師会、医療機関などに諮ったところ、「ぜひつくってほしい」という積極的な要望が集まったのだ。なかでも、実習の受け入れ先ともなる医療機関が全面的な支援を申し出たことは、大きな決め手になったという。
　薬学部を持つ大学は全国で46大学あるが、分布は地域格差が大きく、中国、四国地方ではわずか5大学、県内には岡山大学しかない。そのため、薬学部を目指す学生の多くが県外に流れている現状がある。薬剤師の就職は売り手市場で、地方ではただでさえ確保が難しい中、薬剤師を輩出できる機関が地元に少ないことは、医療機関や薬局にも少なからず影響を及ぼしている。加えて、現在は仕事を離れている有資格者の掘り起こしにも、大学という再教育拠点があるのは大きな強みになる。
　同大学の実習協力病院は50施設あり、調剤薬局は130軒。病院については、薬学部の少ない鳥取、島根の両県、そして交通網の整備によって新たに通勤圏となった四国にも及んでいる。この数からも、地域の期待の高さがうかがえる。

4年計画で設備・運営を確立

　地域の後押しがあるとはいえ、実習設備、実験機器などが必要な薬学部を設置するにはかなりの資金がいる。幸い同大学には十分な体力があった。初年度に40億円を投じて施設・設備をある程度整備し、その後、学生の進級に合わせて4年計画で完成にこぎつける予定だ。ただし、当面は赤字覚悟だという。「ランニングコストを考えると、授業料収入があっても最初の4年間は赤字になります。年々赤字額を少なくしていき、5年目以降に採算が合えばいいと考えています」と、柴田学長は話す。
　運営においては、最近議論が活発になっている薬学部6年制導入の問題も無視できない。2年間の延長に伴う施設・設備が必要になるほか、女性が多い学部だけに志願者減少を危惧する向きもあるからだ。しかし、同大学では不安はさほど抱いていない。「薬剤師という一生涯使える資格を取得できるメリットは大きい。6年制になっても、受験者数はあまり減らないとみています」（柴田学長）。設備面でも、教員の研究などのモチベーションを高める目的で、すでに4年後を目途に大学院設置の準備を進めているため、それを学部で活用すれば対応できると踏んでいる。
　むしろ課題として挙げるのは、薬学教育については実績がない新参として、質の高い学生をどう確保していくかだ。同大学では、伝統に代わるものとして、薬剤師の再教育など地域の社会人教育を含め、特色ある教育システムをアピールしていきたい考えだ。

「学問」重視でなく「人間」重視をコンセプトに

　「人間のために役立つ薬」を薬学部のコンセプトとして掲げ、臨床現場で求められる知識、素養を重視したカリキュラム構成としたのも、特色ある教育システムの一つだ。「明治時代以来、これまで薬学は『学問』としてとらえられてきましたが、人間という観点から薬学を見直し、患者さんの視点に立った服用方法の指導や、医師への投薬のアドバイスができる薬剤師養成を目指しています」と、早津彦哉・薬学部設置準備室長。
　近年、医療事故や医療者の患者への対応の問題が指摘されているが、その原因として大学での臨床教育や接遇技術の乏しさも挙げられている。そこで、同大学では医療薬学科の1年次から、医療現場での薬剤師の役割などを学ぶ「医療薬学概論」を設けたり、全学年において、表現、コミュニケーション能力を身に付けさせるための「対話演習」を組み込むという。「対話演習」は学生を小グループに分け、テーマを与えて議論・発表させるという内容だ。
　講師には、病院薬剤師の経験者5人（初年度は2人）も常勤として招く。これらの講師については、現場を離れても臨床知識が衰えないように、週1回ほど病院で薬剤師勤務するという独自の研修体制を整える。一方、生物薬学科や設置予定の大学院では研究も重視されるため、海外や国立の研究機関に所属したり、企業の新薬開発に携わる人材を揃えたという。
　初年度の推薦入試の出願者数は生物薬学科202人、医療薬学科292人。前期入試の出願者数は生物薬学科909人、医療薬学科1131人に上る。反響はまずまずだ。新年度から人文科学部も名称やカリキュラムのリニューアルを図るが、薬学部はそんな大学全体の運営改革の核とも位置付けられている。他学部に先駆けて男女共学とした理由を、柴田学長は次のように説明する。「男女共学は時代の趨勢ですが、全学を一斉に共学とすると、受験者そのものが少ないため、学生の質が低下する恐れがあります。その点、薬学部は修了後に国家試験があるため一定の質は確保できるはず。薬学部で大学として一定の評価を得たうえで段階的に共学にしていく方針です」。
　そのためにも、他大学の薬学部にはない特徴をどの程度打ち出していけるかが重要になる。4月以降が、同大学にとっての本当の意味での試金石となる。

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