| 演習の家から教養の庭へ 芸術の庭から芸術の家へ |
芸術系の大学に入学した学生であっても、大学の設備の良さについては、通常、図書館や食堂、コンピュータの台数、教室や実験室の設備の充実度ぐらいしかイメージできないだろう。しかし、一般にデザイナーやアーティストは、アトリエやオフィスを持って活動する。東北芸工大を訪れると、そのような創作の生まれる“場”というものをいかに大切にしているかがわかってくる。
必修の演習科目が課される2年生になると、演習室の中にミニアトリエ空間として学生一人ひとりに作業机とロッカーが提供される。
学生は演習室という「根城（ねじろ）」にずっと張り付いて、そこで教員から指導を受ける。演習以外の授業では、その「根城」から講義室に出ていき、論理的思考や知識を吸収して帰ってくる。そしてまた創作活動を行うのだ。学生にとってそのような居場所があることがどれほど精神的に安らぎ、集中できることか、その効果は計り知れないはずだ。「学生たちが4年間のなかで一番長く時間を過ごすのが演習室です。しかし、そのような演習室があることがいかに恵まれていたか、卒業してから初めて気づく学生も多いのです」と小沢学長は言う。
一方、講義室では教養科目の授業も行われる。教養科目は全教員が担当している。「総合教養講座」という全学教養科目では、「人間の条件～いま、生と死を考える」「社会のデザイン～自発性の社会に向けて」「象徴の森～芸術とシンボリズム」「世界のなりたち～科学リテラシーを考える」「異文化の窓～身体という回路」「情報の宇宙～アルス・エレクトロニカ」といった興味深いテーマが並んでいる。
「学生たちは演習室という『演習の家』の中で創作活動をします。それに対して講義室は『教養の庭』に相当します。講義室で授業を受けるのも、地域社会に出て活動するのも、学生たちにとっては『家を出て庭に出る』ということなのです」と小沢学長は説明する。
ただ、ここまでであれば、専門を中心にして教養を学ぶということを単に表現を変えただけであって、他大学の教育と大差はない。東北芸工大の教育的特徴は、学生たちが学外に出てさまざまな芸術活動をすることによって、山形という地域社会を「芸術の庭」に変えている能動性にある。
地域社会が「芸術の庭」になり、地域の人には大学が「芸術の家」に見えるということこそが、小沢学長の表現する東北芸工大の教育であり、「東北ルネサンス」の姿なのだろう。 |
| 出口に縛られない大らかな開放型教育 |
芸術・デザイン系学部の学生は、「このことをやりたいから大学に入った」というケースが多く、その先の「あの職業につきたいから大学に入った」という学生は一般の大学に比べて多くないといわれる。
実際、東北芸工大では昨年の4年生のうち、就職を希望した学生は53％と半数程度だ。ただし就職希望者の就職内定率は90％を超えているという。この就職という呪縛から東北芸工大の教育は解放されているように感じられる。
プロジェクト型演習にせよチュートリアル型演習にせよ、大らかな開放型教育（学生の自主性に任せた教育）がその活性化のポイントとなっている。しかしそれも、芸術・デザイン系学部という学部・学科の特殊性があってのことだろう。 |
| FD的組織のいらない大学教育の活性化 |
東北芸工大にはFD活動の推進だけを目的とする特別な組織は存在しない。しかし、教育の活性化は、チュートリアル制導入後、成り行きに任せただけでここまでに至ったわけではない。見落とすことができないのは、経営者（理事長）の徳山詳直（しょうちょく）氏のリーダーシップも大きな要因になっていることだ。
毎年受験生や入学生に「東北芸術工科大学の誓い」という小冊子が配られる。「理事長を交えた教職員総会などでは、この冊子を朗読する機会が増えてきているのですが、20分くらいかかります」と野村真司事務局長は言う。ページを開くと、「大学設立の宣言」という文章が掲載されている。その終わりには「わが大学の前に道はなし、あるは歴史的実験のみ」とあり、大学のミッションを明確に打ち出している。
経営者と教学側は歩調が合わないことが多い。しかし、徳山理事長の経営姿勢に小沢学長はじめ職員が信頼を寄せている。そして教員にも大学の設置理念を共有化しようとする雰囲気がある。
徳山理事長の講演録「東北芸術工科大学の生い立ちの記」には、以下のように記されている。「理事会はただ経営の責任を負えば良い。教授会は教育について考えれば良い。こうした考え方は過去の遺物です。（中略）自由で爽やかな激論が保証される大学、しかる後一丸となって未来を考える大学でありたい。どうしても教授会と理事会が一体となって行動していく必要があると、そう考えています」。
理事長が経営を語ることは当然であるが、教育への熱い思いを学長や教職員に語り、前面に立って教育改革を推進していこうとする姿勢がうかがえる大学は少ない。
FDという名のもとで、学長ひとりが教育改革の責務を負って奮闘する大学が多い中、理事長以下、すべての教職員が一致団結して取り組む姿勢こそがFDを深化させる最大の条件といえよう。 |
