ベネッセ教育総合研究所
遠近法
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遠近法

大学文化と学生文化の葛藤の中での育ち
大学と協働し、サービスを担う学生

 「大学における学生生活の充実に関する調査研究会」(99年旧文部省設置)は、大学生活で悩みを抱える学生が増えていることを調査に基づいて指摘している。悩みの内容は、人づきあいが苦手、他人の目を常に気にするなど、対人関係に関するものが大半だった。同研究会は、「学生生活の相談の窓口などを充実すべき」とする報告書を提出した。大学関係者の間では既に気がついていたことだったが、このような学生の実態があらためて一般に知られることになった。
 しかし、この指摘に対して有効な対策はとりにくい。カウンセリングルームの充実によって対応できる問題ではなく、むしろ普通の学生の抱える「ささいな」しかし「深刻な」問題である。
 「友達がいない。そんな学生の悩み解消に大学が乗りだしはじめた。仲間づくりのイベントなど多彩な企画で、勉学だけでなく、生活面まで後押しする」。これは同志社大学学生支援センター(S -cube)の記事(02年11月、京都新聞)の一部だ。必要性は指摘されても具体的な対応に踏みだせない中で、「学生支援は大学教育の柱として欠かせない」という共通認識とその具体的内容を広めたのがS-cubeの取り組みだ。
 同志社大学の取り組みに対して、他大学の反応は大きく二分された。「そこまでやらなくても」というものと、「よくぞ、やってくれた」というものだ。前者の声はおもに伝統校から、後者は伝統が浅く、新しい大学文化を創ることに積極的な大学から、と分けることができる。あるいは、前者は比較的優秀な学生が入学していると見られている大学からの声、後者は中堅大学からの声と区分することもできる。視点を変えれば、大学の中心に学生を据える発想をどれだけ持っているかが、この反応に表れていると見ることもできそうだ。
 中堅大学が同様の取り組みを行った場合には、「やはりあの大学の学生は……」となる。西の雄ともいわれる同志社大学が行ったことに意義があるのだ。少し大げさな言い方をすれば、必要性を感じてはいたもののすぐに実行に移すのに躊躇していた多くの大学に勇気を与えたといえよう。
 現在では学生の戸惑いを先取りして解消するサービスが、大学主導でいろいろと行われるようになっている。また、学生を大学行事や入試広報に参加させ、教職員と学生が一丸となって大学をもり立てるケースも珍しくなくなっている。入学後のオリエンテーションでは、上級生がアドバイザーとして教職員とともに参加し、戸惑いがちな入学生にきめ細かく対応する。上級生がアドバイスする内容は、自身も入学当時に戸惑ったり悩んだりした事柄であり、新入生にとっては極めて役に立つ。

薄れた二つの文化の強化、一体化への挑戦

 同志社大学のS-cubeの狙いは、単に退学率を下げることや大学での滞在時間を延ばすことを目的にしているのではなく、「同志社スピリット」である「自治自立」の精神を持った学生に育てようとしているところにある。
 名門校、伝統校であっても、受験生にとって合格可能性のある志望校の一つでしかなくなっている現在、それぞれの大学の色合いが薄まっていくのは致し方ない傾向であろう。この社会的趨勢は大学内部にいると案外見えにくいものだ。しかし、そのことに気がついたとき、良心的な教職員は入学した学生をいかに染め上げるか腐心し始める。
 そのときによりどころになるのが、大学文化として根付いた建学の精神や学術研究の伝統である。
 ところが、大学を巣立つ人材の人間性は必ずしも大学文化だけでは育たない。もう一方の文化、学生文化によっても育てられるのである。
 学生文化は対抗文化(カウンターカルチャー)といわれるように、公的な大学機能とは必ずしも一致しない。しかし、むしろ若者は両者の葛藤の中で育つ。言い換えれば、大学というところは暗黙のうちに二つの文化がぶつかり合う中で学生を教育してきた。
 同志社大学の京田辺キャンパスでは、薄れた二つの文化を一体化して導入教育の機能を強化しようとしている。京田辺キャンパスでの導入教育と「同志社スタンダード」が軌道に乗り、その後、工学部を除いて今出川キャンパスに移ったとき、どのくらいの学生が「自治自立」の精神を身につけるのか、今後の課題のようだ。
(矢内秋生)


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