ベネッセ教育総合研究所
特集 国際化教育の現在
ステファン C. ダネット
ニューヨーク州立大学
バッファロー校副学長
ステファン C. ダネット
Dr.Stephen C. Dunnett


ニューヨーク州立大学バッファロー校国際教育担当副学長、外国語教育学部教授。1984年フルブライト研究員として慶應義塾大学で研究。
PAGE 26/27 前ページ次ページ


Contribution 2
日米交換留学プログラム〜相互理解の手段として〜
 ニューヨーク州立大学バッファロー校国際教育担当副学長、外国語教育学部教授。1984年フルブライト研究員として慶應義塾大学で研究。
訳:編集室

 2003〜4年は日米交流がスタートして150周年という節目の年にあたる。1853年“黒船”でペリー提督が来日、翌年に日米和親条約が結ばれて以来、150年間、日本とアメリカ合衆国は政治的、経済的、文化的に世界で最も親密な関係を築いてきた。これまで、多くの日本人とアメリカ人が互いの国を行き来しているが、中でも学生と研究者の往来は特に顕著である。
 19世紀後半から少なからぬ日本人学生がアメリカに留学するようになり、筆者が所属するニューヨーク州立大学バッファロー校では1886年に初めて日本人の医学生を受け入れた。
 現在、約4万6000人の日本人学生がアメリカの大学・短大で学んでおり、日本は世界で4番目の留学生送り出し国となっている。
 日米の大学間の交換協定数が爆発的に増加したのは、1970年代中頃から80年代前半にかけてである。それはアメリカが日本という国、特に日本の経済的成功に大きな関心を持っていた時期である。日本の経営方式や生産性、能率性は世界でも高く評価され、アメリカの学生と研究者は、日本経済の成功の秘訣を学ぶために続々と日本へ渡った。また、記録的な数の日本人学生がアメリカへ留学したのもこの頃である。
 当時、多くのアメリカの大学が日本との交換協定を結び、中には地方自治体の招致により、日本に分校を作る大学さえあった。アメリカの大学では、このような需要に応えるために開設した日本語コースには驚くほどの学生が集まり、「日本型経営論と経営方式」という授業を新設するビジネススクールも多かった。
 しかし、残念なことにこの時代にできたプログラムや分校の多くが理念や計画性のあるものではなく、今日ではほとんど残っていない。

アメリカで注目される専門分野のプログラム

 日本のバブル経済が崩壊し、かつて賞賛された日本の経営や生産性は幻想であったかのようである。そして、ここ10数年にわたる日本経済の停滞の結果、アメリカの学生と教員は日本への関心を失ってしまったようである。一方で、中国の政治的、経済的な躍進は顕著であり、アメリカ人の関心はついに日本を離れアジア大陸へと移ってしまった。
 また、経済的理由からか、ここ数年、アメリカの高等教育機関に入学する日本人学生も減少傾向にある。失業や解雇への不安感が日本中に蔓延し、多くの家庭が子供の海外留学を望んでいない、または経済的な余裕がない状況にあると推測される。
 こうした背景から、日米の学術交流プログラムの性格に変化が起きている。もっと専門に特化した教育プログラムに焦点を当てるべきだという新たな視点が出てきた。特に、日本の大学は、ビジネス、経済、国際貿易、法律、工学の分野に絞ったすばらしい教育プログラムを開発し始めている。これは、アメリカで修得した単位を日本で認定することを前提としたカリキュラムで、アメリカでの海外研修や授業を日本の学部教育に組み込もうとする試みである。具体例としては、甲南大学のEBA総合コースがある。  このように体系化された専門的な海外留学プログラムは日本独自のものであり、現在、アメリカの大学で日本に学生を送るプログラムを構想する際のモデルとなっている。オレゴン州立大学連盟と早稲田大学の教育プログラムもその一例だ。
 また、アメリカ人あるいは英語を話す他国の学生をもっと日本へ迎え入れようと、多くの日本の大学(特に私立大学)が、外国語科目としての日本語の授業と語学以外の科目を英語で教える特別なプログラムを開設している。こうしたプログラムは、日本語を話せないアメリカ人学生にとって日本を学ぶ絶好のチャンスであり、こうした努力は評価すべきであろう。

大学の国際化と交流プログラム促進のために

 近年、日本の大学はそれぞれのやり方で大学を国際化・グローバル化させ、カリキュラムに国際的な視点を取り入れようと努力している。日本がかつてのような経済力を取り戻すには、政治的・経済的な改革を行い、現在の不況から立ち直らなければならない。
 大学は日本再生のために重要な役割を担っている。日本の大学は、語学が堪能で世界の動きを熟知している人材を育て、社会に送り出さなければならない。海外の大学との交換留学プログラムは、日本の大学がグローバル化する上でカギになる重要な要素である。しかし、残念なことに日本の大学には、外国語が堪能で国際教育プログラムの運営と留学生ケアの経験が豊富な教職員が不足しているため、 海外との学術交流協定の促進が著しく妨げられている。
 また、担当職員が2、3年ごとに入れ替わる傾向にあることも、日本の国際交流部門の向上を阻む一つの要因となっている。さらに、日本では、留学生へのアドバイジングや海外研修プログラムの管理運営、外国語としての日本語教育が、専門性の高い分野であることがいまだに認識されていないのは非常に残念なことである。こうした認識を変えない限り、多言語を話せる聡明な若い人材をこの国際教育という分野に迎え入れることはできないだろう。
 近年、JAFSA(国際教育交流協議会)の活動のおかげで、国際教育に関わるプロの職員を養成するプログラムが増えている。また、東京農工大学のように、英語力と専門性の向上を目的に、職員をアメリカの国際教育や海外研修関連のオフィスでインターンシップをさせる大学もみられる。日本の大学の中には、国際教育分野でこのような努力が必要なところは多い。交換留学に携わる教職員はもちろん、教務以外でのアドミニストレーションに関わる職員にも、アメリカの先端的な大学で学ぶことを勧めたい。

アメリカで学ぶ日本人学生の現状

 アメリカで学ぶ日本人学生の内訳は、67%が学部生、20%が大学院生で、11%が語学学習のような単位修得ができないプログラムの学生だ。
 日本人学生は、他のアジア地域の学生と比べ語学力や学習意欲があまり高くない者が多い。これは、筆者個人と同僚たちの経験によるが、最近の日本人留学生、特に学部生は、20〜30年ほど前に私たちが教えていた頃の学生と比べて、学業と生活の両面で目的意識を失っているようにみえる。
 ある研究者の分析によると、こうした学習態度は、日本の大学教育に厳格さが欠如していること、学問的に優れた教育を提供していない、あるいはその努力を怠っている大学が多いことに起因するという。日本の高等教育自体が、何を学ぶかよりも“良い”大学を卒業することに価値を置く経済システムに属しており、日本の企業は学生の成績よりも出身校を重視して採用する傾向が強い。ゆえに日本の大学教育の特徴として、学生にやる気がない、大人数制の講義を行う、教授能力が貧しい、1回の期末試験で成績が決まる、などが挙げられることになる。
 学生のほとんどが就職に必要な「卒業証明書」のために大学に在籍しているため、あまり学問的優秀性は期待できない。こうしたことから、日本人学生が渡米すると、大学の厳しいシステムにショックを受け、最初の月は勉強についていけないという経験をする。そして授業を欠席すると成績に響き、ほとんどの大学で3回以上の無断欠席をするとその授業から追い出されてしまうことを知る。
 また、大学では“良い成績”を維持しなければならないことに戸惑う。つまり、全教科平均でC以上をとらなければ、即座に「Academic probation」()を与えられ、次の学期中に成績が上がらないと自動的に大学から除籍させられてしまう。しかし、日本には、こうした成績不振による退学制度がある大学はほとんどない。
注:成績挽回のための執行猶予
 とはいえ、ほとんどの日本人留学生は最終的にアメリカでの学生生活に適応していくが、それまでに少なくとも1、2年はかかる。
 これは、決して日本の高等教育を非難したり、過小評価しているわけではない。私自身がこれまで日本の大学で体験したこと、そして日本の研究者の多くが提言していることを述べているに過ぎない。日本の大学の中には抜きん出てすばらしい大学もある。また、日本の大学が学生を社会に適応できるように教育する役割を担っていることや、それが日本の文化において必要不可欠であることは十分理解できる。
 重要なのは、日米の大学の学習環境の違いが、渡米したばかりの日本人留学生と他の学生との能力に大きな差をもたらしていることを認識することだ。厳しい現実の中、日本人学生は学問的な優秀性が必要とされる国際環境で競争にさらされることになる。大学は、学生が将来の仕事と生活の両面で成功するために必要な動機を与え、スキルを養う義務がある。そうした環境で教育された学生こそ、より良い日本の未来に貢献すると確信する。
 アメリカの大学は1世紀半にわたり、多くの日本人学生を受け入れることで様々なことを学んできた。日本人学生と交流した教員や学生の多くが日本人の気質と人間性を高く評価している。また、日本に留学したり、教壇に立った経験のあるアメリカ人が、日本文化の奥深さに触れ、考え方を一変させられたという話をよく耳にする。
 そうした意味でも、学術・学生交換プログラムは、日本とアメリカの相互理解、そして2国間の今後の友好・協力関係をさらに強化するためには非常に重要なものである。我々は、こうした交流をより強固で、より良いものにするために、共に努力しなければならない。


PAGE 26/27 前ページ次ページ
トップへもどる
目次へもどる
 このウェブページに掲載のイラスト・写真・音声・その他のコンテンツは無断転載を禁じます。
 
© Benesse Holdings, Inc. 2014 All rights reserved.

Benesse