テーマ1「主として統合的な取組に関するテーマ」について審査にあたった江原武一教授は、高等教育や多文化教育の比較研究を中心とする比較教育学のエキスパートである。審査員・大学人双方の視点から話を聞いた。
力作が多かった申請書ボーダーラインは拮抗
テーマ1は「総合的な」とある通り、個々の授業にとどまらず、4年間の学部教育、あるいは大学院教育まで視野に含めた取り組みを申請するケースが多く、大学としても組織全体としての幅広い実績がなければ申請しにくい部門といえるだろう。
「テーマ1については、全体的に力作が多かったと思います。ヒアリングまで進めるのが2割程度、採択されるのが1割程度だったわけですが、それぞれのボーダーラインにいた大学の取り組み内容の充実度は非常に拮抗していて、どれを採択するか判断にとても迷いました」と江原教授は打ち明ける。
「訴える力」がなければ伝わらない
では、こうした力作ぞろいの中で、採択されなかった大学には一体何が不足していたのだろうか。
「審査員に対して『訴える力』がなければ伝わらないということです。例えば申請書では、A4用紙8枚という限られたスペースの中で、相手に訴えたいことをいかにわかりやすく適確に表現するか。これにはテクニックも必要です」
事実、国立大学に書類審査をクリアした大学が多いのは、日頃から文部科学省への提出書類を書き慣れていることと無関係ではないだろうと、江原教授も認める。内容はもちろん、読みやすさ、構成力など「書類作成能力」は重要なポイントといえるだろう。
また書類審査で不採択だった大学の中には、他大学ですでに何年も前から実施している取り組みなのにオリジナリティを主張するケースも見られたという。
公の場で審査を受ける以上、他大学の同様の事例も事前に調査するなどの情報収集は必要だ。それと同時に、日頃から自大学の取り組み内容や成果を学外に向けて情報発信していくことも大切だ。
次にヒアリングまで進んだ場合はどうだったのか。ヒアリングでは、書類審査の得点にヒアリングの得点が加味されることになる。書類審査でボーダーラインにあった大学などは、ヒアリングの得点でどれだけリカバーできるかが重要となる。そこにはプレゼンテーション力も必要だという。
「ヒアリングでは、書類を読んで生じた疑問点や、実際の運用成果はどうかなど、さまざまな質問をされますので、何を聞かれても答えられるような周到な準備が必要だと思います」
では、審査する側に問題はなかったのだろうか。「これは、第一部会全体としての感想ですが、審査員が申請大学について知っている情報が非常に限られているために、申請書の内容だけで判断しないといけないことが最も苦労した点です」と、江原教授は振り返る。
ローカルな取り組みこそ重要
近年、大学は教員のための研究機関から、学生のための教育機関へと役割の重心が移りつつある。かつて学生は師の背中を見て育ったが、今では、学生を「やる気」にさせるには、教員から学生への積極的なアプローチが必要になっているという。その意味で、今回のプログラムは、教員の意識をより「教育」に向けさせるための、カンフル剤としての役割も果たしたのではないかと江原教授は指摘する。
「今回の狙いの一つは、採択の有無に関わらず、『教育は大事だ』ということを教員に気づいてもらうことだと思います。教員側の取り組みしだいで学生はいくらでも『やる気』になりますし、人間的にも成長する可能性を秘めているのです」
最後に、江原教授は次のように指摘した。「教員にとって研究とは、学会や専門誌などを通じて、所属大学を超えて認知が広がっていくコスモポリタン(世界主義的)な取り組みです。それに対して教育は、目の前の学生にどう役立つか、満足感を与えられるかといった、とてもローカル(局地的)な取り組みです。しかし、今、そのローカルな取り組みこそが問われるようになってきているのです」
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