Between 2003.03
深化するFD

【第5回】 学生と「知的格闘技」を演じるためのしかけづくり

 

矢内 秋生武蔵野女子大学教授
ガイダンス教育研究会会員
矢内 秋生

 
国際基督教大学

 国際基督教大学(ICU)のFDが最近つとに評判が高い。絹川正吉学長はリベラルアーツの重要性を現在の日本の大学に突きつけ、学生を国際的水準に教育しようとする姿勢をFD活動として推進している。研究の質ばかりでなく、教育についても、世界に通用するレベルを目指すべきだという意識の高まりを受けて、ICUの教育の意味と真価が再確認されつつある。



FDオフィスのドアはいつも開かれている

 ICUには教授会のもとに、教養学部の6学科とその他の主要プログラムから選出されたメンバーによるFD委員会があり、その活動拠点としてFDオフィスが設置されている。委員会を統括する吉田智行準教授(FD主任)は、活動の具体的な内容について、(1)シラバスの公開とその改善のための調査(2)チームティーチング授業の質を高めるためのセミナーの開催(3)プレゼンテーションソフトの有効利用などの効果的な授業方法のアドバイス(4)学生による授業評価結果の公開、などをあげている。
 特に授業評価の結果についてはファイルに綴じられ、学生がいつでもFDオフィスで閲覧できるようになっているという。「学生はいわゆる楽勝科目を探しているわけではなく、これから受けようとする授業の参考のために見ているようです。また、自分が良い評価をした授業について他の学生からも同様に支持されているのかどうかといったことにも関心があるようです。これらはまさに大学側の狙い通りの使われ方といえます」と吉田準教授は言う。ちなみに授業評価では、「分かりやすい」などの授業テクニックに優れた教員よりも、「専門性を打ち出し」、しかも「見解を明確に主張する」教員の評価が高かったと、吉田準教授は指摘する。
 FDオフィスのドアは学生に対していつも開かれている。「ここは情報が出ていく場所ですが、授業や大学運営で教職員の気がつかないさまざまな情報も入ってきます。"ゴミ箱"みたいですね。でも中を覗いてみるとはっとするFDの芽が入っているのです」と吉田準教授。そこからはFDにエネルギーを注いでいる様子がうかがえる。
 FD主任は任期2年で交代する可能性がある。そこでFDの質を維持していくためには継続的に仕事をするスタッフが欠かせない。スタッフは専任職員(兼任)が1人、パート職員が3人、そして助手スタッフの5〜6人体制となっている。優秀なスタッフに支えられて助かっているという。
 ちなみに、授業評価は非常勤教員を含めて約80%の実施率となっている。これは他大学と比べるとかなり高い実施率と思われる。しかし、この点について絹川学長に伺うと、「まだ十分ではない」と言う。そのため、03年度からはWeb上にも授業評価の結果を学内開示して教員意識を定着させ、さらに実施率を高める予定だという。「授業評価の結果によっては賞与で差をつけてもいいのではないか」と、絹川学長は過激を承知で戦略的発言をする。
 では、大学の意図に沿った形で授業評価アンケートに積極的に参加し、評価結果についても主体的に利用できる、そのような「大学と“幸福な関係”をもつ学生たち」はどのように生まれるのだろうか。その答えの一つが、1・2年次の英語教育にあった。

写真 写真
吉田 智行 準教授 絹川 正吉 学長



必要な能力とは批判的な思考力

 ICUの学生は、ELP(English Language Program )と呼ぶ英語教育プログラムを入学直後から2年次まで受講する。このELPはICUの建学以来、教育方法や名称の変化はあるものの、その目標を変えていないという。しかも多くの大学等が開講する基礎教育としての英語プログラムとは大きく異なっている。現行の科目名を図表に示した。
 ELPでは授業はすべて英語で行われる。教養学部語学科の英語教育担当でもある吉田準教授は、ELPについて次のように語る。「本学もまずは聴き、読み、書くから始めます。はじめは数行の英文しか書けなかったような、比較的低い英語能力の学生も、やがて10枚、さらに20枚と自分の考えをまとめられるようになります。しかし、ELPを通して学生が身に付ける最も重要な能力は批判的思考力です」。
 つまり、スキルに関する英語能力の育成以上に、「英語というツールを用いて、思考過程の訓練を通した基本的アカデミック能力を総合的に育成する」ことを狙ったプログラムであるといえよう。
 多くの大学で「基礎演習」として実施している内容を英語で行っているのだ。そして、それらを英語で行うメリットは、「構文上、自分を明確に意識させることができること」と、「英語に対するインセンティブを利用できること」ではないだろうか。
 絹川学長は「本学は小規模の私立大学で経営も楽ではありません。そのため教員増も難しい場合があります。しかし、このELPに関しては手厚く教員を配置しています」と語る。
 ここ数年、初年次教育の重要性が大学関係者の間で語られることが多くなったが、絹川学長の言葉は、ICUにおいてELPは重要な初年次教育の一環であるという見解といえよう。
 この徹底した英語プログラムを経験し、通過した学生は、「授業では質問することが当然であり、しないと損をする。大学の先生というのは相談を投げかける相手、ときにはディスカッションの相手なのだ」という姿勢が身に付くのだという。「このような学生の要求に応えるのが教員の役割であり、そのための制度がオフィスアワー制度とアドバイザー・アドバイジー制度なのです」と吉田準教授は語る。
 アドバイザー・アドバイジー制度は、アドバイスをする教員と相談する学生(アドバイジー)が対等に位置付けられた制度だ。


図表



FDハンドブックによるICUの社会的使命の共有

 一方、教員はこのように積極的で批判的思考を備えた学生に対峙して授業をしなければならない。絹川学長の言葉を借りれば「知的格闘技」を学生と演じるわけだ。そこで、ICUでは教職員の教育姿勢を共有し、学生とそのような「知的格闘技」を演じるための指針として「FD HAND BOOK」(FDハンドブック)が準備されている。
 FDハンドブックは、ICUに着任する専任教職員のために編集された。就業規則や学内諸制度なども掲載されているが、最も特徴的なのは、ICUが建学の理念に基づいて果たしている社会的使命とリベラルアーツ教育の考え方、教育の場でこれらをどのように具体的に実行するかに多くのページを割いていることだ。
 具体的には「効果的な授業に向けた七つの秘訣」や「効果的なシラバスの作成」「成績グレードの全体的基準」などきめ細かく記載されている。
 例えば、「効果的な授業に向けた七つの秘訣」については、(1)学生の学習に対し、明確な目標と知的チャレンジを設定する(2)学習者である学生を積極的に関わらせるような、適切な教授方法やストラテジーを実施する(3)学生と効果的にコミュニケーションを取り、関わりあう(4)学生の知的・人格的成長に配慮する(5)学生の個性的な才能や学習スタイルを尊重する(6)教室の枠を超えた学習も取り入れる(7)自分の教授活動を省みてモニターし、向上改善していく―とあり、それぞれさらに細かい実施のポイントが記されている。
 また「効果的なシラバスの作成」については、例えば、「なぜシラバスを作らなければならないか」という疑問があれば、「その授業コースが各自の学習スタイルや目標に合致するか、学生が判断することができる」などシラバスの機能が8項目明示されている。
 さらに「成績グレードの全体的基準」については、前年度の成績グレード(A、B、Cなど)の分布がカリキュラム区分ごとに掲載されている。これによって、教員はどの水準に合わせて授業をしたらよいか、それぞれの成績評価はどの程度の割合にしたらよいかといった目安を得られる。成績の表記方法について書かれている教員用ガイドブックは多い。しかし、成績分布まで参考資料として掲載しているガイドブックは数少ないのではないだろうか。そこにも、ICUがいかに教育の質を維持しようとしているかがうかがえる。
 むすびに、「このような制度を通して学生との緊密な交流をできるだけ楽しむようにしてください」とある。「ICUという大学は学生と教職員が“知的共同体”をともに体験していく場だ」という考え方が、教職員をやる気にさせるのではないだろうか。



海外の大学や他大学と比較できるGPAに

  「ICUの学生は、学部教育段階では他の大学の学生に比べて専門知識が弱いのも事実です。しかし大学院に進んで半年ほどすると、思考力などの面で他の大学の学生を追い抜いてしまうといわれます。それは『知識量より考え方のトレーニングに力を入れ、専門以外の問題であっても解決策を導こうとする基礎力をつける教育』の結果でしょう」と吉田準教授は言う。
 絹川学長も、卒業生がバークレー大学大学院に進学して高い評価を得た事例をあげ、「アメリカの大学院に進学した学生が現地でどのような評価を受けるかが重要です。その物差しがGPAで、この数値は国際的に通用しなければ意味がない」と指摘する。
 GPA(Grade Point Average)というのは総合成績を測る数値のことだ。ICUでは、すべての科目がAであった学生は4.0、すべてBなら3.0となる。
 ICUには学生間で日常的に使われている「Bアベ」という言葉がある。「すべてB評価であったら上出来」ということだが、実はこれが学生にとってはなかなか難しい。「全学生の平均GPAは2.7〜2.8くらいでしょう」と吉田準教授。なるほど厳しい成績評価だ。
 しかし、それに対して絹川学長は「今の学生の実力からするとまだ評価が甘い」と、ここでも厳しい見方をする。それはICUの教育の質をつねに国際水準に照らして見ているからだという。つまり、GPA制度はその数値から学生の成績順位を判断したり、ある学生に対して履修制限を促すなど学習に無理がないかの判断に使われるが、その評価基準については「外部評価なくしては機能しない」という指摘である。



外部評価を意識したFD活動の段階へ

 FDハンドブックの例からわかるように、個々の教員に対するFDの支援活動を見ると、ICUは他大学に比較しても周到な内容であるといえる。しかし、FD活動は大学全体にとっての改善でなければならない。GPAの評価基準に対する絹川学長のコメントからもうかがえるが、つねに国際的なスタンダードを意識して大学像に照らしたFD活動を促している。国際的なスタンダードが外部評価の役割となって大学の質を保証するというわけだ。
 ICUは昨年、大学基準協会から外部評価を受け、最高水準の評価を得ている。文部科学省が求める「特色ある大学教育支援プログラム」いわゆる教育版COEでも評価されることが必要と考えており、その申請準備を進めているという。
 最も重要なことは、「つねに国際的な水準を視野に入れて大学と社会との関係を意識すること」「大学内部における“知の共同体”をつくろうとする教員と学生との親密な関係を保つこと」、これが今回の取材からわかった。あえていえば前者は学長が、そして後者は主にFD委員会とFD主任が考え、実行している。さらに絹川学長は「FDによる教育の質の到達水準」を示しながら、運営の手綱を引き締めている。
 一方、FD主任の吉田準教授は、教員からの反論を受け付ける機会をもうけ、学生からも生の声を聴くという配慮を怠らない。学長の方針と調整を図りながら、教員と学生との“幸福な関係”と円滑なFDの推進のために、トップの先鋭的な発想をソフトな手法に転換して実施するという巧みな手腕を発揮している。
  「大学全般がこのような状況に置かれている時代に、(ICUに勤めている)私たちは幸せだと思います」と吉田準教授は結んだ。


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