深化するFD
Betweenは(株)進研アドが発刊する情報誌です。
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第9回 大学の中にFDがないという逆説
金沢工業大学
社会的使命に徹した地方大学からの挑戦状
 金沢工業大学(以下、KIT)は、教育を中心とする評価ランキングの上位に必ず登場する大学だ。例えば「教育面で注目している大学はどこか」という学長アンケートでは第5位に位置している(朝日新聞社「2004年度大学ランキング」より)。また、「生徒に薦めたい大学はどこか」という高校教員による評価でも第17位となっている(同資料より)。
 しかし、この10年来、教育改善の中心的役割を果たしてきた教育点検評価委員会委員長の久保猛志教授は、これらの評価はあくまでも外部からの物差しによるもので、大学としてのポリシーは一貫して変わっていないという。「たまたま外部からの物差しを当てたら、評価してもらえただけです」と、久保教授はKITの取り組みが、外部の評価に合わせた付け焼き刃でないことを強調した。KITには確固たる独自の改革精神が根付いているということだ。
 それは、教育に関するさまざまな学内用語にも表れている。例えばシラバスは自学学習のためにもっと活用されるべきとして「学習支援計画書」と名づけられている。また、学生の成績評価についても、授業でもプロセスを含めた学習の質を重視するためにGPA(Grade Point Average)ではなく、QPA(Quality Point Average)と呼んでいる。
アメリカの大学視察から始まった「教育する大学」への変革
 65年4月に2学科を擁する工学部の単科大学でスタートしたKITは当初から先進的な大学だった。69年には全国でも屈指の規模を誇る情報処理センター(現、情報処理サービスセンター)を、さらに82年にはライブラリーセンターを開設した。このライブラリーセンターは現在、約48万冊の蔵書と1万巻を越える映像資料を誇る世界最大級の工学系専門図書館となっている。
 施設設備の充実以上にKITの先進性が世間に知られるようになったのは、「教育する大学」としての徹底ぶりと、学生を顧客として考え、学生のための大学という方向性を鮮明にしてからである。
 18歳人口の減少が見えてきた93年前後、理事会はKITの将来の方向性を定めるために約150人もの教職員にアメリカの大学を視察させた。このことから学内全体の意識が変わり、本格的に変革が動き出した。また、理想とする工学教育カリキュラムの実現のために、この視察を機に関係が深まったアメリカの大学からのべ約30人の教員や助手が迎えられた。この将来への大胆な投資は、学内に多くの知見を根付かせたが、その中から生まれた科目が 「工学設計I、II、III」である。
 この「工学設計I、II、III」は、いままでの高校教育での知識を覆すようなものだ。例えば「工学設計I」の最初の課題は、常識的な計器をいっさい使わずに対象物を「はかりなさい」というものであったりする。このような課題では、今までの知識が役に立たない。チームのなかでグループディスカッションをしながら、大胆な発想をしないとクリアできないように工夫された科目だ。「行動する技術者」を養成するという教育目標をまさに具体化している科目といえよう。このほか、学生が興味のあるテーマに沿って学習を深めていくことのできるカリキュラム体系(専門コア科目)も設定されている。例えばメディア情報学科だと「メディアデザイン」と「メディアテクノロジー」の二つの専門コア科目から選べるようになっている。
 このようにKITでは教育を大きな柱にして、研究を社会のためのものとみなすアメリカ流のプラグマティックな大学づくりを目指している。そしてその大学づくりは、文科省が進めるFDの潮流を先取りしてきたために、日本における大学改革のひとつの模範になりつつある。しかし、KITはFDという窮屈な枠組みにあき足らず、あえて独自の路線を主張し、進化しつづけている。
学生を決してがっかりさせない学習支援の仕組み
 入試環境の緩和で、学生の学力がますます多様化しつつある現状はKITでも同様である。そこで、それまでの教育的ノウハウを集大成し、学生の学習支援を行うとともに、教育効果をさらに高めるために00年に開設したのが、工学基礎教育センターである。同センターは、(1)学生への学習支援(2)教材作成と学習開発の支援(3)教員の教育調整という三つの機能を有している。(1)では学生の学習クリニック、学習アドバイス、学習レファレンス、(2)ではテストバンクの構築、補助教育プログラムの開発、教材と学習コースのデジタル化、そして(3)では教育内容のオープン化推進、教育情報の交換促進、教育手法の改善をそれぞれの活動テーマとしている。これらの活動のなかで、とくに注目すべきは(1)の学生への学習支援だ。
「ここに来た学生には決してがっかりさせて帰すことはしない」と同センターの所長である水澤丕雄(もとお)教授は言う。同センターでは11人の専任スタッフと20人の兼任スタッフの教員が待機し、数学、物理、化学の学習支援を行っている。開館時間は、午前8時40分から午後5時45分までだが、夜8時過ぎまで指導をしていることも珍しくないという。
 センターに来た学生は、まず受付で相談内容を告げる。その後、サロンのような開放的な雰囲気のなかで、ホワイトボードを前に個人指導をうける。受付では「学習支援記録書」に来訪した学生の指導項目や対応した指導者、指導した結果の簡単な報告がデータとして記録される。これらは学習支援の貴重な分析資料となっていく。来訪者の年間のべ人数は、00年度6320人、01年度1万2274人、02年度は1万4181人と急激に増えていることからも、いかに同センターが有効に機能しているかがうかがえる。
 水澤教授はある学生のエピソードを語った。その学生は入学したときから、ほとんど毎日のように通いつめ、わからない個所について納得いくまで教えてもらっていたが、2年生になったとたんに来なくなったという。心配していたら、あるとき「まずは自分で努力して勉強していくことが大切であることに気づき、頑張ってみることにしました」と報告に来たという。その後、その学生の成績は伸びて、現在は大学院進学を目指しているという。
「勉強が嫌いなのではない。好きになるきっかけを持てなかっただけなのです。ちょっときっかけをつかめば、伸びていくものです」と水澤教授。
教育支援の学内連合としての「教育支援機構」
 KITでは「教育は教員だけが担うものではない。したがって教育の場は教室だけに限らない」という考え方が徹底されている。その考え方を具現化するために組織されたのが教育支援機構だ。この教育支援機構は前述の工学基礎教育センターをはじめ、ライブラリーセンター、情報処理サービスセンター、能力開発センター、工学設計教育センター、基礎英語教育センター、穴水湾自然学苑、池の平セミナーハウスの八つの施設・センターから構成されている。そして各施設・センターが授業カリキュラムと連携しながら学生の学習支援活動を行っている。
 例えばライブラリーセンターでは図書の貸し出しや管理業務よりも、利用者の問い合わせに応じたり、相談に乗ったりするようなレファレンス業務が重視されている。このレファレンス業務のためにサブジェクトライブラリアン(SL)が待機している。サブジェクトライブラリアンは資料の有効活用のための情報コンサルタントとして、専門分野の教員で構成されており、学生の学習相談に応じたり、専門基礎科目の個人指導やグループ指導を行う際の支援窓口としての役割を果たしている。
 03年4月から同センター内に「K.I.Tライティングセンター」も開設された。ここでは学生に文章作成能力をつけさせるために、授業の課題として出された小論文の文章添削を行うほか、小論文作成に関する相談や個別相談も行っている。また、就職活動の際に必要な履歴書や自己アピールシートの添削も行っている。  また、工学設計教育センターの1階には休日も24時間利用することができる自習室がある。そこには情報コンセント、プリンターなどが設置されており、学生はパソコンを持ちこんで自習ができる。ほとんど毎日、深夜も煌々(こうこう)と明かりが点っているという。ちなみに、KITではすべての学生がノート型パソコンを所持し、授業や課外学習に使用している。
 KITの学習支援は、このようなオーソドックスに学習を支える施設設備ばかりではない。能登半島にある海洋研修施設である穴水湾自然学苑では、全学生を対象に必修科目「人間と自然」を実施している。8〜12人のグループに分かれ、2泊3日のスケジュールで日中は海洋活動を体験、夜はグループ討議を行い、討議のまとめを最終日に全体発表する。また、そこには職員も加わって学生との交流を深めている。
視点を変えればシンプルな複合組織体
 このように教育支援機構と授業との連携プレーや教員と職員の組織立った体制など、きわめて周到に考え抜かれた教学システムの複合体をなしているKITであるが、視点を変えてみれば、実はいたってシンプルな構造であることがわかってくる。
 それは、どの取り組みも学生の立場に立って必要だと思われることを実現させてきた結果にすぎないからだ。ただ、このように洗練された形になったのは、常に学生の側に立って見直し、整備し続けてきたからだと企画調整部長の村井好博氏はいう。「すべての組織は学生のための組織でなければなりません。また、これが最も良い評価尺度として正しい方向を示してくれます」と言う村井氏の言葉からは、これまでの試行錯誤の結果から積み重ねてきた成功による自信すらうかがえる。
 このシンプルな思想を学内外に標榜しているのが、「サービスの卓越性」「顧客としての学生の満足度を高める」という言葉だ。例えば、学生の窓口での対応一つとっても、窓口に来た学生を原則として“たらい回し”をしないという方針が貫かれている。事務職員は用件を聞き、その場で的確に応対できるように、必要な情報は学内LANで整備し、業務を効率化している。それでも専門の担当職員でなければ回答できないような場合には、窓口脇の控室に学生を待たせて、担当職員がその控室に駆けつけるという徹底ぶりだ。
 ただ、「学生サービスに徹してさえいれば良い」という考えは、ひとりよがりの自己満足になりかねない。そのためKITでは、さまざまなアンケート調査を実施し、実施理由の裏付けを図っている。調査対象は、新入生、学生、卒業生、企業など多岐にわたる。
 これらのアンケート調査の結果は自由記述を除いて、同大学のホームページ上でも公表されている。また自由記述も学生はライブラリーセンターで閲覧できるようになっている。
 現実を即座に改善するためのしくみが動いているために隠す必要がないのだろう。そしてこれらの調査結果は、FD推進に関しては学長を委員長とする「KIT評価向上委員会」で、学生サービスの推進に関しては、法人本部長を委員長とする「顧客満足度向上委員会」で検討され、方向性が示される。
 KITの教育改革は留まるところを知らない。03年度からはこれらのアンケート調査を一元的に管理し、発信していく部署としてCS(顧客満足)室が開設された。山岸徹室長は「現在、各種のアンケート調査から得られた情報資源をもとに各部署での業務向上のための改善が進められています」と言う。企業活動でいう経営品質の取り組みを大学経営・教育に当てはめた動きだ。ちなみに、経営品質とは「製品やサービスの品質だけでなく、企業が長期にわたって顧客の求める価値を創出し、市場での競争力を維持するための仕組みの良さ」(「2002年度版日本経営品質賞とは何か」生産性出版より)を指す。
「昨年は事務職員約220人のうち114人の職員が、この経営品質に関する研修を受けました。近い将来には、大学組織全体の経営品質優良度を外部評価してもらうことになるでしょう」と山岸氏は語る。
 KITは「教育する大学」として“教育付加価値日本一の大学”を標榜し、学生サービスを徹底し、他の大学とは異なった独特の大学運営をしている。そして独自の物差しを用いて、さらにそのハードルを引き上げようとしている。ユニーク私大の挑戦はまだまだ走り続けるにちがいない。
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