先行事例の到達点
高校と向き合いながら進化した
高大連携プログラム |
| 中央大学商学部 |
| 1999年度から本格的にスタートした中央大学商学部の高大連携プログラムは、今年度で5年目を迎えた。大学講義の正規履修のほか、入学準備教育やキャリア教育など、次々と打ち出してきたプログラムの経緯をたどりながら、高大連携の最先端と今後の方向性を紹介する。 |
| 高校との対話からプログラムがスタート |
中央大学商学部の高大連携に対する認識が高まったきっかけは、1998年に行った高校訪問だった。同学部元学部長補佐の古本耕三教授は「それまでは高大連携という発想そのものが存在しませんでした」と当時を振り返る。
同年11月から始めた教職員による高校訪問の主な目的は当初、推薦入試への応募の要請であったが、高校側の反応はまちまちだった。中には露骨に訪問を嫌がる高校もあった。そこで大学側の要望を前面に出すことをやめ、高校側の言い分に耳を傾けた。すると、高校から大学への接続の部分に様々な問題点があることが見えてきた。お互いの状況を把握していないため、高校教員の関心事と大学の教員が話す内容がかけ離れていること、推薦入試で11月に合格が決まるとその生徒は勉強しなくなり、他の生徒に悪影響が出ること……などだ。
同学部はこうした声を受け、推薦入試で合格が決まった生徒に対する通信添削の導入を決める。98年度から検討を始め、99年度の高校訪問では高校教員に助言も求めた。それらが「プレスチューデント（PS）・プログラム」として結実、特別入試の合格者を対象に00年度から実施することになった。
「PSプログラム」は駿台教育研究所と共同開発した3回の添削課題で構成されている。与えられる課題は「テレビ番組の論点を要約し、自分の意見を小論文にまとめる」「新聞記事のテーマについて聞き取り取材を行い、意見をまとめる」「英字新聞や英語の論説文を要約する」などだ。推薦入試で入学する学生は同学部の成績上位層であり、高校在籍中に彼らを鍛えることは大学にとって大きなメリットになった。
「キャンパス・インターンシップ（CI）・プログラム」のきっかけは、高校生向けの体験授業だった。
99年度に行われた高校教員向けの大学説明会での 雑談 から、神奈川県立神奈川総合高校の生徒に対して3日間、大学での「体験授業」を実施、これが双方に好評だったため、00年度から「CIプログラム」として導入された。首都圏の単位制や総合学科の高校3校との連携でスタートしたが、現在提携校は5校に拡充されている。
同プログラムは、大学の通年授業を聴講する「通年コース」、夏期休暇中に4日間の特別集中講義を受ける「ゼミ・コース」からなり、高校の単位として認定される。
同時期に論文提出による「自己推薦入試総合学習コース」も誕生した。00年度の自己推薦入試の出願書類に添付された高校の科目を使って書き上げられた論文のレベルが高かったため、「総合的な学習の時間」で身に付けた力、中でも論文作成力を評価する入試制度を設けられないかと高校教員にも意見を求め、同コースの導入が決まった。これはさらに、大学が主催する「地球環境論文」入賞者への自己推薦入試1次試験免除という発展形も生み出した。 |
| 科目等履修生制度を整備し高校生に大学の単位を付与 |
同学部では「CIプログラム」の導入と並行して、高校生への科目等履修生制度の適用を検討していたが、学則改正などの関係で制度化は01年度まで待たなければならなかった。
その結果登場したのが「Higher Education チャレンジ・プログラム」だ。これは、ゼミや外国語などを除く大学1・2年次配当の講義科目を、年間3科目以内に限って、高校生が科目等履修生として受講できるようにしたもの。高校の了解を得た2年生以上の生徒で、評定平均値4・0以上という条件はあるが、公募制であり、通学圏内にあるすべての高校生に門戸を開いた。初年度は15人が21科目を履修し、02年度は12人23科目、03年度は20人24科目という実績を残している。また、03年度からは地元の高校との結び付きを強める新制度を設けた（レポート3参照）。
同学部学部長補佐の桐山昇教授は「大学の通常講義の開放は、大学の持つ教育資源を直接地元の高校生に還元することになり、社会貢献の一つと考えます」と言う。「チャレンジ・プログラム」では、大学生と同じように単位認定されるため、同学部をはじめ進学先の大学の判断で、その単位が大学の卒業単位に組み込まれる。また、高校側が妥当と判断すれば高校の単位としても認定される。科目等履修生制度が、高大連携を強力に後押ししたといえる。 |
| 高校の正規授業を大学が支援する新しいタイプの連携がスタート |
こうして実績を積み上げていくうちに、まったく新しい高大連携プログラムが始まることになった。これまでは大学教育を紹介、あるいは開放するものだったが、新プログラムは、高校と大学が協力して高校生を指導し、その成果を入学判定に使うという、これまでに見られない形式だ。
これが02年度に導入された「東京コラボレーション（TC）・プログラム」だ。東京都教育委員会との連携で5年間の試行的な取り組みとして実施されるもので、対象は都立国際高校と都立国分寺高校。特徴的なのは、高校の科目の中で高校生が個人研究を行い、その成果を8000字程度の論文にまとめること、およびその論文の情報機器を利用したプレゼンテーション（口頭発表）が義務付けられている点だ。大学は高校生の論文作成を直接指導し、その論文とプレゼンテーションの結果で入学判定を行う。このプログラムの運営は、高校教員と大学教職員が協議をしながら進めていく。この視点がまさに高校と大学のコラボレーションといえる。
「TCプログラム」に参加する高校生は、月に2回程度大学で論文指導を受けるほか、任意で「チャレンジ・プログラム」に参加することもできる。
さらに、04年度からはTCプログラムと同様に都教委の要請で「東京アカウンティング（TA）・プログラム」がスタートする。高校と大学が連携して公認会計士を育成するもので、都立芝商業高校と都立第一商業高校が対象だ。高校で「日商簿記1級」取得を指導し、同学部の「会計ゼミ」を高校で開講、その成績と簿記検定の結果などにより入学を判定。入学した場合、2年次からは公認会計士試験に対応した特進コースの「アカウンタント・プログラム」によって、在学中の合格を目指す。
桐山教授は「簿記1級は明らかに高校の指導要領を超えており、都教委の高校改革が前面に出たものでしょう。本学はそのお手伝いをするというスタンスです」と説明する。現状で日商簿記1級取得はかなり高いハードルであるため、2年間は条件を緩和して実施する。大学が高校教育に積極的に関与して連続的なキャリア教育を行う点で注目される。 |
| 「連携」「接続」「一貫」と幅広いシステムを用意 |
同学部の高大連携に関わるプログラムの概要を分類すると、形態上は次の3種類になる（図表1）。
第1が「高大連携」だ。これは同学部への入学を前提にしない一般高校生を対象にしたプログラムで、出張講義のほか、「CIプログラム」「チャレンジ・プログラム」が相当する。学習意欲の向上はもちろん、進学目的の明確化や、高校のカリキュラムを超えた学習の深化を目指す。古本教授も「本学に入学しなくても、高大連携によってよりよい進路選択ができれば、社会全体で考えて人材育成に大きく貢献したことになります」と、その意義を語る。
第2が「高大接続」だ。入学を前提とした高校生に教育を行うもので、「TCプログラム」「TAプログラム」がこれにあたる。大学側が積極的に高校生の教育に関与するため、学習の深化や大学での学習も体験でき、教育効果も大きいと思われる。桐山教授は「AO入試に代わる新しい入試形態であり、中等教育と高等教育の溝を埋める最終的な姿といえるのではないでしょうか」と強調する。ただし、大学側の負担は大きく、拡大は難しいという。
第3は「高大一貫」だ。これは「付属高校との一貫教育プログラム」で、03年度から導入された。大学の正規授業である「ビジネス英語I」「簿記論」を大学の教員が付属高校で教えるもので、一種の出前授業だが、レベルを大学並み以上とすることで、大学教育の先取りを狙った。
このほかに、広い意味での高大連携に分類されるのが、入学が確定した学生を対象とする「入学準備教育」だ。通信添削タイプの「PSプログラム」が代表例だが、このほかにも、情報リテラシーを教える通学タイプの「スタートアップILセミナー」、入学前の3カ月間で、日本語、英語、数学の3科目をネット上で学べるeラーニングタイプの「スタートアップWEBセミナー」などを実施している。
なお、高大連携プログラムのコスト負担について桐山教授は「入学を前提としたものは大学教育の延長と考えられます。一般高校生向けのものは、高校側が安価な費用を求めていることもあり、社会貢献と考えられます。ですから現状のように大学が負担することに問題はないと思います」と言う。 |
 |
| 高大連携からキャリア教育へ |
このように中央大学商学部の高大連携プログラムは、形態別に3種類のメニューと、「入学準備教育」を組み込んだ複合的なシステムとなっている。さらに「自己推薦入試総合学習コース」など、高校教育に配慮した入試形態も備える。古本教授は「必要な時期に必要なことをやる中で、自然に出来上がってきた」と言う。同学部から見た場合、高大連携には参考となる前例がなく、手探り状態で走ってきた軌跡が体系的なシステムとして完成したのだろう。その意味で必然的な結果であり、高大連携を進める後続の組織にとっては、大いに参考になろう。
同学部ではこれ以上積極的に高大連携を拡大するつもりはないという。最大の理由はマンパワー不足だ。特に高校生用に用意する授業は、現状を維持していくだけで、相応の負担を教職員に強いる。それで学生の教育がおろそかになれば本末転倒だ。桐山教授も「高校や自治体からの要請があればその時点で考えますが、しばらくはプログラムを増やさず、導入教育の充実など、細かな改善になっていくでしょう」と予想する。
ただし連携への情熱が失せたわけではない。さらなる展開として高校と大学の連続性を考え始めている。同学部では数年前から、入学時からのキャリア教育に力を入れている。在学生に対して「キャリア・デザイン（CD）・プログラム」を01年度から導入しているほか、02年度から指定校や付属高校の推薦入試当日に「キャリア・デザイン塾」も開講している。03年度からは全学的な規模で、入学時から半期ごとに「キャリアデザイン・ノート」を配布して、低年次のキャリア教育に力を入れだした。
大学における出口教育の重視といえるが、高大連携もこうした流れの中で捉えようとしているのだ。「入学から夏休みまでの数カ月間できちんとした教育を行えば、あとは学生は自力で伸びていきます」と古本教授は言う。導入教育も含めて、「高校生」から「大学生」にするシステムをいかに構築するかが、より重要との認識だ。
高大連携は、高校から大学への連続的なキャリア・デザインの形成であるという視点こそが、これからの高大連携に必要である。同学部のプログラムもキャリア教育を意識したものにシフトしていくことになる。
高大連携で目指すのは、古本教授によれば「高校・大学・学生（生徒）の誰もが幸せになれるシステム」だという。しかし、大学の使命はあくまでも入学した学生の教育にあり、これを忘れた高大連携はいずれ破綻する。数々の連携プログラムを導入してきた同学部が、学生の出口教育に力を入れ、高大連携を連続的なキャリア教育として捉えはじめたのも、当然といえるだろう。
高大連携を成功させる上で最も重要なことは、教育内容に関する高校との情報交換だ。同学部もスタートは高校との対話だった。どんなプログラムを構築するにしろ、高大連携を進めていくには、高校との親密なチャネルを確保しておくことが求められよう。 |
