ベネッセ教育総合研究所
特集 問われる教育「特色ある大学教育支援プログラム」からの視点
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「教育評価」の負う課題

 なぜ審査スケジュールに時間が必要か。それは審査・評価の対象が「教育改革」ないし「教育創造」の営みだからである。改革・創造とまでいわずとも、あらゆる教育的営みは真空のなかで行われるものでなく、また性急に成果を求められるべきものでもない。
 「真空のなかで行われるものではない」というのには、二つの意味がある。
 第一に、ある教育的営みが進むためには、必ず前提ないし前史があり、また大学により固有の動機、背景がある。例えば学生の学習支援についてめざましい改善が行われた場合、その大学でなぜそのような改善が発想されたか、改善のためにどのような障害がありいかに解決されたか、改善は一挙になされたのか段階的なものだったか、改善の結果どのような新しい課題が発生しつつあるか等々、実に複雑な要素によって成り立っている。それらの諸要素はすべて時間の軸のなかで生まれ、存在し、変化する。それらに相対して行われる改革や創造という営みは、これまた時間という軸をめぐってしか為しえないものであり、それを評価する側にもこの軸への認識が不可欠となる。
 第二に、教育改革の課題自体は、たとえ個別大学内部の小規模なものであっても、時代の要請する大学(教育)の課題と連動し、またはそれに触発されて行われる。連動や触発の質が改革の質を規定する。言いかえると、日本の大学における未来の課題をいかに判断し、どう認識しての改革であるかが、教育の改革や創造の水準を決める。表面的判断や浅い認識のままで行われたファッション的改革とそうでないものとを識別する見識が、評価者の側に何よりも必要になる。
 このように考えると、教育の審査に必要な観点は成果ではなく、プロセスへの注目であり、さらに改革への発想の歴史的妥当性とでもいうべきものである。
 「時間」もプロセスの伴走者である。今は成果がはっきりしないが、その改革には、そこに至るまでに正当な課題認識と緊張感に満ちた努力とがあったのかもしれない。現在は成果を証明できなくても、5年後にその価値がようやく分かるといった改革の営みがあるかも知れない。このようなプロセスこそ、申請書の行間に読みとってほしい。実にそのような識見をこそ、審査側に期待したいのである。
 ヒアリング改善の先には、現地視察の試みもあってよい。
 もともと複雑な条件の下での教育改革の評価には、呼びつけて問いただすのではなく「現場を見て、現地で当事者の話を聞く」という方法こそベストである。 幾人かの専門家が伝えているように、アメリカのアクレディテーション(大学基準適用)審査は、1週間程の現地視察と面接、相互討論などを通じて行われる。せめて1泊2日程度でよい。評価委員会のスケジュールにそのような配慮を求めたいと思うのは、筆者だけではあるまい。


技術主義、成果主義の是正を

 あわただしい審査のせいでもあろうか、今年審査を受けた側に広く信じられているのは「プレゼンテーションの巧拙が成否を決めた」という点である。またこれと絡んで「成果を数値で表すことに失敗すれば不利になる」ということも囁かれた。
 これらが単なる噂であるのかそれとも実態であるのか、筆者には分からない。しかし多少とも事実であるとすれば、再考を促したい。
 プレゼンテーションが現代実務社会の重要な技能の一つであることに異議はない。しかし本プロジェクトのように文科的領域の改革と理工医領域の改革が競う場合、プレゼンテーション技術の優劣は現時点では明確であろうと思う。医学教育カリキュラム改革やJABEEの申請などに習熟した理工医系のプレゼンテーション技能に文科系の当事者が太刀打ちできるはずはないからである。同じ差異は、評価者側に文・理双方の委員が含まれることを考えると、さらに増幅される。
 「成果の数値的表現」も教育の本質になじまない。教育の成果は、むしろドキュメントや言語(例えば学生の感想文など)でより良く表現される場合もあるからである。成果信仰と数値の偏重はぜひ是正してほしい。
 教育の改革や創造は期限を定められた委託事業ではない。大学と教職員と学生が織りなす未来に向けての大学教育蘇生のための協同作業なのである。
 産業界や地方自治体、さらに高校側の代表者が評価委員に加わられたことは歓迎すべきである。だが、それらの委員の方たちと大学側の専門委員との間に、大学教育の真の課題は何かについて十分な見識の交流が行われ、合意が成立することを求めたい。これは大学人の一人としての願いに止まらず、納税者たる国民の一人としての要望でもある。


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