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技術者のキャリアアップ事業が文科省主導でスタート
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科学技術の急速な進歩に伴って、産業界は大きな構造改革を迫られている。これまでの技術者にはある特定の分野での専門的能力が求められていたが、現在では、それに加えて関連する他の分野の知識や技術も要求される。また産業構造の変化により、専門知識だけでなく、マネジメント能力など新しい職能を備えた人材も求められるようになった。このような人材育成は従来社内教育で対処してきたが、技術がより高度化するに従い、社内教育のレベルをはるかに超えるようになってしまった。
そこで注目されるようになったのが、大学のリカレント教育だ。大学には各専門領域の研究者が多数集まっており、技術者の要求に応える教育を十分に行えるポテンシャルを備えているといえる。
こうした状況に呼応するように文部科学省も様々な施策を打ち出している。その一つが「大学間コンソーシアムによる社会人キャリア・アップ推進事業」だ。職業人のキャリアアップを目的とした職業能力を開発するため、高等教育機関を中心にコンソーシアムを形成し、社会人のニーズに即応した学習プログラムを実験的に開発・提供しようというものだ。
この施策を受けて設立されたのが「東京湾岸地域大学間コンソーシアムによる社会人キャリア・アップ運営協議会」（Tokyo Bay
Area Consortium＝TOBAC）だ。京浜工業地帯・京葉工業地域を擁する東京湾岸地域（神奈川県、東京都、千葉県）に位置する国公私立大学がコンソーシアムを組織し、科学技術分野における社会人のリカレント教育の可能性を探るのが目的だ。
TOBACの発足は2001年12月。コンソーシアム協議会委員が所属する高等教育機関は19大学、1高等専門学校（図表1）で、このほかに企業や行政機関、産業団体などが加盟する。TOBAC代表を務める横浜国立大学大学院工学研究院の朝倉祝治教授は、「技術者に対するリカレント教育の必要性を訴え、20年前からさまざまな試みを続けてきました。TOBACの活動を通して、社会人のキャリアアップに有効な方策を提示していきたいと思います」と抱負を語る。
主な事業内容は、（1）学習ニーズの調査（2）高度な学習プログラムおよび教材の開発（3）職能教育の試行（4）成果の評価方法および、評価を企業内での処遇改善に適切に反映させるための仕組みの研究などで、01年度から3年間かけて実施される。
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技術者教育の主眼は中堅社員の能力向上
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TOBACでは、社員教育の現状やキャリアアップに関するニーズを把握するため、「技術系社員のキャリアアップに関するアンケート調査」を行った。東京湾岸地域の中小企業を中心とした約3000社の社員教育担当者と技術統括者に対し、それぞれ内容の異なるアンケートを実施した。
社員教育担当者のアンケートでは、企業の立場からみた技術系社員教育の現状と、その資質向上に対する支援体制についての設問が中心で、450社から回答を得た。
技術系社員の教育については、「OJT中心」とした企業が全体の72％と最も多く、次いで「外部研修や講習会を利用」が64％だった。外部の教育機関のみを利用している企業も16％にのぼり、社員教育の外部依存度が比較的高いことがわかる。
技術系社員の自発的な教育支援については、「外部講座等の受講料の会社負担」が70％、「勤務時間や勤務体制の融通」が24％で、時間的な支援よりも金銭的な支援を行っている企業が多かった。また「資格取得後の優遇措置」も30％と高かった。これに関連して、有効と思われる教育支援は、「外部講習等への参加を支援」が46％、「資格等の取得を支援」が42％（図表2－1）。技術系社員の教育については、外部との接触や資格取得により本人が自信をつけることが有効だと考えていることがわかった。
技術系社員教育で特に力を入れたい層として、「新入社員」26％に対して「中堅社員」は64％と高く、企業を実際に牽引する駆動力となる層に対する教育の必要性を感じていることがわかる（図表2－2）。
人材育成で困っている点について、大学等の高等教育機関が役に立てる部分が「ある」と考えている企業は21％、「ない」が12％、「どちらともいえない」が54％だった。社員教育担当者は、技術系社員教育に関して大学の役割に懐疑的であることがわかった。
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社員の資質向上のため技術者の半数が大学などに期待
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一方、技術統括者のアンケートでは、企業としての意見ではなく、技術者としての目で見た社会人技術者の資質の現状と、その教育ニーズについての設問が中心で、599社から回答を得た。
大学に期待する社会貢献についての設問では、研究面で「非常に期待する」「かなり期待する」と回答したのは合わせて86％、学生教育面で84％と高かった。社会人教育面は67％と、若干期待度が下がるが、7割近い技術者がリカレント教育に期待していることがわかった。
技術系社員の資質を「専門分野に関係した基礎学力」「実務的ノウハウ」「新技術、先端技術に関する見識、知識」の3分野について聞いたところ、「あまり満足していない」「非常に不足している」を合わせた回答が、いずれの分野も60％を超え、技術系社員の資質低下の現状が明らかになった。
技術系社員の資質向上に有効な方策として、「OJTの一層の活性化」と「カスタムメードの社員教育の充実」が合わせて59％と、自社内の教育を強化することが有効だと考えている（図表3－1）。一方で「外部研修や講習会の積極的利用」「大学等高等教育機関での学習機会の増大」など外部の教育が有効だとしたのは合わせて35％だった。
ただし、資質向上に高等教育機関が役に立てることが「ある」は49％と約半数に達し、技術統括者は大学等に対する期待も大きいことがわかる（図表3－2）。「ない」とした9％の企業にその理由を聞くと、「貴社が求めるような人材育成を可能にする教育シーズがない」が40％、「教育シーズはあると思うが、気軽に利用できる制度がない」が48％と、高等教育機関におけるリカレント教育の問題点も浮き彫りにした。
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キャリアアップ講座は分科会ごとに企業訪問調査を
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TOBACの事業のうち、学習プログラムや教材の開発、職能教育などは、キャリアアップ講座として具体化されている。キャリアアップ講座は、TOBACが中心となってプログラムを開発した主催講座と、既に実施されている加盟大学独自の講座をTOBACが支援する共催・後援講座からなる。02年度は主催講座4コース、共催・後援講座10コースを実施。03年度は好評だった講座も含めて主催講座8コース、共催・後援講座4コース以上の開講を予定している（図表4）。
キャリアアップ講座は、基礎充実、機械・金属産業、化学産業、電気・電子・情報産業、土木・建築産業、技術経営の6分野の分科会が中心となって運営する。講座では、毎回、受講生にアンケートを実施するほか、分科会ごとに必要な調査を行い、講座内容へのフィードバックを図っている。
例えば、産業別の4分科会では、合計100社ほどの企業を訪問して詳細な聞き取り調査を行い、企業側のニーズをコース設定に生かしている。また基礎充実分野の分科会では、数学、化学、物理学などの基礎力確認テストを社会人と大学生に対して行い、技術者の基礎力を養う講座開設に向けて、知見を蓄積している。
現在は分科会ごとに活動を行っているが、ニーズ調査などで判明した異なる分野に関する講座への要望、例えば化学産業に従事する人が機械について
学びたいという声や、MOT（Management of Technology）教育への期待などから、技術経営分野の分科会を中心に複数の分科会が共同で開催する講座などのプログラム開発も検討中だ。
さらに、TOBACには行政機関も多数加盟していることから、大学では把握できない産業界のニーズなども講座内容に反映させ、より有効性の高い講座や支援策を考えていきたいとしている。
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大学と学習ニーズを結ぶコーディネーターの必要性
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リカレント教育に長年従事し、TOBAC事業のベースを築いた朝倉教授は、リカレント教育の問題点は、社会人技術者の意欲と意識の低さにあるという。「一般に社会人の学ぶ意欲は高いように思われています。確かに講座を受けるような人は非常に意識が高い。しかし、今回の調査でも明らかになっていますが、普通の社会人は学ぶ意欲やプロ意識が希薄です。ですからいくら知識を付与しても身に付かないし、キャリアアップにつながらないのです」。
今後は、リカレント教育においても、学習者の意欲・意識を刺激するような内容が必要になる。その方法の一つとして朝倉教授が提唱しているのが「ブレイクダウン教育」だ。これは、最初に、学ぶ内容を提示するのではなく、まず現実的な問題を設定し、その解決のために必要な基礎的な学習へと落とし込む方法で、最終的には数学、物理学、化学などの基礎的知識に帰結させようというものだ。
この背景には、技術者の基礎力不足がある。基礎充実分野の分科会が調査した大学生と社会人の基礎力確認テストによれば、卒業から時間がたつにつれて基礎力が落ちていき、中堅技術者が最も低いという結果になった。だが、中堅以上の年齢になると、卒業直後の学生よりも基礎力が高くなる。つまり基礎力は卒業してからの時間に反比例するという単純な結果ではなく、受けた教育の質にも関係が深いことがわかったのだ。
リカレント教育のもう一つの改善点は、社会人技術者の学習ニーズを確実に把握することにある。しかし、思っているほど容易ではないと朝倉教授は言う。「企業の人は、大学が提供してくれるものから講座を選びたいと言います。つまり『これが知りたい』ではなく、『何を学べばいいのか教えてください』というスタンスなのです」。現実的には、社会人技術者自身でさえ自分のニーズを把握できずにいるのだという。
では、どうすればいいのか。朝倉教授は、大学にはリカレント教育を行うだけの人材力はあるという。「足りないのは、社会人技術者の潜在的なニーズを把握し、それを大学教育に結び付ける人材、つまりコーディネーターです。私はそれを『マネジメント・プロフェッサー』と呼んでいます」。
完全にマネジメントされたカリキュラムで、ブレイクダウン方式のプログラムを提供すれば、リカレント教育は成功するという。多様な社会人を対象とするリカレント教育では、何を教え、何を学ぶべきかという双方の意思の疎通が何よりも重要になる。そのためには、専門的なコーディネーターが不可欠だという指摘は、今後のリカレント教育を考える上で大きな示唆となるだろう。
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東京湾岸地域大学間コンソーシアムによる社会人キャリア・アップ運営協議会 代表
