ベネッセ教育総合研究所
特集 専門職大学院の本格展開
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2. アカデミックベースだった専門大学院
“研究者的発想”の“専門職教育”


 2000年度から制度化された「専門大学院」の内容は、一口にいえば「大学人が考えた専門職教育」といえるだろう。科目の設定を見れば、「座学」が中心で「体系的理論」が多い。大学の研究者が中心になって考えると、どうしても専門分野の知識の体系を重視するようになる。しかし現場の感覚からすれば、それで現在の問題点を解決する方法が身につくかどうかは疑問である。
 「公共政策」「国際ビジネス」といった包括的な分野設定では、幅広い専門的な知識を身につけることはできても、現実に職業上で必要な知識、経験の「品質保証」を確保することは難しい。

公共政策では、制度論以上に現場業務に即した手法が重要

 例えば公共政策では、国と地方、さらに地方でも都道府県、政令指定都市、中核都市、一般市町村では政策や運営が全く異なる。従来型の公共政策プログラムでは、経済成長率や資源投入量などをモデル化してシミュレーションはできても、現実にはごく一部の職員を除いてその経験を直接活かせる仕事に就くことはまれだ。縦割り組織の中の部分的な仕事に携わることがほとんどで、プログラムが前提とする政策形成と実務とのギャップは大きい。多くの職員にとっては、個別事業レベルでの意思決定、効果測定や評価、事業執行上の体制や手続きが問題となるが、その個別事業も官房系、建設系、管理系、許認可系、窓口系などで全く手法が異なるからだ。
 一例を挙げてみよう。近年、財政危機で予算編成もままならない自治体が増えている。その中で注目されているのが「包括予算編成方式」である。これは、従来は財政課の職員が各部署からの予算要求に対し1件ごとに内容と金額を査定して積み上げながら全体の予算案を策定していたものを、各部局に前年比で80〜90%の予算枠をあらかじめ配分し、部局長の判断で予算を編成させるものである。いわゆる「予算編成権の庁内分権」である。
 この方式は、従来型の公共政策教育から生まれる可能性があっただろうか。恐らく大学院では、国や自治体の現状を制度論的、体系的に分析し、国と地方の財源の配分の問題を指摘し、単年度主義の予算に対して複数年度の予算編成や発生主義会計の導入などを研究したであろう。もちろん、包括予算編成方式についても制度的な枠組みは議論されることがあったかもしれない。
 しかし、マネジメント手法抜きで制度的枠組みの研究だけで実際にこの方式を導入するのは不可能だ。予算編成を経験した職員の部局への配置、人件費を組み込んだトータルな予算枠の設定、首長の判断を求める部分と部局の判断にゆだねる部分を事前に明示するなどの、役所の手続きや仕事の発想方法に適合したプランにすることが必要で、政策論のみではなかなかうまく稼働しない。
 このような現場の感覚を取り入れたプランの策定には、単なる制度論の議論をこえて、ケーススタディ的な手法をとる必要がある。そうなると、ケースの作成、ディスカッションやディベート方式による授業、グループワークに対する指導など、知識はもちろんのこと様々な授業手法に精通した教員が必要となる。
 現在の大学、大学院にはそのような教員はほとんどいないのが現実である。アカデミックな理論構築や教授には、ケーススタディやワークショップ方式などは必要なく、教科書的な知識の体系を学ぶことで十分だったからだ。ケーススタディの場合は、現場業務にも知識を持つゲスト講師を呼んでくる程度では、「教養」の域を脱することはできない。
 また、企業経営分野を考えてみても、業種による違い(製造業と金融、サービス業ではビジネスパターンが全く違ってくる)、業務の違い(企画、製造、営業、経理、労務管理など)にそれぞれカスタマイズした方法論を議論することなく一般的な「ビジネス論」を学んだところで、「教養」は身に付くとしても、即戦力としては機能しない。

プログラム開発はチーム作業で

 従来、具体的な業務に関する専門知識やスキルの教育は、日本の大学や大学院ではほとんど行われずに、むしろ、企業内で行われていた。そして、そのアウトソーシングとしての「セミナー産業」(研修)が発達した。その意味で専門職大学院は、これらの実施主体によって実質的に行われてきた職業分野ごとの専門教育を体系的に整理し、品質保証を行うと考えれば分かりやすい。アカデミックな専門知識の体系を重視しすぎると、これまでの専門大学院のように、教養志向に留まる可能性がある。アメリカ型の専門職大学院制度を導入するのであれば、アカデミックな研究志向のグラデュエート・スクールと専門職業志向のプロフェッショナル・スクールの区別を明確にする必要がある。その区別とは、対象とする分野は当然のこととして、むしろ、教育方法の違いを考えるべきである。
 専門職大学院設置基準の第八条では、授業の方法等として、「事例研究、現地調査又は双方向若しくは多方向に行われる討論若しくは質疑応答その他の適切な方法」を挙げているが、これまでアカデミックな大学院のみを経験してきた教員が主体となって企画する専門職大学院では、実現はなかなか難しいのではないかと予想される。
 現場の担当者レベルの実態把握と問題意識が必要であるし、これをある程度一般化しつつ、論点を整理し、教育プログラムとして仕立てる作業が発生する。それは、従来のように担当教員に任せる方法ではなく、現場の担当者と一般化する方法論を持った教員、さらには、プログラムコーディネーションの専門家というチームによって行われるのでなければ、専門職大学院にふさわしいレベルの教育の実現は困難である。



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