ベネッセ教育総合研究所
特集 専門職大学院の本格展開
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どんな実務家を集めるか

 実務家教員の位置付けも、専門職大学院の成否を決める重要な要素となりそうだ。設置基準等では「専任教員の3割以上は」「おおむね5年以上の実務の経験を有する者」とされている。5年以上の経験という一律的な基準に疑問も聞かれるが、文科省は「これはあくまでも目安。当面は設置審による定性的な判断を積み上げるしかない」と話し、その人が当該分野の実務について教える能力があるという根拠を示すことが重要だという。
 実務を離れてからの期間は問われないが、変化の激しい分野ではこの点も「実務家」としての質に影響する。そこで文科省では、実務家が現場と行き来しながら教育にあたることを推奨。実務家教員の一定数は「1年につき6単位以上の授業科目を担当」と、負担を軽くすることを認めている。ただしその場合も教育課程の編成や組織運営について責任を担うよう明記した。
 実務家教員の数については最低基準だけが示され、上限はない。体系的な理論と実務の両方を教えられるのであれば、実務家教員だけで構成してもいいということになる。専任教員の2割以上という決まりの法科大学院の中には、3分の2を実務家が占めるところもある。
 その一方で、アカデミックなバックグラウンドがない企業人等に教育に関する能力を修得させるための仕組みも、大学に求められる。設置基準ではFDが義務付けられている。ある専門職大学院の教員は、「社会人といっても、日本的な企業風土で育ったため討論が苦手な学生も多い。授業でディスカッションが成り立たず、急きょ進め方を変えることもある。そういう場面ではやはり、教壇での経験が問われる」と話す。
 実務家教員とは直接関係ないが、論文に関する議論にも触れておきたい。専門職大学院では修士論文が必修ではなく、論文指導教員を置く必要がない。しかし、アンケート結果でわかるように実際には論文を課す大学院も一定程度ある。「思考をまとめる能力は職業人にも必要」「社会人学生には、現場での実践を体系的に整理しておきたいというニーズもある」との考えによるものだ。専門職大学院における実務と理論のバランスについては、議論と実績を積み上げながら見定めていく必要がありそうだ。
 目指すゴールを明確にした上で実務家教員をどう位置付け、どんな人材をどの程度集めるか。集まったところで全員が目標を共有し、「理論と実践の架橋」のために、研究者教員と実務家教員がどう役割分担しどう連携するか。そこに、各大学の見識とノウハウが問われることになる。

“出口”の期待に応えられるか

 “出口”の問題は、先に指摘した資格要件とも絡んで、専門職大学院制度の成否を左右することになるだろう。高い学費を自己負担し休職や退職までして学ぶ学生にとって、修了後のステップアップは大きな関心事。学費と同様基本的には自己責任の世界だが、「日本の企業ではMBAが武器にならない」といわれてきた状況が他の分野も含め変わらないのでは、制度の存在意義が問われる。
 多くの専門職大学院はその分野の業界団体や企業からの声を受けて作られており、人材のニーズは確実にあり受け皿も存在するはずだ。そこに安定的な出口を開くためには、器だけでなく教育の中身や手法について丹念な検討が求められる。そこでは、市場の声に「耳を傾ける」という姿勢では十分ではないかもしれない。企業や関係機関を当事者として巻き込み一緒に教育システムを作り上げるという、積極的な働きかけが必要だろう。例えば、学外の実務家によるご意見番的な組織を設けて定期的に討議し、カリキュラムを見直すことなどが考えられる。
 当然、企業等の側にも直接・間接の様々な協力が期待される。質のいい教育によってスキルを磨いた人材を適正に処遇することで、「何を身につけたか」を評価する社会に変えていくことは、産業界の新たな使命になるだろう。
 制度の議論に関わったある関係者は言う。「企業はこれまで、『日本の大学教育は社会のニーズを反映していない』と批判の大合唱をしてきた。では企業の側は、その分野において普遍的に活躍できる人材像を、大学へのニーズとして明確に打ち出してきただろうか」。同氏は懐疑的だ。「各企業が、その時々で使いやすい“何でも屋”を育て、大学が教育のゴールに据えるべき客観的な専門性を確立できないままきた」。そこが、教育システムと密接にリンクしたプロフェッションが確立されたアメリカとの違いだと指摘し、教育界と産業界が双方から歩み寄り連携することが、この制度を成功させるカギだとみる。

社会を巻き込み解決の道を

 これら以外にも、まだいくつかの課題が挙げられる。教育の質を維持するための第三者評価の具体的な内容が示されないまま、多様な分野で教育が動きだしていること。職業に直結した新たな大学院ができたことで、その一部を担ってきた従来の修士課程や学部教育の見直しが求められていること。そのほとんどが、大学内の議論だけでは解決できない問題だ。
 日本経済の再生につなげたい政府や産業界。自前による人材養成の負担が限界に来ている各企業。新たな学生マーケットを模索する大学。専門職大学院に向ける視線は微妙にずれながらも、この制度を日本の教育や社会全体の構造改革につなげたいという思いは一致しているはずだ。大学には、社会を巻き込み動かしていくという積極的な姿勢が期待される。


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