Between 2003.05
深化するFD

【第7回】 学生を等身大で見ているからこそできる改革

 

矢内 秋生武蔵野大学教授
ガイダンス教育研究会会員
矢内 秋生

 
多摩大学

 「名のある総合大学よりも多摩大学のような小さな大学に入学したい」という高校生がいると聞く。また、「しっかり教育してもらえる大学」として多摩大学をあげる高校教員も少なくないと聞く。多摩大学の教育を特徴づける導入教育「自己発見」講座を中心に、多摩大学のFDを探った。


写真
今泉 忠 経営情報学部長



対話する文化がFDを身近にする

 FDの先進的な大学の一つとされる多摩大学、その教育とはいかなるものか。大いなる興味と期待をもって、「多摩大学ではどのようなプロセスを経てFD活動を大学組織として実施できるようになったか」について尋ねた。ところが、今泉忠経営情報学部長の答えは、「あたりまえの大学になろうと心がけた結果です」と、拍子抜けするほどシンプルだった。
 そして、その「あたりまえの大学づくり」という理念の中心にあるのが、学生主体の教育だという。「日々成長していく学生に合わせて、教育もつねに変化していかなければなりません。そして、その変化する教育を支えているのが、教員と学生の対話の文化なのです」と今泉学部長は言う。
 その「対話の文化」が学内で繰り広げられる場所が教員ラウンジだ。ここで教員が自分の授業評価の結果を他の教員に公表し、議論をしたり、学生たちとディスカッションする光景も日常茶飯事だという。
 つまり、多摩大学は、FDを大学全体で行うための組織があるから機能しているのではなく、もともと大学づくりの段階から「学生に視点を合わせた教育機関」としての素地が存在していたために自然にFDが機能してきたといえよう。



アドバイザー制度が不必要な大学

 近年、学生とのコミュニケーションを深める制度として、どの大学でも導入もしくは検討されているのがアドバイザー制度である。しかし、多摩大学では開学当初こそ同制度を導入していたものの、現在は廃止している。その理由について、今泉学部長は「学生はどの教員とも密接にコミュニケーションしているので、自分の興味関心に応じて、適宜上手に教員を選んで相談に行きます。そのため、特定の教員にアドバイザーになってもらうこと自体、意味がないのです」と言う。
 これは、小規模大学ならではの教員と学生との関係といえよう。教員と学生がコミュニケーションを深めるための方法はアドバイザー制度に限らないことがわかる。場合によっては、入学時に決められるアドバイザーとそりが合わずに大学生活を暗澹と過ごす学生もいると聞く。
 多摩大学のめざす教員と学生の関係は、お互いが親しくなるためのものではない。むしろ「学生が成長しながら学習し、充実した大学生活を過ごすためのもの」といえよう。



能動的な学習の姿勢と「ものの考え方」を学ぶ

 学生たちが授業で元気がなく、受け身になっている状況をいかに改善するかがどの大学でも切実な問題になっている。多摩大学ではこれを改善するために、2002年度カリキュラムに「自己発見」講座という1年生必修科目を盛り込んだ。この科目は中谷巌学長自らのコーディネートのもと、5、6人の専任教員が担当する。
 これは、「学ぶこと自体が目的」ということに高校時代から慣らされてきた学生に、学ぶための新しい動機を発見してもらうことが狙いだという。そのため、いままでの狭い思考枠を破って「何のために自分は学ぶのか」を実践的に発見する手法をとっている。「自己発見」講座のシラバスを見ると「フィールドワーク」と「知識を得るための知識といえる『知の技法』を身につける学習」の大きく二つの部分から構成されている。
 フィールドワークでは10人程度の学生グループが、講義のない時間帯や土曜日などを利用して地元・多摩市周辺を歩いて、地域社会のかかえるさまざまな課題(多摩問題)を発見する。そして、その課題を改善するためのアイデアを出し、計画の立案を行う。課題を改善するためのアイデアを出して計画するのは比較的たやすい。しかし、それを実際に地域社会に受け入れてもらうように具体化することは、そう簡単なものではない。例えば制度上の制約やさまざまな社会事情、利害関係が具体化を阻む。そこで必要になるのが、課題に対する社会的背景への視野の拡大と、解決に向けての発想の転換だ。
 そして次のステップとして、どのプランが現実的か、グループ内でのディスカッションや関連する知識の収集を行う。さらに、計画を行政等への提案にまとめて提出し、プレゼンテーションを行う。この授業で教員は学生の学習活動をチェックし、支援する立場に徹する。また専門知識が必要な場合にはその課題に適した教員がアドバイスを行う。
 毎年7月の学期末には、フィールドワークの最終発表大会が行われる。02年度は、「より良いバス運行を目指して」という提言を行ったチームが優勝した。その内容は、多摩市民がどうしたらバス交通に満足できるかを考え、「百貨店での買い物など、多目的に使えるバスカード・システム」「乗客が身だしなみをチェックできるような鏡の設置」などの提案にまとめたものだ。これらの提案の一つは早速、地元バス会社が実現に向けて検討中だという。この「自己発見」講座によって、学習動機を発見すると同時に問題の発見〜探求〜解決という学ぶ手法が、学生に身に付いていく。



2年間ほぼ毎日浴びる英語シャワー

 もうひとつユニークな教育をあげるとすれば、「English Shower」だ。語学というものは、本来シャワーを浴びるように言葉を聞き、話していくなかで、自然と身に付くものだという考え方から、「英語シャワー」と名づけている。これからのビジネスを担う人材にとって、英語によるコミュニケーション能力が欠かせないという観点から設けられた授業だ。その実施方法は、多摩大学らしく徹底している。
 入学時から2年間かけてコミュニケーションの基礎能力から始まり、経営情報に関する専門的な用語までわかって話せるレベルまで英語力を高めることを目的としている。徹底しているのは、週4日あるこの授業はすべて1時間目から設定されていることだ。「自分を表現するコミュニケーションの力を身に付ける手段として毎日、何でもいいから英語で表現することが大切なのです」と今泉学部長は言う。



教員の個性はそのままに学生の満足度を上げる

 多摩大学のカリキュラムの半分程度はゼミナール形式の授業だという。教員にとって、授業で多くの学生を前にして専門知識を解説するのは比較的容易だ。また、質問が出ても、大体予想できる範囲内なので、戸惑うことが少ない。しかしディスカッションを交えたゼミナール形式になると、教員のコーディネート能力が問われる。あるいは予想外の質問や専門知識以外のことがらへの対処が求められ、授業運営は難しい。まして「自己発見」講座のように、学生に個別のテーマの問題を発見、探求、解決させるとなると、多くの教員はディスカッションの進め方に始まって、発表のさせ方に至るまで戸惑うことが多い。その場合、授業運営が苦手な教員を対象に、研修を行うことも考えられる。しかし、多摩大学のやり方は、少し違っている。所詮、教員だけの努力では限界があると今泉学部長は指摘し、過去の失敗事例を紹介した。
 多摩大学も開学当初は、授業運営を効果的に行うために、教員全員にパソコンを供与、授業も黒板を使うだけでなく、プレゼンテーションソフトを効果的に使って資料を電子ファイルで学生に提供できるようにしたという。しかしその結果、積極的にITを活用する教員とそうではない教員の個人差があまりに大きいことと、活用しなくても授業運営は十分できている教員がいることが判明した。
 そのため、「各教員の個性を生かして、きちんと教育しよう」という共通認識に戻ったのだという。ITを駆使した授業でも、教員の熱意や個性が伝わらなければ意味がない。これらをきちんと伝えることの方が授業改善の本質だ。
 その一方で、学生には全員ノートパソコンが貸与される。表現力や効果的なプレゼンテーションは、授業で学生が教員をリードするぐらいであってもよいという発想の転換だ。もちろん教員に対するサポート体制がおろそかになっているわけではない。教員にはMIC(メディア・インフォメーション・センター)が必要や要望に応じて教授法の支援を行う。MICは情報ツールによる支援とともに、図書館と連携して図書・文献資料の情報検索支援にも努めている。



良さを表現する言葉が見当たらない

 多摩大学の大学案内を見ると「変な大学です」というキャッチコピーが表紙を飾っている。これは多摩大学の良さを表現する適切な言葉が見当たらないことを逆手に取ったアピールだ。
  「従来、大学で行われてきた知識伝達型の授業であれば、評価は楽です」と今泉学部長は言う。一方で課題発見や課題解決型、いいかえれば意識開発型の授業を受けた学生の学習結果の客観評価は確立されていない。確かに学生からは、授業後に「学びかたが変わった」「生き方が変わった」「受け身でなく、積極的に地域社会を改変したいと思えるようになった」という感想が出される。しかしこの程度であれば、あくまでも学生の個人的な心境の変化という尺度になってしまう。
 この意識開発型の教育成果に対する評価について、今泉学部長は外部評価や卒業生の就職後の活躍に期待している。それも多摩大学がさまざまな雑誌で高い評価を得ているという事実があるからであろう。一例を示せば、全国662大学の学長に対する朝日新聞社のアンケート調査では、「大学改革で注目している大学」として16位、日本経済新聞社の調査では「教員ベンチャーを多く抱えている大学」として3位にランクされた(いずれも02年度調査)。外部からの評価の高さは歴然としている。しかし、これらの評価も当然なのかもしれない。なぜなら開学当初から高い評価が得られるような大学づくりに徹してきたのだから。



「あたりまえの大学」の意味するもの

 多摩大学の初代学長、野田一夫氏が設立時に目指したのは、冒頭にも触れた「世間に通用するあたりまえの大学にする」ということだった。その大学像は、教育方法として「総論よりも各論から実践する」ということであった。多摩大学が大学改革の先進的事例として注目されるのも、各論としての数々の具体的な実施内容があるからだ。多くの大学に先駆けて行われた、学生による授業評価やシラバスの作成による学生への年間授業概要とスケジュールの提示、そのスケジュールを計画通りに実施する無休講システム、成績不振者への退学勧告制度、産業界からの積極的な教員採用などである。
 産業界からの積極的な教員採用によって、社会の動きを授業でリアルタイムに伝えることができる。これらの教員には成功談ばかりではなく、失敗談も授業の中で紹介、分析してもらう。そのことが学生たちを勇気づけるという。
 今泉学部長のいう「対話する文化」を連携と置き換えて、「社会と大学(教職員)、そして学生」の連携のようすを図式化してみた(図表)。この連携の結果、学生と教職員、大学と社会との相互作用が実現し、多摩大学の教育のユニークさにつながっている。


図表



「きちんと教育しよう」を合言葉に

 今泉学部長はFD推進の責任担当者の立場から、今後の多摩大学の展開について、「FDを学内の潮流にしたい」と考えている。そのためには、FD活動としての教育観がすべての教員に共有されなければならない。「きちんと教育しよう」という合言葉を、教員ラウンジでの対話によって「文化から風土」にしようとしている。ちなみに、ここでの風土とは大学特有の変わらぬ習慣を指す。
 今泉学部長は、社会人向けの大学院を抱える現在、小規模単科大学として専門特化された、よりレベルの高い大学を目指すことが大学としての個性をさらにアピールすることにつながると主張する。そして、このようなビジョンを「成熟プログラム」と表現する。
 産学連携を着実に進め、学生の多様な学習行動にマッチした授業の展開を図るという開学からの教育と運営体制が継承されることで、さらに高等教育機関として充実していくことが期待される。


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