地域の産業や社会団体などと連携し大学の研究機能を開放する方向へ Between 2003.5

Between 2003.05
特集　これからの社会人教育

Part 2
【INTERVIEW】

地域の産業や社会団体などと連携し
大学の研究機能を開放する方向へ

全日本大学開放推進機構　代表　上智大学文学部教授
香川　正弘

1942年広島県生まれ。広島大学大学院教育学研究科修了、教育学博士。文部科学省中央教育審議会大学分科会専門委員、年金ライフプランセミナー企画運営委員会委員長なども兼務。03年2月、全日本大学開放推進機構を立ち上げる

　社会人教育の重要性が認識されるにつれ、エクステンションセンターの役割にも注目が集まりつつある。香川正弘教授は、エクステンションこそ大学が独自に経営できる分野だとして、研究の開放の必要性を訴える。

大学開放の目的を明確にし経営が成り立つ方向へ

―社会人に講座を公開する大学が増えていますが、こうした状況をどうとらえますか。
香川　これからの大学は、一般の学生だけでなく、社会人も取り込んでいかなくてはならないという認識が、定着してきたということでしょう。現在では全国の大学に300近くの大学開放センターのような機関が設置されています。その背景はいくつか考えられます。
　第1は、経営上の問題です。18歳人口の減少で一般学生が減った分を社会人学生で補おうというわけです。第2は、臨教審の答申からだったと思いますが、大学は地域の公共財、公共施設だという考えが台頭してきたということです。第3は、生涯学習に対する意識の成熟ですね。生涯学習とひとくちにいっても、その幅は広く、趣味やレクリエーションのようなものも含まれます。それでは物足りず、生きがいにつながるライフワークを持ちたいという人が増えてきたのでしょう。第4は、主に経済界や産業人からの要請です。日本が国際競争の中で生き残るためには、能力開発しかないという危機感から、大学にその拠点としての役割が求められるようになってきたことが挙げられます。

―大学がそうした大学開放機能を拡充するための方策は。
香川　まず、何のために大学開放を行うのか、その目的について大学人が認識を深めるべきです。大学が生涯学習に関わっていく以上、明らかにカルチャーセンターとは違う機能を持つはずですが、現状では、その違いが明確に理解されていないように思います。
　次に、エクステンションセンターを経営的に成り立たせる努力をすべきで、そのためには大学組織の中にきちんと位置づける必要があります。広報活動の一部程度にとらえている大学もあるようですが、それなら受講料を取る必要はない。他の大学がやっているのに自分の大学がやらないと、社会に何も還元していないように思われるから、出費も覚悟でやるということではだめなのです。

―独立採算でやるべき、と？
香川　経営形態は問いませんが、厳密に原価計算してみると経営的に成り立たない大学はかなりあると思います。それでは長続きしない。また、一般の学生から集めた授業料を、広報活動だからと社会人のサービスにつぎ込んでいいのかという議論も出てきます。今は誰も指摘していないようですが。

―黒字経営が成り立つような存在が望ましいということですね。
香川　その通りです。学部や学科のカリキュラムは文科省の承認を受けたものですが、エクステンションに関わるものは、大学が独自に設定できるわけです。大学の資源、地域社会の人材を自由に活用できるのですから、工夫次第で、大きな収益事業にすることもできます。多くの大学には、そうした発想が欠如していると思います。

エクステンション講座を「学部教育」と同じ質に

―講座の内容についてはどうお考えですか。
香川　これは、エクステンションセンターの位置づけにも大きく関わることですが、例えば、学部の授業なら、まず導入があって概論に進み、各論が展開されるというように組み立てられています。この流れの中で知識を付与し、学生の能力を開発しているわけです。しかしエクステンション講座には、こうした教育の考え方がありません。単なる講演会の延長のようになっているものが多い。
　さらに、こうした講座には継続性や発展性がないという問題も指摘できます。学部の授業ならば教養教育、専門教育、大学院教育と進んでいきますが、エクステンション講座をいくら受けても、大学や大学院に入学できるわけではない。ただ受けるだけの袋小路です。

―学部と同じように体系立てた教育が必要ということでしょうか。
香川　そうです。従来のエクステンション講座は、どんな人が受講するのかわからないので、一般受けする週刊誌的なレベルのテーマでやっているところがほとんどだった。しかし、それで通用する時代ではないのです。例えば、不況で職業生活に不安を持っている人に、エンプロイヤビリティを高めるような講座を提供したり、生きがいとして一つのテーマをライフワークのように探究する講座を提供すれば、社会人だって勉強します。ただそのためには、知識の切り売りのような講演会ではだめです。少人数のゼミ形式の授業がいい。ゼミはいわば「研究の開放」であると私は考えます。受講生が独自の研究テーマを持ち、教員にとってはそれを探求するための方法や探究の喜びを伝えられる場になるからです。

―少人数制をとると、必然的に受講料にも反映されますね。
香川　（受講料は）当然高くなります。高くてもいいと私は思います。ゼミではテーマが絞られますから、そのテーマに興味をもっている人しか受講しないでしょう。
　一方、教員は自分が最も興味を持ち、長年研究してきたテーマについて話すのですから、勉強や研究のおもしろさをダイレクトに伝えることができます。こうした密度の濃い学習の時間を共有すれば、大学に所属したという受講生の意識も高まります。そういう人たちが地域社会にたくさん育つことが、その大学を支える大きな力になるわけです。

―社会人が興味を持って集まるようなテーマ設定も必要ですね。
香川　集まるよう工夫しなければなりません。現在のエクステンション講座の問題点の一つは、不特定多数を対象にしている点です。地域には、特定の職業団体、目的団体がたくさんありますが、そうした団体のニーズにあった講座を開設すれば、募集広報をする必要もないくらいです。受講生にしてみれば、自分たちの切実なニーズを満たしてくれるのなら料金が多少高くても受けるはず。このように地域と結んでやっていけば、「研究の開放」としてのエクステンションは十分に機能するはずです。

大学の研究と地域を結ぶコーディネーターが必要

―そうした地域のニーズをつかむにはどうすればいいのでしょう。
香川　大学の中に営業をするような部門があってもいい。実は、それこそが大学開放センターの役割なのです。地域のニーズを聞いて回る御用聞きとしての機能を持たせることです。例えば豆腐屋さんの団体があって、いい製品を作りたいという切実なニーズがあったとします。そうしたら自分の大学の食物学科や農学部などがその団体とどう関わっていけるのかを考え、講座にすればよいわけです。あるいは、企業や業界団体を回って研修講座をアレンジするという方法もあるでしょう。

―ニーズは理工系や社会科学系の学問系統に集中するのでは？
香川　そんなことはないと思います。「源氏物語の色彩感覚を学ぶ」といったテーマで講義を構成すれば、化粧品業界や和菓子職人の業界に「源氏物語」の研究を研修講座として売り込むこともできると思います。少し視点を変えて自分の大学の研究資産を眺め、地域や産業のニーズとうまく結び付けられるように提供の仕方を工夫すればいいのです。大学開放センターには、こうしたコーディネーターとしての能力が要求されるわけですが、今のところは、圧倒的な人材不足といえますね。

―「全日本大学開放推進機構」は、それらの課題に取り組むわけですね。
香川　そのつもりです。活動内容としては、まず、それぞれの大学に適した大学開放の在り方を、経営の観点から研究していきたい。
　次に、コーディネーターとしての人材育成ですね。大学開放に関心のある教員や職員に対して研修を行い、プログラム編成、カリキュラムの組織化、学習集団の組織化などの能力を高めていきたいと思っています。
　3番目に、大学開放センターを設置できないような大学に、社会人教育を一括できるような部門をつくるコンサルティングを行いたいと思います。場合によっては運営も受託する予定です。
　また、地域の社会人の中からエクステンション講座を担当できる「拡張講師」を育成したい。深い専門知識を持っていても、それを12回の連続講義として教育活動に転換することはなかなか難しいものです。そのためのトレーニングを行います。
　さらに、情報発信事業も行います。実は多くの大学開放センターがあっても横の関係が希薄なのです。大学開放に関わる情報を一元的に集め、優れた実践や理論を共有することで、大学のエクステンションセンター全体のレベルを高めていきたいと思っています。

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