問題提起
多様化する高大連携 |
～費用や大学教員の負担の問題を議論し
さらなる連携の充実を |
| 学生獲得競争激化や教育制度改革が急増の背景 |
大学が高校生を対象とする公開講座を開設したり、大学の教員が高校に出向いて講義をしたりといういわゆる高大連携が、大学や高校教育界でもてはやされるようになったのは、そう遠いことではない。筆者らが、文部科学省（当時文部省）の委託を受けて実施した2000年度の取り組みに関する実態調査によれば、急増したのは99年度からであり、00年度の件数は96年度の実に4倍に達していた。その勢いは、今に至るもなお止まることはないようである。
このような状況が生じ始めた背景として、次の3点を挙げることができる。
まず第1は、18歳人口の急激な減少による学生獲得競争の激化である。97年1月の大学審答申は、00年度以降の高等教育の将来構想について、臨時的定員の5割を恒常化することを提言したが、これによれば、09年度には「志願者に対する収容力」は100％に達すると試算され、大学全入時代の到来を告げていた。大学主導の売り手市場から受験生主導の買い手市場へと転換し、受験生が大学を選ぶ時代に突入したのである。
約3割の私立大学が定員割れを起こしているという00年度の私学振興・共済事業団の調査結果は、それまで密かにささやかれていた定員割れがもはや空言ではないことを4年制大学全体に思い知らせた。大学側は、好むと好まざるにかかわらず学生獲得競争にしのぎを削らざるを得ない状況に追い込まれ、従来の入試改善はもとより、その他の面でも学生獲得についての新しい試みを迫られるようになっていたのである。
第2は、大学教育の大衆化に伴う大学の門戸開放の姿勢である。かつて大学、とりわけ国立大学は、「象牙の塔」と呼ばれ、俗世間とは一線を画して孤高を保つことをもってよしとする風潮があった。しかしながら進学率の向上等に伴う大学教育の大衆化の進展により、そのような姿勢はもはや許されず、むしろ外部社会と積極的にかかわっていくことが求められるようになってきた。このため大学は、近年、産学連携を推進したり、社会人を対象とした公開講座を意欲的に開設するなど、その門戸を積極的に開く努力をしてきた。高校（生）への大学の開放も、このような姿勢の延長線上にあると捉えることができよう。
第3は、行政の規制緩和とも相まった教育制度改革の大きなうねりである。今日、小泉内閣の下で「聖域なき構造改革」が喧伝されているが、実は教育については一足早く構造改革が進められていたといっても過言ではない。戦後教育の総決算を標榜する中曽根内閣による昭和60年代はじめの臨教審答申以来、あらゆる面で教育改革が進められ、折からの規制緩和の風潮とも相まって6・3・3・4制という学制の基本にまで触れるような改革さえ問われるようになってきた。
このような中で、行政当局は、高校生に大学の数学や物理の授業を実験的に受けさせる「パイロット事業」を94年度から試み始めた。そしてこの試行を踏まえ、97年7月には、数学・物理という領域に限ってではあるが、17歳でも大学に入学できる「飛び入学」制度を設けた（「飛び入学」は、その後02年度に、全ての領域で認められるようになっている）。こうして、18歳にならなければ何人も大学教育を受けることはまかりならないという、高校と大学との接続に関するこれまでの一律年齢主義に、ついに風穴が開けられたのである。さらに98年度からは、高校教育の多様化の一環として大学における講義や公開講座を通じた学修が高校の履修単位として認められるようになり、高校教育サイドからも高大連携の取り組みが行いやすい環境が整えられた。このようにして、大学と高校との間に厳然として存在していた垣根が次第に低くなり、相互の交流がしやすくなったのである。
以上述べたような要因が絡み合って、高大連携の急増という状況が招来したと考えられる。 |
| 多様化の一方で機能は進路指導に止まる |
それでは、高大連携の全体的な状況はどのようなものであろうか。00年度に実施した全国調査を基に、最近の状況も加えながら、その現状と特徴をいくつかまとめて紹介してみよう。
まず挙げなければならないのは、高大連携の取り組みが、冒頭でも触れたように最近急激に増加した新しい状況であるということである。図表1は、回答校465大学のうち高大連携の取り組みをしていると答えた271校の、96年度から00年度までの取り組み内容の推移について表したものである。96年度は130程度の取り組みしかなかったものが97年度から急激に増え、00年度には4倍の530程度に達し、中でも大学が高校に出向いていく「出張」という取り組み形態の伸びが著しく、7倍にも上っている。しかも、この増加した「出張」の多くは私立大学によって占められていた。また、学長等経営の要にある者に対する調査でも、9割以上が高大連携を大学の存続上重要なものと考えていた。これらからも、前述したように高大連携が学生募集戦略と深くかかわっていることをうかがい知ることができる。
次に挙げられるのは、その多様性である。一般に高大連携の取り組みは、高校生を大学に受け入れる形態である「受入」と、大学側が高校に出かけていく形態である「出張」とに大別される。しかしながら、図表1にも示しているように、「受入」と「出張」の両者を併用した形態である「併用」も、数は少ないものの存在する。
取り組みの形式も多様化している。（1）講義形式 （2）公開講座形式 （3）実験形式 （4）セミナー形式 （5）その他、の5区分により複数選択可で回答を求めたところ、「講義形式」が52.3％と断然多かったが、2位の「公開講座」（8.6％）に次いで「講義と実験の組合せ」（7.5％）と「講義と公開講座と実験の組合せ」（4.9％）がそれぞれ3位と5位を占めるなど、当初の回答区分ではあまり想定しなかった複合的な取り組み形式が数多くみられた。 |
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さらに実施時期について見てみると、図表2にあるように全体では「通年」、即ち時期を特定せず随時実施するケースが最も多く3割強を占め、次いで「夏季」（2割強）、「9～12月」（2割弱）の順となっている。しかしこれを実施形態別に見てみると、受入では「夏季」が4割強で最も多く、次いで「9～12月」、「4～7月」と続き、「通年」は1割強に過ぎないのに対して、出張や併用では「通年」が圧倒的に多く、それぞれ5割弱、6割弱を占めている。
また対象となる高校生に関しても、約3分の2が対象校を限定せずどの高校からも受け入れており、対象学年についても全体の約6割が制限を設けていなかった。
最近では、複数の大学がコンソーシアムを形成して地域内の高校と連携するという集団型や、県内の大学と高校との連携に都道府県教委がコーディネーター役を買って出る教委主導型、さらには、大学から高校への出張授業ばかりでなく、高校教員も大学の補習授業に協力する教員相互派遣型まで、新しい取り組みがいろいろと出現しているようである。 |
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このように多様なものとなっているのは、高大連携が比較的新しい取り組みで、これといった定型が未だなく、行政当局もこれを推進する観点から規制を加えることを控え、いわばレッセフェール的な環境の下で当事者同士の創意工夫に全面的に委ねられていることが大きく関係している。
第3の特徴として挙げられるのは、高大連携の形態が多様である反面、果たしている役割はほとんど進路指導的機能に止まっているということである。00年度の調査では、取り組み内容について「専門的なもの」とする回答が、「（大学等についての）紹介的なもの」を上回り過半数を占めた。しかしその内容を見ると、実施期間が1日というケースが多数を占め、2週間以上にわたる取り組みは1割程度に過ぎなかった。また、大学の単位を授与するものは無きに等しい状況だった。ここからうかがわれることは、現在行われている高大連携は、たとえ専門的な内容を標榜していたとしても、大学の正規の教育を高校生に施すというよりも、むしろ高校生に専門の学問の雰囲気を味わわせて進学の動機や意欲の醸成に役立たせたり、あるいは自分の大学をよく知ってもらうというような、主として進路指導的な役割を果たしているに過ぎないということである。
最後に指摘しておきたいのは、高大連携の取り組みは、学部・学科を中心に大学の教員が実質的な担い手になっているとともに、その実施コストも大学側が負担している場合が圧倒的に多いということである。ここからも、大学側の売り手市場が崩壊し、たとえ持ち出しとなっても学生募集戦略上結果的に資することがあればと、サバイバルに向けて必死に努力する大学側の経営戦略と、その戦略を一身に担わせられている教員の姿が透けて見えるようだ。 |
| 職員も巻き込んだ運営システムの開発が重要 |
以上のような現状を踏まえながら、高大連携の今後の課題について少し述べてみたい。
まず第1は、取り組み内容の質の問題である。現状のような進路指導に関連する大学情報の提供に止まらず、単位まで授与する正規の大学レベルの取り組みをもっと増やす必要があるのではないだろうか。戦後の教育が抱える重要課題の一つに、優れた能力を有する生徒に対する教育機会の充実がある。戦後の日本はこれをエリート教育という名のもとに永くタブー視してきた。「飛び入学」が導入された前世期末に至ってやっとその呪縛から解き放たれたとはいうものの、如何せん種々の問題からこれを導入する大学はほとんどない。これに対して高大連携という形態は、多くの大学で取り組まれており、既に教育界になじんでいる。これを能力のある高校生に対する大学教育の機会の充実策としてもっと活用してもいいのではないか。その意味で、最近少しずつではあるが、高校生を大学の講義に科目履修生等や聴講生として受け入れ、正規の単位を授与する大学が見られるようになったのは、大いに注目される。
次の課題は、費用負担の問題である。現行の取り組みにかかる経費の多くは、大学側が負担している。これは現在の取り組みが学生獲得に鎬を削る大学側の事情で実施されていることをはしなくも物語っている。しかしながら、このように大学側に実施経費を一方的に負わせたままでは、今後の拡充はおぼつかない。高校生等も受益者負担の観点から所要の経費は負担する、という考えを浸透させる必要がある。これはまた、大学側に費用に見合ったサービスの提供を促し、内容の充実、ひいては高校生にとってより役立つ取り組みを増やすことにつながるだろう。
第3の課題は、大学教員の負担の問題である。既に触れたように、現行の取り組みの実質的な担い手は、大学教員である。しかしながらその中には、内容の如何を問わず大学教員にかかわらせたり、一部の教員の善意に頼りきっているものも見受けられる。今日の大学教員は、かつてのように研究重視で過ごすことはもはや許されず、学生に対する教育の姿勢が厳しく問われ始めるなど、その負担は高まっている。このような中で、さらに高大連携まで全て教員の仕事とはじめから決めつけるのはいかがなものであろうか。高大連携の一層の充実を図るためには、その内容を吟味して事務職員と分担し合うなど、高大連携の取り組みを含めた大学業務全体の効率的な運営システムの開発が今後重要になってくると思われる。その意味で、高大連携を専門に所掌する事務組織が一部の大学に出現し始めたことは、興味深い。
最後に触れておきたい課題は、高大連携の制度化に関してである。これまで見てきたように、高大連携はレッセフェール的環境の下でいわば自然発生的に生じてきた。これが創意工夫を促し、多様な取り組みを生み出す源ともなっているわけだが、このまま放置し続け成り行きに任せるのは、高校生等に無用の混乱を与える恐れがある。特に、正規の大学教育を受ける機会充実策として単位授与まで認める取り組みが増加すれば、なおさらのことである。取り組みの勢いを阻害しないように留意することは勿論であるが、一度、財政支援の是非も含め、行政当局による交通整理をしてみる必要があるのではないだろうか。 |
