Between 2003.05
特集 これからの社会人教育

【Report 2】 職業的な目的に限らない多様なニーズに
eラーニングによる通信教育で応える

日本大学大学院 総合社会情報研究科


 日本大学大学院総合社会情報研究科は、日本初の通信制大学院として1999年度に開設された。コンピュータの普及と通信環境の整備が急速に進んだことで、通信教育にもeラーニングが積極的に導入され、時間的制約の多い社会人にとって格好の学習形態となっている。同研究科は、必ずしも職業的なステップアップを目的にする学生ばかりではない点で、ビジネススクールなど多くの社会人向け大学院とは一線を画している。修了生や在学生の声からは、高齢化が進展する中で絶えず知的好奇心を満たし、豊かな人生を送りたいというニーズが読み取れる。

 


教員専修免許取得や文化への関心などが動機

 生涯学習への意欲が高まる中、1997年末に当時の大学審議会が「衛星やインターネットを活用した遠隔教育による大学院の可能性」を提言した。これを受け、日本、聖徳、明星、佛教の4大学院が初の通信制を開設した。以来、03年度までに14大学院に増加した。
 日本大学大学院総合社会情報研究科は、国際情報、文化情報、人間科学の3専攻からなり、各専攻とも定員は30人。国際情報専攻では、国際情報、国際経済、ベンチャービジネス分野などの最先端の知識を提供。文化情報専攻では、未来志向の高度な文化情報の発信者を育成する。人間科学専攻は、哲学・心理学的アプローチによる人間存在の解明を狙いとしている。
 各専攻とも教職1種免許を持つ者については、一定以上の所定科目の単位を修得すれば専修免許(国際情報と人間科学の両専攻は社会・公民、文化情報専攻は英語)が取得できる。実際、学生や修了者の中には、専修免許の取得を目指す中学校や高校の教員、かねてから希望の大学で教職に就くため2年間サラリーマン生活と学業を両立し、修了後に国立短大の教授となった者など、職業的なステップアップを意識して入学する者もいる。
 しかし多くは、必ずしも職業と直結した目的ではなく、文化や哲学などへの個人的な関心、知的欲求を満たしたいと考える人たちで、そのため幅広い分野から学生が集まっている。大学院案内に掲載されている「修了生たちの声」には、「大学・職場を通じて理系畑を歩んでいたが、言語・文化・文学に深い関心があり文化情報専攻に進学した。修士取得後はサラリーマンを続けながら、大学院で学んだことを別の私立大学で講師として教えている」(大手電機メーカーのシステムエンジニア)などがある。
 他にも、「日常生活のマンネリ化から脱皮することを到達目標に置き、人間科学の修士を取得した」(診療放射線技師)、「学部で理系を専攻した私には、学ぶものすべてが新鮮で面白く感じられる。とりわけシェイクスピア能には驚きと感動があった」(電機メーカー勤務)といった声が掲載されている。
 学務部大学院事務課の松瀬隆幸課長によると、学生の内訳は会社員と公務員で6割以上を占め、前者の業種は実に様々(図表1)。それ以外でも大学職員、医師、公認会計士、作家など多岐にわたっている。年齢層も30代と40代で7割近くを占め、50代も合わせると8割以上に上る(図表2)。働き盛りの社会人が生涯学習に対して旺盛な意欲を持っている現状を反映している。


図表



eラーニングの充実で通学の負担を最小限に

 通信制大学院が制度化される以前に、通信教育協会が行ったアンケート調査によると、大学の通信教育部で学ぶ者の約4割が大学院への進学を希望していたという。すでに職業を持っている人も含めれば、通学の負担が最小限に抑えられる通信制大学院に対する潜在的需要は、かなり高いと考えられる。そこで日本大学の同研究科では、スクーリングに可能な限りeラーニングを導入することで、大学まで足を運ぶ負担を最小限にしている。
 大学院案内で「21世紀のサイバー大学院」と掲げるように、修了までに必要な面接スクーリングは、国際情報専攻の「国際情報論特講I」、文化情報専攻の「比較文化・比較文学特講」など、専攻ごとの必修科目各2単位と、修士論文に代わる「特別研究」の6単位のみ。各必修科目は、夏期休暇などを利用して3日間、所沢キャンパスで開講される。
 それ以外の講義やゼミの大部分はインターネットで配信しており、教員ともメールで質疑を行うなど、パソコンを利用した学習が中心だ。「先生からの適切な指導がインターネットを通じて直ちにもらえるため、時間差と距離の超越を実感している」(北京駐在の公務員)というように、eラーニングは海外駐在者の就学も支援している。
 同研究科では、入学者にパソコン一式を貸与し、履修開始前に使い方の研修を行う。「最近ではパソコンが会社や家庭に浸透していることもあり、操作を教える苦労は少なくなった。年配の初心者でも、2日あればだいたいマスターできます」と松瀬課長は説明する。
 さらに、光ケーブルやADSLといった高速ブロードバンドが普及したことも、通信制大学院で学ぶ上でのストレスを大きく軽減した。システムの導入当初は、学生から「コンピュータの動きが遅すぎる」との苦情が殺到し、大学側のシステム環境に問題があると考えて調査したが、解決できず、結局半年後に学生側のISDN回線が原因だと判明した。「何しろわれわれもコンピュータについては手探り状態で始めましたから」と同課長。
 通信教育による「時空の超越」は、IT面の整備だけで可能になるわけではない。同研究科は独立研究科で、教員の半数は学部に属さない大学院専任の人たちだ。学生からの質問や要望にはスピーディに対応できる。「社会人は貴重な時間を捻出して学んでいる。質問には遅くとも2、3日中に回答するよう、お願いしています」。レポート提出や質問のメールが集中するのは、やはり金曜夜から日曜にかけてだという。



入試で目的意識を確認し高い修了率を維持

 一般的に通信教育では修了率が低いとされる中、同研究科では約8割と高くなっている(図表3)。

図表

 背景には、入学時の高い目的意識と教員とのマッチングがあるようだ。大学院案内では、各教員の専門分野と研究テーマを詳しく紹介。受験者には、その中から指導教員を選び自分の希望する研究テーマも明示してもらう。指名された教員が研究計画書に目を通し、テーマとしての妥当性も検討した上で、合否を決定する。このように入学者の目的意識が明確で、大学院側の受け入れ体制も盤石なため、中途退学が少ないというわけだ。実際、入学後に指導教員や研究テーマを変更する学生はほとんどいないという。
 景気低迷の折、企業から学生を派遣してもらうことは期待できない。自身で学費を負担する社会人学生にとって、その額は大きな関心事である。同研究科の授業料を含めた総費用は1年目が100万円、2年目が74万円。「学生の多くが30代、40代ですから、小中学生の子どもがいる人も多く、非常にお金がかかる時期」と松瀬課長は話す。
 日本大学では今のところ、社会人学生を対象にした奨学金制度は設けていない。一方で、ゼミ合宿は原則として大学の研修所で行うなど、学生の負担軽減に配慮している。「働き盛りの社会人は、自分が学ぶことによる家計へのしわ寄せは避けたいと思っている。ましてこの不況下で有利子の奨学金には抵抗がある。国として無利子の奨学金制度を充実させてくれれば、通信制大学院で学ぶ学生はもっと増大するはずです」。生涯学習に対するニーズの高さを実感する中で、それに応えるための環境整備の課題も痛感しているようだ。


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