特集 高大連携の新たな展開
上田 敏和
神奈川県立弥栄(やえ)東高校教諭 上田 敏和
Betweenは(株)進研アドが発刊する情報誌です。
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問題提起
高校と大学が問題点を話し合い
解決に向けて実践することが真の連携
スタート時は大学との交渉より高校内部の調整に苦心
 神奈川県立弥栄東高校では、現在、中央大学、北里大学、女子美術大学、桜美林大学、和泉短期大学と高大連携を行っている。
 私の前任校である神奈川県立麻溝台高校は、1999年に当時としては先進的な取り組みだった、高大連携に関する協定を北里大学と結んだ。麻溝台高校で私自身が推進に携わった経験をもとに、高大連携の課題について述べてみたい。
 現在、高大連携は全国的にかなりの広がりをみせ、高校現場ではこれといった違和感もなく行われている。しかし、当時を振り返ると、高大連携への道は決して平坦ではなかった。
 98年に北里大学に、聴講生の受け入れなどの連携を働きかけた時の交渉はスムーズに進み、大学側がこちらの主旨を理解し、積極的に進めようとする姿勢を感じた。しかし一方で、高校内部では、新しいことの導入を嫌う体質からか、異論が多く、説得するのにかなりの労力を要したのを覚えている。また、同時期に埼玉大学との連携を構想していた埼玉県立浦和高校は、大学とのネットワークがないために、話が進まない状況にあった。
 高大連携の初期段階では、その認知度が低かったために、大学とのネットワークの有無や高校内での理解の有無が推進を左右していた。そんな中で、大学側の積極的な姿勢が大きな推進力となっていたことは確かである。
 麻溝台高校での経験は弥栄東高校でも生かしている。具体的には、01年度に北里大学、和泉短期大学と教育交流協定を締結し連携を開始、生徒が講義に参加できるようになった。また、同年に中央大学商学部の講義にも科目等履修生として参加できることになった。さらに02年度には女子美術大学、03年度には桜美林大学と教育交流協定を結び、連携を進めている。01〜03年度には大学とのネットワークもでき、高大連携の認知度も高まっていたため、すべての大学とスムーズに話を進めることができた。ただし中央大学とは、当初、年間を通じた生徒の講義聴講の他に、夏期集中講義の聴講を含め交渉していたが、校内調整が遅れたために、後者が実現できなかったのは残念であった。
 今や高大連携は違和感なく受け入れられるようになり、さらに、高校側からだけでなく、大学側からも連携の話が持ちかけられるようになった。初期段階に苦労したような、連携を確立するまでの障壁も無くなってきている。これからは高大連携の内容と質が問われるようになるのではないだろうか。
モチベーションアップの他に入試にも成果が表れる
 弥栄東高校は、同じ敷地内にある弥栄西高校と2校連携を行う、全国でも極めて珍しい双子校である。図書館や芸術科目の授業を行う教室などは共用で、2年生からの自由選択科目は同じ教室で東西の生徒が一緒に勉強し、学校行事も共催、高大連携も一緒に行っている。教育活動等は常に両校の合意と調整を必要とするが、高大連携に関しては異論が出ることは少なく、現在は図表1のような、大学の正規の講義を受講するという高大連携を行っている。
弥栄東・弥栄西高校の高大連携
 中央大学、女子美術大学、桜美林大学での受講は、一定の要件を満たすとその大学の単位として認定される。また、5大学すべてにおいて、高校側が求める要件を満たすと、高校の卒業単位として認めている。その要件は、出席が3分の2以上であること、レポートが満足いくものであることである。半期科目は1単位、通年科目は2単位として認定している。高校では一コマ50分、35単位時間で1単位となるため、1750分で1単位となる。大学の半期講座は一コマ90分、15コマとなり1750分には満たないが、事前事後指導を含めて1単位としている。
 大学に聴講に出かけた生徒の反応は、概して良好である。この結果が、高校・大学側の高大連携に対する理解を深めたことは確かである。聴講した生徒のアンケートによると、「聴講することで教養や知識が身についた」「将来の生活設計の役にたった」「学部学科の理解に役だった」「大学に対する見方が変わった」等の項目では高い評価を示した。しかし、「大学進学後の不安が減った」「進路を考える上での情報が得られた」などの評価は低く、必ずしも学校側の期待を全て満たしているわけではないが、全体的には望ましい結果を示している。女子美術大学で02年度に講義を聴講した生徒の感想の一部を図表2で紹介するが、この内容からも聴講が生徒によい刺激となったことがうかがえる。
女子美術大学で聴講した女子生徒の感想
 また、入試結果で予期せぬ成果も表れた。それは、聴講した生徒が、当該大学とは限らないがAO入試や推薦入試で大学に合格するという状況である。これはある意味で当然であり、自ら興味を持ち大学の講義を聴講した高校生が、目的意識を醸成してきたことは自明の理である。そうした生徒がAO入試や推薦入試で合格するのは納得がいく。大学入試の中で、大学の講義を聴講した生徒を評価する入試制度があってもいいのではないかと思うくらいである。
 こうした成果が表れるに従い、教員側にも変化が見られるようになった。これまでのように「連携は役に立たないのではないか」という批判は影を潜め、積極的に生徒に参加を勧め、高大連携の実務にも自主的に自ら参加してくれる教員が現れたのである。その結果、当初、将来構想検討委員会という一委員会が担当する不安定な状況にあった高大連携が、現在は教務部の仕事としてしっかりと位置づけられるようになった。さらに、高大連携の規模拡大を求める声も、教員の中から聞かれるようになった。実際に生徒に好影響があるとわかると、教員は協力的になるということなのかもしれない。
 一方で、単位制の高校はともかく、学年制を取る高校では、高校での授業枠が決められているため、大学の講義聴講を希望しても高校の授業時間と重なってしまい、聴講できない場合がある。本校でも、希望する生徒は多いが、全員が聴講できるわけではなく、残念に思っている。
大学・高校間でお互いに何が必要なのかを話し合う
 高大連携の明確な定義はまだなされていない。高大連携に関心を持ち、調査を始めた教育学者にとっては格好の研究材料かもしれないが、現場では実際にどのように運用するかが問題となる。
 高大連携にはいろいろなパターンが考えられる。高校生が大学の講義を聴講する形式もあるし、大学の先生が高校で出張講義をする形式もある。考えようによっては、オープンキャンパスも高大連携である。しかし、こうした表面的なものだけが高大連携としてとらえられていることには大きな問題がある。
 日本における大学教育は、欧米とは異なり、初等・中等教育からの積み上げの上に成立したものではない。欧米に追いつくことを目指し、下からの積み上げを無視して成立してきた機関である。そして、中等教育との断絶を補っていたものが、激烈な入試であった。入試というフィルターをかけることで、高等教育を受けるに足る人材を選別した。しかし、同年代の約4割が大学に進学し、短大、専門学校を含めれば7割以上の生徒が上級学校に進学するユニバーサルの時代においては、多くの場合、選別は意味をなさない。こうした状況で、大学側は高校でどのような教育が行われ、どんな力をつけた生徒が入学してくるのかを知り、それを踏まえた上で自らの大学のアドミッション・ポリシーを検討し、カリキュラムに反映していくことが望まれる。また、そうしなければ社会に有為な人材を育成することはできない。
 一方で、高校側も大学でどのような教育が行われているかを知り、生徒が大学教育にスムーズに移行するためには高校は何をすべきか、どのような教育を目指すのかを検討する必要がある。大学側から、入学前に必要とされる学力を聞き、それを高校のカリキュラムに反映させる必要がある。それがなされていないために、入試に合格することだけを目指した安易なカリキュラムが横行するのである。
 真の高大連携とは、高校と大学がお互いの持つ問題点を検討し、それぞれの立場でどのような教育を行えば生徒のよりよい人格形成ができ、有為な人材が輩出できるのかを忌憚なく話し合い、実践に移すことである。そのためには、大学側は広報部門だけでなく教学部門の職員、さらに教員も、高校教員との話し合いにかかわるべきである。現在、多くの高大連携からこの視点が抜け落ちている。
 マスメディアも、真の意味での高大連携とそれが持つ大きな将来性を理解しているとは思われず、表面的な報道に終始し、その結果、表面的な高大連携の横行を許すことになっている。高校生が大学に行って講義を聴講していれば高大連携だと考えるならば、そのことこそが高大連携における最大の問題点である。
 また、入試との関連で高大連携をとらえようとする姿勢が大学側に見られる場合がある。一種の青田買いである。高大連携は生徒にとっては「体験」であり、体験することで大学を肌で知り、それによって進路意識が高まり、より深い進路設計がなされるといった側面を持っている。その上で、自らにふさわしい大学の選択ができるようになり、個々の大学もよりふさわしい学生を確保することができるようになるのではないだろうか。
 北里大学の方から「聴講した生徒が北里大学に来なくてもよい。北里大学で学んだことが、他の大学に行っても役にたつだろう」と聞いたときの感動を今でも覚えている。また、所定の要件を満たせば大学の単位として認定し、その大学に入学すれば既修単位とみなす大学もあるが、将来はどの大学に入学しても同様の扱いができるような制度が整備されることを願っている。
社会貢献として捉え文科省の財政支援の必要性も
 国公立大学は、文部科学省の規定に従って高校生から聴講料を徴収している。
 一方で、本校と連携している私立大学は聴講料を徴収しておらず、聴講料をどうするかは一つの問題点であろう。しかし、高校生が大学生に混じって講義を聴講することで、大学側が甚だしい労力を費やすとは思えない。高校は大学だけではなく中学校とも連携しているが、中高連携の場合、ほぼ 100%高校側が費用を負担している。そうすることによって中学生の進路選択の役に立ち、結果として高校側も果実を得るからである。連携において上級の学校が多くの負担を負うのは当然である。そういった意味で、give and takeという考え方は連携では成り立ちがたい。ただし、高大連携がこれからの人材育成に役立つ、ひいては社会貢献となる点を考慮すれば、補助金のさらなる充実など、文部科学省が何らかの処置をすべきだろう。そうでなければ「学校の社会化」に効果はない。
 昨今、高等教育業界では「大学評価」がキーワードになっている。進路指導の全国組織である全国高等学校進路指導協議会でも、高校から見た大学への評価の項目として高大連携の有無をあげている。高大連携の将来性への期待が込められ、今後の中等・高等教育に良好な影響を与えると考えているからである。それだけに、大学・高校間で高大連携の問題点を洗い出し、解決策を検討し、より良い方向にもっていくことが求められるのではないだろうか。
総合的な学習の時間での連携は大学の1年次教育につながる
 高校では、本年度から「総合的な学習の時間」が本格的にスタートした。これは今回の学習指導要領の目玉とされ、課題発見・課題設定・課題解決能力の育成が求められている。これらは、先の見えない社会を生きていくために必要な能力であると同時に、大学で学ぶ上でも必要とされるものである。
 本校では、1年次は「あり方生き方を考える学習活動」を、2、3年次には課題研究を実施する。課題研究の際には、大学と連携する予定である。
 具体的には、調査、レポート作成、発表等をするための「知の技法」を生徒に伝えてもらうこと、課題研究へのアドバイスや研究課題に関連する講義を行ってもらうことなどを考えている。
 「総合的な学習の時間」は今後、課題研究とキャリア教育の2形態になっていくと考えられる。
 課題研究は、現在大学で問題となっている教養教育につながる。ある意味で教養教育の肩代わりであるともいえるし、今後、ほとんどの大学の教養教育がきちんと行われた場合の橋渡しになるものである。また、課題研究で行われる調査、インタビュー、レポートや論文の作成、プレゼンテーション、ディベート等の方法に関する指導は、大学の1年次教育に連なるものでもある。こうした教育が高校で有効に働けば、大学ではさらに高度な教育が可能となるだろうし、学生の質を高めることにもつながるはずである。
 また、「総合的な学習の時間」をキャリア教育の視点でとらえると、大学ではそれを受け継ぐ形で、学生の発達段階に応じたキャリア教育を行うことが可能になる。つまり、「総合的な学習の時間」での高大連携は、キャリア教育と1年次教育への橋渡しとして極めて有効なものになる可能性があるということである。
組織的な連携によって高大連携の可能性が広がる
 これまで、高大連携は一つの大学と一つの高校との間で行われることが多かった。しかし、現在はそうした線のつながりから、複数の大学と複数の高校の間での連携、つまり面の連携へと発展しつつある。その一例が、神奈川県の全ての県立高校と小田急線沿線の大学・短大で構成される「首都圏西部大学単位互換協定会」との連携である。
 協定会では土曜日に各大学から教員を派遣し合い、一つのテーマについていろいろな角度から講義する共同授業を会員大学・短大の学生向けに実施しており、高校生も、この授業が受講できる。生徒の反応は良好でリピーターも現れており、土曜日の使い方としても有効である。この取り組みによって、一校では大学との連携が行えなかった高校が、連携できるようになった。その結果、これまで大学の講義を聴講できなかった生徒が体験できるようになった。また、今後は、このネットワークに参加している大学の教員、職員、高校の教員からなるFDに関する組織の設立も予定されている。これによって、今まで、個々の大学と高校で行われていた交流が、より多くの大学と高校間でできるようになる。
 組織的な連携が行われることによって、より多くの情報が流れ、より多角的な視点から、高大連携を活用した人材育成の方法が考えられると期待している。
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