ベネッセ教育総合研究所
新連載 教育力の時代
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遠近法


「教えることを我慢すること」が求められている
プロセスを認める大学とプロセスを楽しむ学生

 山梨学院大学・短大の「学生チャレンジ制度」は、他の大学に教育の在り方を問いかけているようだ。
 知識を伝達することに傾注するのか、学習プロセスを重視して学生の成長を助けるのか。この二つの姿勢のうち、どちらで臨むかという問いかけだ。
 学生の学習プロセスを重視して成長を助けるためには、「大学とは、学生と教員が共同で学問的な何かを作っていく場なのだ」というメッセージを、いつも発していることが必要のようだ。
 山梨学院大学・短大の「学生チャレンジ制度」には、学生の行動力を引き出すためであれば、突飛な発想であっても一考し、そのアイデアを教育システムに取り込もうとする姿勢が見られる。そして実行する際には教職員が組織を挙げてバックアップする。この組織力が教育力を一層高めている。
 しかも学生は大学のやり方をよく理解している。どんなに現実離れした発想であっても、またその実現にどんなに時間とエネルギーを費やしても、大らかに認めてくれる大学なのだと。大学側も、やがてそれが学生自身の肥やしになると信じて行動を促す。
 授業とアルバイトで手いっぱいという学生であったなら、苦労や苦痛ばかりが多いことにチャレンジなどはしない。例えば、NGOへの寄付金を捻出するために、夏休みを費やして岩手の漁港から魚介類を仕入れ、山梨で苦労して売って収益金を集めるという回りくどいこともしないだろう(企画テーマ「行商体験と売上金の寄附」)。学生たちが意義を感じ行動した結果に気づくとき、彼らは成長し、自信を勝ち取る。


日本列島横断リレーで地域の教育力を活用する

「学ぶプロセスを重視して成長を助けること」で効果を上げているのが、短大1年次に開講されている必修科目「社会体験講座II」だ。この科目は夏休みに行われ、「YGU日本列島横断リレー―フォッサ・マグナを歩く―」と呼ばれる。この教育プログラムも文部科学省の「特色ある大学教育支援プログラム」に採択された。
 この授業で学生たちは、太平洋から日本海に至るフォッサマグナ(中央大地溝帯)を「たすき」をつなぎながら、1人平均20km 程度の区間を歩く。糸魚川と富士川の河口から分かれてスタートし、短大がゴールとなる。各区間の自然、文化、産業に触れることができるように、学生たちは自分たちで活動計画を立て、宿泊先や見学施設等の交渉も行う。地域と触れ合うことによって学生は成長し、自己学習力に目覚めるという。この授業では地域の教育力の助けも借りながら、その学習成果を2年次以降の専門教育の動機付けにしている。


教えた途端、学生の思考は停止してしまいがち

 今の大学で、学生に効果的な教育、満足度の高い教育を提供するのは様々な工夫が必要となる。学習ニーズが多様化している上、その要求水準がまちまちだからである。
 従来の知識伝達型の教育で、このような学習ニーズと要求水準に合わせることは大変難しい。この現実に各大学は悩んでいる。
 しかしそこに課題発見・解決型の教育を組み込むと、大学はそのような悩みを軽減できる。なぜなら学生が自らの学習ニーズや要求水準にもとづいて、学習課題を探し始めるからだ。
 学生たちは課題に取り組むうちに、行動力やコミュニケーション力といった本質的な能力は、アプローチの仕方に関係なく求められることや、課題解決のためには「知識の積み重ね」も必要であることがわかってくる。
 そのことに学生たちが気づいたときに、必要となる手法や知識について、教員がアドバイスし、伝授すればよいのだ。極論すれば、これからの大学教員に求められるのは、「教えることを我慢すること」ではないだろうか。
 教えた途端に学生の思考が停止する危険性を知ったうえで、学生たちが求めてくるのをじっと待つ。そのときに必要なのは、学生に課題について持続的に考えさせる仕組みの構築だ。
 この要諦を山梨学院大学・短大のユニークな教育プログラムが教えてくれているように思われる。
(矢内秋生)


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