|
 |
ゼネラリストをベースに「T」字形の人材養成めざす
|
2002年、日本経済新聞社が100社余りの企業の人事部門トップに行ったアンケート調査で、「優れたビジネススクール」として第1位にランキングされたのが、慶應義塾大学大学院経営管理研究科（KBS）である。
KBSから輩出した経営学修士（MBA）は、すでに2300人を超える。教育スタンスとして、創設以来一貫してゼネラルマネジャーの養成を打ち出す。最近のビジネスシーンではマーケティング、ファイナンシャルなどのエキスパートも求められるようになっているが、あくまでも幅広く横断的な知識を前提としたうえで、突出した専門を持つ、いわば「T」字形の人材育成を掲げる。
全日制のみの開講という点も創設時から変わりない。横浜市日吉にあるキャンパスにおいて、総合経営、会計管理など八つの基礎科目を1年次に、企業経済論、技術と経営、グローバル・イノベーションなど約40の専門科目群のなかから10科目（20単位）以上を1、2年次に選択しなくてはならない。2年次にはゼミにも所属し、修士論文を作成する（図表1）。そのほか、年に20人ほどの学生がアメリカのコロンビア大学やUCLA、イギリスのロンドン・ビジネス・スクールなどで4カ月間学ぶ交換留学制度も設けている。
オフィス街に近接した都心のキャンパス、夜間開講といったビジネススクールが増えているなか、同校の立地や開講スタイルは決して社会人がアクセスしやすいとは言い難い。しかし、学部とは別に、独立採算で運営できている数少ない社会人大学院でもあり、社会人からの人気は一貫して高い。
中村洋・助教授は「最近、入学志願者は、人数の面で増加傾向にあるうえ、問題意識が高い、独自の視点があるなど質も高くなっている」と指摘する。春秋冬季開講制で、毎年約90人の学生が入学している。それに対し、志願者数は02年度には300人を上回っていたという。
学生全体の平均年齢は20代後半～30代前半。創設当初はほとんどが企業からの派遣だったが、今では7割が自己資金での入学だ。医師や理科系博士号取得者など異分野の専門職もいるが、最も多いのは会社を退職して学生となる若年層だという。
「企業が最後まで面倒を見てくれない時代だからこそ、自分でスキルを身に付けたいという人が増えているのではないか」（中村助教授）。授業料などは2年間で約400万円。同大学院では、優秀な学生を対象とした奨学金制度や、全学生を対象とした奨学融資制度を設け、費用面での支援を行っている。
一方、企業派遣は景気を反映して、従来多かった銀行関係が減り、業績の良い企業、外資系企業が増えている。
|
|
年間400本の企業事例を授業で「疑似体験」
|
KBSの特徴は、ハーバード大学が開発したケースメソッドを中心に授業を展開している点だ。講義形式で知識を教える科目は一部に限られており、ほとんどの科目において、企業経営の現場で起こった実例を題材に学習を進める。新分野進出のケースならば、企業の実名から市場動向、進出の狙いや戦略、実現までのプロセスなど詳細に記され、A4判20ページ以上にわたるケースもある。
現在、経営情報システム、組織行動、財務管理、マーケティング、企業経営など12分野、1400ケースのストックがあるが、変化の激しいビジネス現場に対応できるようにと、ハーバード大学の持つケースを翻訳したり、教員が企業にインタビューを行うなどして、毎年50本前後のケースを新たに作成しているという。学生は一日に2本、年間で約400本ものケースに触れる。
「ビジネスの現場に出ても、『この状況はあの時学んだケースと似ている』と、直接仕事に生かせるようにするのが狙い。多くのケースを疑似体験し、知識だけではなく、使える『知恵』にしていくわけです」と、中村助教授。
ケースメソッドでは、まず個人でケースを分析し、その後7、8人のグループでディスカッションを行い、最後に講師の指導のもとクラス全体で検討する、という3段階のプロセスを踏む（図表2）。
グループディスカッションは、アメリカではあまり導入されていないが、同大学院では他人の意見によって視野を広げ、自分の思考を再構築する大切な手段として位置付け、1時間半を充てている。また、ディスカッションを通じた新しい気づきを得ることを狙いとしているため、学生が相手の議論を打ち負かすことだけを目的としたディベートに走らないよう教員が目を配る。
同大学院が全日制を維持している理由は、こうした教育方法にも由来する。学生には9～18時のカリキュラムのほか、グループディスカッションに備えたケースの予習も課せられる。夜間開講にした場合、昼間仕事を持つ社会人には到底予習する時間が生み出せず、教育効果が得にくいというのだ。
「受験生のなかには、最終的ではないにせよ、MBA取得を修学の目的としている人もいると思いますが、MBAは『水戸黄門の印籠』ではない。当課程は学生をビジネス競争のスタート台に立たせるためのものとして、何よりも教育効果を重視していきます」と、中村助教授は話す。
修了後の就職については、斡旋などの直接的な関与はしていないが、企業との接触の機会は多く設けている。企業との橋渡し役をする業者に情報を提供したり、インターネットに企業からの公募を掲載するサイトを開設。さらに今年から、企業と学生が職種や能力、待遇など求めている要件をそれぞれ入力し、双方のニーズをマッチングさせるサイトも立ち上げた。希望が一致した場合だけ、企業、学生側に情報が入るようにすることでミスマッチをなくそうというものだ。現在、50社が参加している。
|
|
ケースメソッドを導入したエクステンション講座の実施
|
一方、同大学院では各種エクステンション講座も開設している。社会人教育の底辺を広げようという試みだ。ケースメソッドを中心とした授業展開という点はKBSと同じだが、開講スケジュールを柔軟化するとともに、テーマや対象者をより絞り込んでいる。企業の役員、部長クラスを対象とした高等経営学講座、中堅幹部への経営幹部セミナーなどを1週間～3カ月程度の短期集中で実施。また、演劇や映画興行といったアート・マネジメントや、新事業創造など毎回1分野について集中的に扱うISSUEセミナーが、土曜や平日夜間に行われている。
地方在住者や、東京在住でも通学の時間を節約したいビジネスパーソンに対しては、4、5年前からテレビ会議システムを用いた遠隔セミナーも開始。教育効果を確実に得られるようにと、独自のシステムも導入している。受講生は授業の前にあらかじめレポートを提出し、教員がそれによって受講生の問題意識を把握、授業での指名に反映させる。授業では、テレビ画面を通じて議論するとともに、発言していない人のために、並行してチャットでの意見も受け付ける。面白い意見があれば、教員が紹介する。教員1人では手が足りないため、補助者を置き、2人体制で授業を行う仕組みだ。
同大学院では今後、キャンパスの移転・拡充、教員の増員などを視野に入れ、社会人教育全般の拡大も考えていくという。
|
＞トップへもどる
＞大学・短大トップへもどる
＞バックナンバー |
