Between 2003.04
特集 大学評価のゆくえ

【Contribution】 試行錯誤を繰り返しながら確立してきた
イギリスの評価制度


工藤 潤(財)大学基準協会 大学評価・研究部 審査・評価系第二主幹
工藤 潤

 


二つの概念のもとに教育評価がスタート

 イギリスでは、教育の質と水準の維持・向上の第一の責任は個々の高等教育機関にあるという考えが、伝統的に定着している。こうした考えがイギリス高等教育界の根底に存在する一方で、1980年代以降、サッチャー政権による高等教育予算の大幅削減、財源の効率的運用、市場における競争原理の導入、高等教育の大衆化などの動きと連動して、外部機関による大学評価の問題がクローズアップされるようになった。90年以降には、大学に対する外部評価機関が設立されたが、その後も教育評価のあり方・方法をめぐり、試行錯誤を繰り返すこととなる。以下に、イギリスの教育評価の流れを概観し、最新の教育評価の状況を紹介した上で、イギリスの教育評価の特質を探ってみたい。
 イギリスの教育評価の枠組み・構造が具体的に提案されたのは、91年の政府白書『高等教育−新たな枠組み』が最初である。その白書では、高等教育における質の保証のあり方を五つの側面に区分している。すなわち、「質の管理(quality control)」「質の監査(quality audit)」「質の評価(quality assessment)」「有効認定(validation)」「基準認定(accreditation)」である。このうち、「質の管理」「質の監査」「質の評価」については、次のように定義づけ、その必要性を強調している。
(1)質の管理…教育の質の維持・向上を図るための、個々の大学内におけるメカニズム。
(2)質の監査…個々の大学が「質の管理」を行う適切なメカニズムを十分に備えているかどうかを検証するための、外部からの監査。
(3)質の評価…大学の教育の質についての外部からの検証と評価。
 (1)の「質の管理」は、あくまでも個々の大学における主体的な取り組みが前提となる。これは日本の大学でいうと「自己点検・評価」にあたる。
 (2)の「質の監査」については、同白書が公表される以前から、大学の学長で構成されるボランタリーな団体である大学学長委員会(CVCP=Committee of Vice−Chancellors and Principals)によって設立された学術監査部(AAU=Academic Audit Unit)で実施されていた。その後、92年に社会の要請に応じた実務教育中心の高等教育機関であったポリテクニクにも独自の学位授与権と大学の名称の使用が認められるようになると、大学数は二十数校から約100校にまで増加した。そして、「質の監査」はAAUと、それまであった学位授与機関(CNAA=Council for National Academic Awards)の一部の機能が統合し、新たに設立された高等教育質保証カウンシル(HEQC=Higher Education Quality Council)に受け継がれていった。
 一方、(3)の「質の評価」は、92年の「継続・高等教育法」により設立された高等教育財政カウンシル(HEFC=Higher Education Funding Council)によって着手される。このHEFCは準政府機関として、「国家の必要に鑑みつつ、財政的に健全な範囲で、質が高く、費用効果の高い教育研究の促進と国家的要請へ対応する」ことを目的に設立された。また、同法によって、大学はHEFCを通じて配分される補助金の受給条件として、自ら提供する教育の質について、同機関の評価を受けることが義務づけられた。こうしてイギリスにおける教育評価は、おもにHEQCによる「質の監査」とHEFCによる「質の評価」の二つの概念のもとに出発することとなった。



HEQCの監査とHEFCの評価の違い

1. HEQCの質の監査
 HEQCによる「質の監査」は、大学から提出される報告書の検証、大学への訪問調査によって行われた。訪問調査は通常3日間で行われ、(1)学習プログラムの企画、決定、検証(2)教育、学習及び学生の学習経験(3)学生の成績評価及び学位の分類(4)教員の採用・資質向上・昇級・報酬(5)フィードバック・改善のためのプロセス―の視点から、質を維持・向上させる仕組みが監査された。監査結果報告書は大学に通知され、約1カ月間の報告書に対する意見の申し入れ期間を経た後、社会に対しても公表される。そして、大学は報告書を受け取ってから1年後に、指摘を受けた問題点についての改善報告書を提出する。

2. HEFCの質の評価
 HEFCは、イングランド(北アイルランドもカバー)、ウェールズ、スコットランドにそれぞれ設立された。ここではとくにイングランドのHEFCにおける第1ラウンド(93年〜96年)の教育評価の結果について述べることとする。
 HEFCの「質の評価」は、学科領域別に、各大学の自己評価((1)カリキュラムの設計・内容・構成(2)教育・学習・成績評価(3)学生の進歩・達成度(4)学生支援及びガイダンス(5)学習資源(6)質の保証及び質の向上の6項目)の検証と実地調査(3日間)という形で行われた。当該大学の目的・目標に照らして、61の学科領域中、15領域976件について実施されたが、このうち実地調査が行われたのは976件のうち約6割に留まった。評価結果は、学科領域ごとに「優秀(excellent)」「満足(satisfactory)」「不満(unsatisfactory)」の3段階で示されたが、実地調査がすべての大学に対して行われなかったこともあり、当初は国庫補助金の配分に反映されなかった。
 しかし、95年の調査からは、各項目を4段階による評点に変える。そして、いずれかの項目において評点1が付いた場合、1年以内に再評価を受け、それでも改善が見られなかった場合は、その学科は国庫補助金の支給対象から外されることとなった。
 ここで、両機関の役割の違いをまとめてみると、HEQCの監査は、大学内での質を向上させるメカニズムがうまく機能しているかどうかについて、いくつかの側面からチェックしていくことに重点が置かれ、問題点が発見されたときはそれを指摘し、それによって教育の質の向上を促すというものである。
 一方、HEFCの評価は、大学が定める目的・目標に照らして、いくつかの項目について達成度評価を行い、その結果を評点化する、そして最低点が付けられた項目についてその後の改善が見られなければ国庫補助金を停止するというものである。これは、安原義仁氏(広島大学教授)の指摘するように、「国庫補助金との連動性という点から見れば、HEFCの評価は学科領域における最低水準の維持にある」(『高等教育研究紀要』第17号より、1998年)とも考えられ、この点HEQCの監査と大きく違うところである。



HEQCとHEFCの統合でQAAを設立

 このようにHEQCとHEFCの教育評価の目的はそれぞれ異なっていたため、両機関の教育評価を受ける大学側にとっては二重の負担を強いられる結果となり、こうした教育評価システムに対する不満が噴出していた。そこで、より効率的な評価システムを求める声が高まり、新たな評価機関設置の動きが起こり始めた。そして97年、HEQCとイングランドとウェールズのHEFCの教育評価部門(Quality Assessmenty Division : QAD)が統合し、高等教育質保証機構(QAA=Quality Assurance Agency)が設立された。その後、イギリス全土の大学の教育評価をカバーするものとなり、現在に至っている(図表1)。


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QAAの使命・目的は、
(1)高等教育機関と共同で、教育の質と水準の継続的な向上を促進し、支援する。
(2)高等教育の質と水準について、学生、大学関係者、その他関係者に対し、情報を明確かつ正確に提供する。
(3)高等教育機関と共同で、資格の枠組みを発展させ、これを管理する。
(4)学位授与権と大学の名称の使用に関し助言する。
(5)学問領域ないし学科群の水準設定に向けて、標準的基準情報(Benchmarking Information)の開発を促進する。
(6)実地規範ならびに良き実践例を普及させる。
(7)機関レベルならびにプログラムレベルにおいて達成度評価を実施する。
 とある。こうして、QAAの教育評価は、HEQCの「質の監査」とHEFCの「質の評価」を引き継ぐものとなり、同機構は従来の二様の評価を一手に担うこととなった。ただし、国庫補助金の配分の権限については、引き続きHEFCが留保していた。HEFCはQAAと契約を結び、同機構の評価結果に基づき、国庫補助金の配分を行っている。
 近年におけるQAAの評価結果の概要を紹介すると、00年度の評価では、イギリス全体で22大学が監査(audit)を受け、また、イングランドと北アイルランドの384の学科が11の領域において分野別評価(subject review)を受けた。この分野別評価は、前述のHEFCと同様の六つの評価項目に1〜4の評点を付けて行われ、この年度の評価結果を表にすると次のとおりである(図表2)。さらに、この年度には、スコットランドの25の学科も分野別評価を受けている。


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自らの教育の質は自らが守り高めていく

 QAAのこうした教育評価、とくに分野別評価は、大学にとって毎年6〜8の学科について評価を申請することになり、かなりの労力を伴うことになるとの批判が示され、同機関は新たな評価システムを検討することとなった。その検討にあたっては、HEFC、学長常任委員会(SCOP=Standing Conference of Principals)、英国大学協会(UUK=Universities UK 前CVCP)と共同で行われ、02年に新たな教育評価システムが開発された。
 それは、機関監査(institutional audit)と称し、各高等教育機関内部に機関レベルでの質保証メカニズムが有効に機能しているかどうか、教育プログラムの質や授与される学位や資格の水準に関し公表された情報が、正確かつ完全で信頼に値するものかどうかなどを、自己評価報告書と実地調査(5日間)を通じて検証するものである。なお、分野別評価についてはいくつかサンプル的に実施されるにとどまった。この機関監査は、これまでのように毎年、いくつかの学科について分野別評価を受けるものとは異なり6年サイクルで実施されるもので、大学側の負担が大幅に軽減されることになる(ただし、中間の3年後にQAAは大学を訪問し、監査後の進捗状況や次の監査までの3年間の質と水準の管理について討議する)。機関監査プロセスの概要は図表3を参照。


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 以上、イギリスの教育評価の流れを概観してきたが、この十数年間、絶えず教育評価システムの改革が進められてきた。その際、高等教育関係機関などの自治機関が協議し、効果的、効率的な教育評価が目指されてきたが、そこにはつねに大学の声も反映される結果となった。
 また、QAAが新たに着手する「機関監査(institutional audit)」は、個々の高等教育機関における質の維持・向上メカニズムをチェックすることに主眼が置かれるものであるが、そこには、冒頭に述べた「教育の質と水準の維持・向上の第一の責任は、個々の高等教育機関にある」とする原則が存在している。イギリスでは、大学教授のテニュア制度廃止、ポリテクニク等の大学昇格など政府主導の大学改革が進められてきたが、教育の質を維持・向上させるという点では、大学の主体性を発揮するメカニズムは脈々と生き続けている。
 わが国では、04年度から認証評価制度が施行される。認証評価機関による評価が学校教育法上義務化されることになるが、それぞれの大学は、これを受け身の立場で捉えるのではなく、イギリスの大学のように自らの教育の質は自らが守り高めていく姿勢はぜひ学ぶべきであろう。


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