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【方程式1】時代や大学の個性に合った改革を行う
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新増設・改組転換を行う場合、受験生の動向を把握し、一定の志願者を集められる予測の上で、設置計画を立てるはずである。しかしと思ったように志願者が集まらない大学も少なくない。
では、成功する大学とそうでない大学はどこに差があるのか。
まず、最初に指摘したいのが「時代や大学の個性に合った改革」という視点だ。新たに学部・学科の設置を構想する出発点には「なぜ、この時期に、この学部・学科なのか」との問いが必ずあるはずで、その答えを導き出してくれるのが、各大学がそれまでに培ってきた個性だといえるからだ。
■技術者教育の原点を追求
東京の新宿と八王子にキャンパスを持つ工学院大学は、創立から100年以上にわたり工学系単科大学としての歴史を築いてきた。技術者育成に特化した教育こそが同大学の特色といえ、2001年度に設置された国際基礎工学科も、新しい時代の技術者像として期待される「グローバルエンジニア」の育成という点に目標を絞った。
同学科は97年度に機械工学科の中に設置された国際工学コースがベースだ。コース開設当初から学科への昇格を想定して教員を集め、特色あるカリキュラムを編成してきたが、機械工学の枠組みの中での教育研究に限られていた。
そこでコースの完成年度を待って、国際基礎工学科に昇格。グローバルエンジニア育成という狙いを引き継ぎ、さらに創造力・マネジメント力やコミュニケーション能力を持った技術者教育を行うことにした。このように、工学系大学としての教育の原点に立脚し、明確な目標のもとに実績を積み上げた上で、新学科を開設したことが受験生の支持を集めたといえる。
■総合大学化への道
新学部設置によって、総合大学として発展させたいとの希望を持つ大学も多い。総合大学化することで、教育、研究の両面でスケールメリットを生かせるからだ。
大阪府南部に位置する桃山学院大学は02年度に、法学部を新設した。それまで文、社会、経済、経営の4学部を擁する文科系大学として知られていたが、同大学と志願者層が重なるライバル校に総合大学が多く、総合大学化は長年の夢であった。しかし、理工系学部の設置には莫大なコストがかかることに加え、学内に教育研究資産が皆無だったことから諦めざるを得ず、文科系総合大学への道を模索することになった。
近年の新設学部では、国際、情報、環境などの領域に関するものが多い。しかし、同大学ではあえてそうした新しいタイプの学部を選ばなかった。文科系総合大学を標榜するなら法学部が不可欠との共通認識があったこと、司法制度改革やロースクール設置など、法務に関わる人材の需要拡大への期待があったこと、同大学が立地する大阪府南部から紀伊半島にかけての地域には、法学部を設置する大学がなく、潜在的な地域ニーズがあったことなどが主な理由だ。堅実な学部新設によって、総合大学化を成功させた例といえるだろう。
一方、福岡市に立地する中村学園大学は、女子の栄養系大学というイメージが定着している。男女共学ではあるが、設置母体の前身が栄養学校だったため、女子学生が圧倒的多数を占める。そのイメージを払拭するためにも、総合大学化が念願だった。
既設学部に自然科学系の食物栄養学科、人文科学系の児童学科があったことから、社会科学系の組織を新設することが決まり、00年度に流通科学部を設置。「ビジネス」をキーワードとした即戦力養成を全面的に打ち出し、男子受験生にもアピールした。固定的なイメージの打破を狙い、男子学生を取り込むことにより新しい大学像を創出しようという戦略だった。
■建学の精神から個性を明確化
名古屋市にある金城学院大学は、中部地方では最も古い歴史を持つ女子大学で、中学校から大学院博士課程後期までの一貫教育で知られる。もともと地域での知名度は高かったが、女子大離れ、短大離れの加速に対応するため、97年に将来構想委員会を設置。短大の廃止、家政学部の改組などが決定された。
その後、短大と家政学部の見直しを検討する過程で、建学の精神に立ち返って大学の理念・目標をもう一度見直そうという動きになった。キリスト教精神に基づく女子教育という明確なコンセプトがあったので、それを表現する現代的キーワードとして、「いのち」「こころ」「いやし」の三つを設定した。このキーワードは新設学部だけにとどまるものではないという声が上がり、全学部のカリキュラムの見直しへと発展。結果的に、短大と既設学部を含めた全学的な教育改革を行うことになった。
大改革は02年度に実施に移された。短大と家政学部を廃止して、新たに生活環境学部と人間科学部を設置。名称を変えなかった既設学部・学科もカリキュラムを一新。さらに、これまで教養教育を主眼としてきた教育方針を大きく転換した。教養教育を現代的な意味で捉え直し、実務を志向したカリキュラムを構築。新学部設置はこうした全学的な改革の象徴となった。同大学は、建学の精神に立ち返ることで、個性を明確に打ち出すことに成功した。
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【方程式2】多面的なリサーチを実施する
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新設・改組転換の方向性は、財政状況、教育資産などの学内事情に負う部分が大きいが、受験生のニーズと切り離して考えることはできない。だからこそ的確なリサーチが重要となる。
■就職支援までを見据えた幅広い情報収集
中村学園大学は、当初は観光系の新学部設置を考えていた。福岡は九州の玄関口であり、観光産業も多数立地しているため、将来的な発展が見込めるからだ。ところが同市内の九州産業大学が一足先に観光系の学科を立ち上げるとの情報を入手したため断念。再び福岡という地域性に立ち返って考え直すことになった。
当時、設置関係の事務責任者を務めていた上森啓史入試課長は、「県や市を訪ねていろいろな資料にあたるうち、福岡は第三次産業が突出している流通都市だということに気付いたのです」と振り返る。これが、モノやお金だけではなく、人や情報、サービスまで含めた流通を科学的な視点で見直そうという流通科学部の設置構想へとつながっていった。
新学部設置に際して上森課長は、同種の学部を持つ大学を含むのべ70近い大学を回り、学部開設までの流れをリサーチ。また近隣の企業718社、福岡を中心とする九州各県の高校23校にアンケートを依頼し、双方の求める教育内容についての情報も収集した。さらに企業のトップ20人強、中堅社員7人と会い直接意見を交換。設置後の就職支援まで見据えた幅広いリサーチを行い、その結果を広報戦略などに生かしていった。
■潜在的ニーズを数値で確認
桃山学院大学の場合、以前から法学部への高いニーズには気付いていた。経済学部の「経済と法コース」の人気が高かったこと、ゼミで法学部志望だったことを話す学生が多かったことなどからだ。
また、地域における潜在的な法学部ニーズがあったため、法学部を作ればある程度の需要が見込めるだろうとの予測はあった。
新学部設置に当たっては、法学部の市場ニーズや財政的な面でのリサーチを行った後、高校2年生を対象とした調査も行った。この調査では、同大学の法学部を受験したいと回答した上位3校が和歌山県の高校だということがわかり、それまでの経験的な予測が正しいことが数値的に確認できた。この時点ではカリキュラムはほとんど決まっていたため、調査結果は、その後の広報活動で重視するポイントとして活用した。
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【方程式3】教育プログラムを工夫する
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新増設・改組転換を成功させるために最も重要なのは、教育内容を充実させることだ。学生のニーズを汲み取ることや、卒業後につながるプログラムを提示することも大切だが、それらが新たな学部・学科の方針とマッチしているかどうかは大きなポイントとなる。
■技術者の「人間力」を育成
グローバルエンジニア育成という明確な目標を設定した工学院大学の国際基礎工学科の場合、ユニークなプログラムをいくつも用意した。最も特色があるのは「ECP（EngineeringClinicProgram）」で、企業から提供された実務につながる研究テーマに、3年次から2年間かけて取り組む問題解決型の授業。学生は5人1組のチームで、最終的に卒業研究にする。すでにECPにおける学生の研究が製品開発に反映されつつあり、2件の特許出願にまで結び付いた。
また「CSGE（Communication Skill for Global Engineers）」と呼ばれる英語の授業を週3回4年間開講。海外のエンジニアと一緒に仕事をする際に必要な英語力を高めることが目的だ。このほかにも基礎科目を重視し、国際感覚や技術者倫理を養う科目を体系的に設置した。
古屋興二主任教授は、「グローバルエンジニアには、創造力、マネジメント力、コミュニケーション能力、国際感覚の、どれ一つも欠かすことはできません。それをすべてカバーする、技術者としての『人間力』を育てるカリキュラムを作り上げました」と語る。
このカリキュラムは02年度、日本で最初のJABEE（日本技術者教育認定機構）認定プログラムとして認定された。これは、同大学の技術者教育が高いレベルにあることを示したものであり、グローバルエンジニア育成という同学科の目的にも合う。今後、海外の大学で行われているECPに学生全員を参加させるところまで拡大することが検討されており、国際的な技術者育成に向けたプログラムは年々進化を続けている。
■徹底したビジネス教育
中村学園大学は、従来から栄養士や保育士、幼稚園・小学校教諭などの免許や資格に強いとして、地域で評価されてきた。流通科学部はそうした資格取得を目指すタイプの学部ではないが、実学という面から企業現場ですぐに役立つ知識や技術を身に付けるビジネス教育を特色として打ち出した。
例えば、英語・日本語・情報処理は、入学後すぐに徹底的にトレーニングする。英語は4年生まで週2回の授業で、ビジネス英語を中心にプログラムを組んだ。企業へのリサーチなどから、本当に使える英語教育への要望が高かったことも考慮した。日本語は、日本人の苦手なプレゼンテーションやディベートを中心に、コミュニケーション能力を高める授業とした。また、資格取得支援のための課外講座も充実させて、学部教育の範囲内では取得できない資格についてもサポートした。
実学志向、資格取得支援は、多くの大学が掲げる特色だが、資格に強く、就職にも強いという同大学のイメージを背景にすると、ビジネス教育という言葉も説得力を持つ。大学の個性や実績を生かした教育内容の好例だろう。
■法学教育の新しいカリキュラム構築
桃山学院大学の法学部は、後発ゆえに他と同じ教育内容では競争力を維持できない。そこで、従来の法学部教育にない斬新なカリキュラムを考えた。知的財産権や情報関係の法律など近年話題になっている分野を網羅し、間口を広くする方法もあったが、あえて憲法、民法、刑法など基幹科目中心に組み立てた。法律の基本さえマスターすれば、あとは応用力で対応できると判断したためだ。また1年次の法律の基礎科目に限って座席を指定。最初でつまずかないように、その教育効果まで配慮した。
さらに抽象概念から入っていく従来の法学教育とは逆に、導入科目として、現実の事件やトラブルなどの具体的な事例を取り上げる科目を準備した。具体から抽象へと逆の流れをとることで、学習に取り組みやすいようにし、学生のモチベーションを向上させるためだ。設置前の高校生への調査でも、導入教育に魅力を感じるとの結果が示されており（図表）、その期待に応えることができた。
一方で、司法試験に向けたエリート教育もスタートした。定員制の法職セミナー室を設け、所属学生には専用のロッカーや机、教材を提供し、半期ごとに成績で入れ替える完全な競争原理を適用した。前田徹生教授は、「現1年生は従来の司法試験を受けるわけですから、まずそこにターゲットを合わせました。こうしておけば、いつでもロースクールに切り替えられるはずです」と、新司法制度も視野に入れた法曹養成について語る。このほか、就職活動への影響を考えてゼミを2、3年次に開講するなど、新設のメリットを最大限に生かし、法学教育に新しい風を吹き込んだ。
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■理念から出発した実務教育
金城学院大学の人間科学部は、短大も含めた全学規模の改革に合わせて誕生し、現代子ども学科、心理学科（社会心理学専攻・臨床心理学専攻）、芸術表現療法学科の3学科で構成される。
現代子ども学科は、その名称通り、いじめや不登校など現代の子どもが抱えている諸問題の解決をも目指す。従来の児童学科がこうした社会問題に即応できなかったという反省を込めた命名だ。芸術表現療法学科もユニークな学科で、音楽療法や絵画療法などの表現療法を科学的に追究し、サイエンスとして体系化したいとの目的を持つ。心理学科は認定心理士や臨床心理士など、こころの専門家を育成する。
いずれの学科も前述したキーワードの「こころ」「いやし」を具現化した教育内容を持ちつつ、資格取得に対応したカリキュラムとした。実務教育を前面に出した理由を戸田安士学長は、「現在でもなお、女性には社会的なハンディがあります。資格は女性が社会参加するときの強力な武器となるため、実践力を伴う資格取得を応援するのです」と説明する。
同大学は建学の精神を軸にカリキュラムを構築し、そこに実務教育を盛り込んだ点に特色がある。いわばまず理念があってそこから設置へとつながった新学部であり、筋の通った教育内容が受験生の支持を集めたといえる。
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【方程式4】多彩な広報戦略
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広報活動も成功を大きく左右する重要な要素の一つだ。対象や時期、方法など多岐にわたるが、文部科学省の設置認可前は制限も多く、設置初年度に向けた広報には特に工夫が求められる。
■パンフの工夫と徹底した高校訪問
中村学園大学では、これまでの「即戦力養成」というアピールポイントを新学部の特長とリンクさせ、ビジネス教育に力を入れていること、過去の実績をベースに就職支援も充実させることなどを強調した。パンフレットでも、履修モデルを提示して入学から職業までの流れが一目で分かるチャートを掲載。「現在ではこうしたチャートを掲げるところは多いのですが、当時としては先進的だったと思います」と上森課長。
また、県外認知度を高めるため、「エリアマーケティング」と呼ぶ高校訪問も行っている。同じ県内でも高校によって求める情報が異なることから、各高校の欲しい情報を可能な限り細かく提供しながら、ニーズ調査と広報活動を展開。入試課の職員だけで年間のべ1400校以上訪問している。高校との信頼関係を築くことで、志願者の安定的確保を狙っており、男子の志願者も年々増加してきた。
金城学院大学では、認可前パンフレットを3種類作製した。開設1年前の4月、9月、11月に、それぞれ大学全体の魅力、人間科学部の概要、詳しい履修内容と、時期に応じて提供する情報を変えながら、志願者の期待感と興味を喚起し続けた。
また同大学は、学部新設に合わせて、全教員の高校訪問・企業訪問を開始した。職員と教員で高校側の対応者が違う場合もあり、異なった種類の情報が得られることも少なくないという。
■独自の広報戦略を展開
桃山学院大学では、出前講義などを除き積極的な高校訪問は行っていない。法学部の設置に関しては、メディアに流すメッセージを意識的に同じ内容にし、繰り返し効果による浸透を狙った。
工学院大学の基礎工学科は、ECPなどのプログラムがユニークなこともあって、新聞などの一般メディアに取り上げられるケースが多い。企業との連携を図っているため、成果が出れば産業界からも注目される。進学情報媒体以外への露出度を高めるのは、同学科の広報戦略の特色だ。木村雄二教務部長も、「よい中身を作る努力がメディアを引きつけるのだと思います。いわば本質的な広報活動といえるでしょう」と語っている。
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【まとめ】志願者推移よりも教育内容を常にチェック
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こうして見てくると、新設・改組転換を成功させる上で最も肝心なのは、その大学の個性をはっきり見せることだといえそうだ。もともと持つ強みを生かすにせよ、建学の理念に戻るにせよ、その個性を具体的に提示することが必要だ。地域の特性を見つめ直すことも重要なヒントになる。そうすれば、教育内容や広報戦略の方向性がおのずと見えてくるはずだ。
ニーズ調査などのマーケティングは、設置構想がほぼ固まってから行われることが多く、設置学部の内容を左右することは少ない。ただし、高校生に効果的に訴える広報戦略に使える要素は多いので有効に活用すべきである。
就職支援対策はどの大学も重視しているので、1期生の就職状況がわかるまでは大きなアドバンテージとはなりにくい。しかし、資格を必要とする職業に直結した学部・学科の場合は、完成年度以降の募集に大きく影響するため、資格取得を含めた就職支援対策には力を入れるべきだろう。
新増設、改組転換を行った大学にとって志願者の増減は気になるところだが、自ら定めたカリキュラムを常にブラッシュアップしながら教育内容・方法を充実させていけば、評価はおのずとついてくる。最終的には、在学生が後輩に、自分の大学を自信を持って推薦できるような教育の継続を目指すべきだろう。
（レポート（株）拓文社 仲谷宏） |
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