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はじめに
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武蔵野女子大学現代社会学部が発足したのは、1998年4月のことである。02年3月には最初の卒業生を世に送り出した。新設学部の最大の課題は、いかにしてその存在を知ってもらうかにある。名のある大学が新しい試みを始めれば、マスコミはこぞって取り上げてくれる。しかし確たる知名度を欠いた大学の場合には、いかにして社会的認知度を高めるかが、大きな課題となる。学部創設以来、我が学部の存在を知ってもらうために、どのようなことをしたのか、その一端を説明し、読者の参考に供することとしたい。
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現代社会学部設置の背景
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現代社会学部発足当時、武蔵野女子大学には文学部と短大部しかなかった。その入学定員の規模は、文学部400人に対して、短大部1000人という、著しく短大にウエートのかかった小規模女子大学であった。そこに社会科学系の学部を設置したいという計画が持ち上がり、現代社会学部（現代社会学科150人、社会福祉学科100人）の設置となった。短大部の入学定員を150人削減し、入学定員250人の新学部を創設した。
武蔵野女子大学は翌99年度に、それまで文学部の1学科であった人間関係学科（入学定員100人）を学部に昇格させた。また00年度には短大の入学定員を一挙に382人にまで削減し、それにかわって現代社会学部の入学定員を100人、人間関係学部を100人、文学部215人それぞれ増員し、同年度をもって短大文科の学生募集を停止した。要するに、わずか3年間で、短大の定員を1000人から382人まで削減し、4年制大学の定員を大幅に増員した。
振り返ってみるならば、学部発足の98年度は、18歳人口が峠を超えてからすでに6年もたった時点である。この年度の18歳人口は162万人と、ピーク時の79％にまで落ち込み、それからも年々減少していくことが見込まれていた。その影響は武蔵野女子大学にも顕著に現れていた。まず短大の受験生が減少し、既存学部も横ばい、もしくは下降傾向だった。そのままでいたら、学園の存続が危ぶまれることは明白であった。
その当時、18歳人口の減少期を、学部・学科の新増設で生き残りを図る試みが、各地の大学・短大で行われていた。現代社会学部が発足した98年度1年だけを見ても、全国で17の大学が新たに設置され、25の大学で新たな学部が設置され、26の大学で既存の学部に新たな学科が設置されている。この98年度以降03年度開設予定まで含めると、毎年平均すると大学新設は19、学部新設を行ったのは31大学、既存の学部に新たに学科を設置したのは48大学となる。武蔵野女子大学現代社会学部は、こうした新設大学・学部・学科が乱立する時代の中に生まれた1学部ということになる。
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新しさをアピールする4本柱
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現代社会学部という名称は、武蔵野女子大学が最初に使った名称ではなかった。それでも当時はそれほど多くはなかった。新名称学部といって差し支えなかろう。
新名称学部の長所はなんといっても「新鮮さ」を訴えることができる点である。その新しさを具体的に主張するものは、学部の目標とカリキュラムである。設立当時様々な機会にこう主張した。「これは社会学の学部ではない。目の前の現代社会を生きた教材として活用し、これからどういう時代が開けようとしているのか、それを体験する学部である」。
新しさをアピールするために、現代社会学部には4本の柱を用意した。第1の柱として、この変転極まりない現代社会を理解するために、政治・経済・社会・マスコミ・国際協力など、社会科学の基礎科目を置いた。第2には、話し、聞き取ることを中心とした英語教育を重視し、第3の柱には、これからの時代には欠かせないリテラシーである情報教育を置き、全員必修の情報科目を設けてパソコンの購入を義務づけ、メール・アカウントを配布した。
第4の柱はカリキュラム上に現れない、言い換えれば「隠し味」のようなものである。今の学生を教室の中に閉じ込め、机の前に長時間座らせておくことは無理である。そこで「行動しながら学ぶ」というスローガンのもとに、夏休み中の企画として、海外植林ボランティアを募り、昼間は植林活動、夜はその日の体験や印象を英語で報告するプロジェクトを組んだ。
■情報教育の重視
第3の柱である情報教育は、特に重視した。
パソコンのスキルについては、教室の中で学ぶだけでは現実感覚を味わえないので、「シルバーパソコン体験教室」を立ち上げ、学生にボランティアとして、シルバー受講者の手をとって操作を指導する機会を与えた。また、この様子を写真に収め、それをもとにホームページを作成させた。
海外植林ボランティア活動では、学生にデジタルビデオカメラを持たせ、活動の様子を収め、帰国後にパソコンに取り込み、20分程度の長さに編集するという課題を出している。始めた当初は、相当高品質の（その分高価な）パソコンを使っても、デジタルビデオの編集には時間がかかった。現地ではなるべく多くの記録を残すことにしたので、延べ12時間ほどのビデオの原版ができあがった。それを20分間にまとめるのは、かなり過酷な課題だったが、学生はそれをやってのけた。
ビデオ記録を毎年続けていると、先輩の作品を見て改善点を考えるなど、撮影や編集の技術が高まり、なかなか凝った画面表示や画面転換を活用するようになった。4年目の夏にはついにビデオテープではなく、CDに焼き付けた作品を完成させるまでになった。始めからの経緯を見ている者からすると、わずか4年間でよくぞここまで進歩したものだと驚かされた。もちろん、その間にビデオ編集ソフトの向上、デジタル技術の進歩があり、教員側の献身的な手助けがあったことは事実である。
このように、我々の情報教育の狙いは、単にパソコンが操れるようになる、あるいはビデオカメラを操れるようになることではない。こうしたスキルを身に付けることによって、後に紹介する高校訪問などの新しい社会的活動の可能性を知ってもらうことである。
こうした授業内容を延長する形で、卒業研究の形態にも工夫を加えた。卒業論文を書き、紙で提出するほかに、ホームページ作成やビデオ作成も卒業研究として認めることとした。第1回卒業生の中には、ホームページを完成させた者もいた。従来型の文章で書いた卒論をホームページに変換し、図・写真を貼り付け、他のサイトへのリンクを張る作業を加えて、完成させることになる。従来型の卒業論文よりも、かなり手間ひまがかかる。しかしそれらの学生は最後までがんばってホームページを完成させた。
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学部の内容を社会に伝える方策
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新名称学部は「新鮮さ」をアピールできるという長所を持っているが、それは同時に短所でもある。
最大の短所は、受験生や高校の進路担当教員に、名称だけでは内容が伝わらないことである。高校教員からすれば、自分達が学生時代にも存在した学部であれば、大体内容が想像できるが、最近できたばかりの学部では、何をどう教えるのか見当がつかない。受験生からすれば、これほど次々と新名称学部・学科が乱立すると、内容がわからないだけでなく、なんとなく「いかがわしく」見えてくる。さらに就職時になると、採用者側にも学部の中身がわからない。新名称学部の中身は、高校の先生以上に、企業の採用担当者にとってはもっとわかりにくいはずだ。
学部発足当初から、この学部名称ではなかなか内容が伝わらないという見方があった。社会福祉学科はともかく、現代社会学科の場合には、名称を聞いただけでは何を教えているのかわかりにくいというのである。そこでこの欠陥をカバーするために、いくつかの方策を講じた。
（1）「履修モデル」の設定（2）「学習成果報告事業」の実施（3）就職対策の強化として「キャリア・カウンセラー制度」を導入（4）在学生を予備校のチューターとして採用してもらう（5）「学科紹介パンフ」の充実（6）各種イベントの開催――の六つである。ここでは（1）から（4）を詳しく紹介する。
■「履修モデル」の設定
現代社会学科の内容をもっとはっきりさせるため、当初は「履修モデル」を数個作って提示した。しかしそれでも不十分ということで、結局、4年間が経過して完成年度に達したところで、「法学・政治学コース」「経済・経営学コース」「社会・マスコミコース」「国際関係・国際協力コース」の4コースを前面に出すこととした。これは学生が何を専攻したのか、社会に対して簡潔に説明できるように設定したものである。こうしたコース設定がどれだけ効果を発揮するかは、今後の課題である。
■「学習成果報告事業」の実施
高校側に学部の中身を知ってもらうために、2年目からは「学習成果報告事業」を始めた。我々教員がこぶしを振り上げて学部の理念を語ったところで、その思いが伝わることはほとんどない。このことは数校、高校訪問をすればすぐわかる。そこで2年目の夏休みからは、第1期生の中から希望者を募り、出身校に戻って、1年間の学習について報告してもらうプロジェクトを開始した。学部の中身を知ってもらうには、実際にその教育を受けている学生が具体的に何ができるようになったのかという成果を見てもらうのが一番と考えたからである。
出身高校へは、大学案内ばかりでなく、現代社会学部の活動で新聞記事となったものとか、学生自身が作成したホームページ、前述した海外植林ボランティア活動の様子など、学部の様々な活動を20分ほどのビデオに収めたものを持って行ってもらっている。
3年目からは、はじめから現代社会学部での1年間の学生生活をビデオに残す計画を立て、そのための学生チームを編成し、取材を続けた。それをもとに学生生活を学生の目線からとらえ、高校生に紹介することにした。
■キャリア・カウンセラー制度
学部の存在を高校に知らせるための試みの中でも特筆すべきものは、3年目からスタートした「キャリア指導の充実」であった。これは、高校側からの新学部への注文から始まった。高校訪問で新設学部の「理念」を語っても、反応ははかばかしくなかった。多くの高校教員は「1期生がどういうところに就職するか、それを見た上で生徒に推薦するかどうか決めます」と反応した。また「学習成果報告事業」で出身校を訪問してきた学生からも、同様の注文が伝えられた。高校が見るのは、「学部の理念」といった空念仏ではない。卒業生をどういう企業に送り込めるのか、それが鍵である。それではどうするか。
新設学部のつらいところは先輩がいないことである。就職活動の経験者がいないので、どういうふうに就職活動をするのか、そのノウハウを伝える人がいない。そこで登場したのが「キャリア・カウンセラー」構想である。この構想は、筆者の長年の友人から提案された。彼に言わせれば、武蔵野女子大学はきわめて恵まれた立地条件にあり、大学の周辺にはつい先日まで企業の第一線で、新入社員の採用、研修を担当してきた経営サイドの関係者が多く住んでいるという。そんな人材のノウハウ、経験を活用しない手はないということで、新聞広告を使って募集をかけたところ、わずか7人の定員に133人の応募があった。競争率20倍である。しかも応募者はいずれも一部上場企業の元トップなど、素晴らしい経歴の持ち主ばかりである。書類選考、面接を行い、7人の方々を選び出した。
集まってくださった7人の方々は、企業を定年退職して間もない元気あふれる60歳代前半の男性あり、出産・育児のために一時家庭に戻った30歳代、40歳代の女性ありと、その背景は様々だが、どなたも「ぜひとも今の若い世代に、自分の体験、経験を生のまま伝えたい」という気迫に満ちた方ばかりだった。
我々の期待は、企業社会の先輩達に、「企業社会が求める人材とはどういうものか」「企業の中で評価される人材、評価されない人材とはどのようなものか」を、これまでの具体的な体験をもとに学生に直接伝授してもらうことである。ただし、スタートする時に、学生諸君にはっきり断っておいたことは「このカウンセラーの方々は、決してあなた達のために就職先の斡旋をしてくれる人ではない」という点である。だいたい他人に世話をしてもらった就職先など、三日ももたない。就職先はあくまでも自分の実力で開拓するもの。その実力に磨きをかける手助けをしてくれるのが「キャリア・カウンセラー」である。
このカウンセラーには、就職活動の開始間近に模擬面接を実施してもらった。さらに学生が実際に企業から内定をもらい、どの企業を選んだほうがよいのか迷った時など、メールでの相談に応じてもらった。もちろん外部の人材をタダ働きさせることはできないので、こうした時間外のカウンセリングにも、手当てを支払うこととした。
このキャリア・カウンセラー制度の果たした効果は、計り知れない。端的に言って、就職戦線に出てゆく学生達の顔から自信があふれるようになった。その結果、第1期生は就職率95％という高率を記録した。おそらくキャリア・カウンセラー制度を取り入れなければ、これだけの好記録をあげることはできなかったであろう。「第1期生がどのような所に就職するか、それを見た上で、薦めるかどうするか決めたい」という高校側の要望には、一応の回答は出したつもりである。
■在学生を予備校のチューターに
3年目にはある大手予備校に頼み、現役の学生をチューターとして採用してもらった。チューターとは、もろもろの進路相談に来る高校生達の進路相談を受ける現役大学生のことである。志望校の絞り込みをしている最中の受験生に、我々の大学の内容を直接伝えられる絶好のチャンスである。ただ、問題はどのような学生を送り込んだらよいかという点である。そこで、実際に学生を送り込む前に、入試課の職員に現場を見てもらった。現場を見てきた職員が開口一番言ったのは、「先生、あそこはやわな学生を送り込んだら、本人がつぶれてしまいますよ」という言葉であった。
周囲ではトップ大学への合格を果たしたきらきら輝く学生が、いかに自分の大学が優れているかを、とうとうと受験生相手に語っている。そういう雰囲気の中で、我が大学の内容紹介をし、多少関心のある高校生がいれば、もっと詳しい情報を提供することになる。よほどの学生でないと、勤まるまいという見方は、実によくわかる。
そこで人選は、教員側と入試課職員との共同作業で行うこととした。まず教員側がこれならばと思う学生を探し出し、入試課に推薦する。入試課は入試課の目で、その学生の適性を確かめる。人選は難航した。そう簡単に見つかるものではない。しかしながら、ついにこの人ならば大丈夫という学生が見つかり、チューターとして送り込んだ。その学生は懸命になってがんばってくれた。その学生のガイダンスが功を奏して、次の年にはその予備校から3、4人が現代社会学部に入学してきた。数は少ないが、そこに至る過程には大きな意義がある。
ただ、その後がこちらの心配の種となる。入学してはくれたが、果たして期待通りの大学だと思ってくれているのだろうか。「なぜこんな大学を推薦したのか」とチューターにクレームをつけはしないだろうか。この辺りが、水平線上を浮き沈みしている大学のつらさであり、切なさである。
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新設学部の存在価値
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学部創設から5年が経ち、今や2回目の卒業生を送り出す時点に立ち、この学部をいかに自己評価するかという時点に差し掛かっている。個々の試みはともかくとして、我々の事例は、いくつかの側面で同種の改革と共通性を持っている。それは以下のようにまとめられる。
（1）18歳人口が下り坂にかかった中での新学部創設の一例
（2）短大中心だった女子高等教育機関を、いかにして4年制大学に転換していくかの1事例。
（3）受験生離れの著しい短大定員を大量に抱え、それを短期間に4年制大学に移し替えねばならず、100人単位の大量定員増を行わなければならなかった。
（4）入学定員が膨張する中、一方では定員を満たさねばならず、他方では水準の低下を避けなければならないというジレンマの中で入試選抜を実施する必要性があった。
（5）おびただしい数の大学・学部・学科が増設されて行くなかで、いかにして独自性を打ち出し、他との差異化を図るかの一例。
（6）大学進学率50％の時代を迎え、大学生の質的変化という事態を前にして、いかなるカリキュラムを提供したら、達成感・満足度を与えることができるかという問への対応。
（7）今なお確固とした影響力を発揮している偏差値体制の中を、いかにして無名大学が、偏差値を上げることはともかく、これまでの水準を維持できるか、あるいは滑り落ちないですませるか、その試みの一例。
（株）進研アドの調査によると、現代社会学部が発足した98年度、全国で新たに設置された学科数は、私立大学だけで99学科に達する。99学科の初年度（98年度）の実質倍率（受験者数を合格者数で割ったもの）は平均して3.4倍、これが02年度には2.7倍まで低下した。しかし平均値では実際の姿は見えてこない。
初年度実質倍率が4倍以上だった学科は29学科に達したが、02年度にはそれが21学科にまで減少した。それに代わって増加したのは、「データなし」の学科である。この「データなし」の中には、「非公表」のところや「報告なし」のところが含まれている。
そこでデータのとれる学科だけに限ってみると、98年度4倍以上という高倍率でスタートした28学科のうち6割までは、依然として完成年度でも4倍以上という高倍率を誇っている。その反対の極にあるのが2倍未満でスタートした学科で、27学科のうち9割強が依然として2倍未満の水準で苦戦している。問題は2倍以上4倍未満というボーダーの水準から出発した学科で、完成年度でも同水準を維持している学科は約5割で、残りの半分の学科では実質倍率2割未満の水準に落ち込んでいる。
今や500に及ぶ私立大学は、年々分極化の傾向をたどっていると言われている。その証拠が、こういうところに現れているのかもしれない。しかしながら、新設学部の存在意義は、旧来からの大学の在り方に対して、何らかの新しさを提示することにある。いや、何らかの新しさを提示しようとする、その志にある。この志が生き続ける限り、その存在価値が失われることはない。絶えざる脱皮。これが新設学部の使命である。
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