ベネッセ教育総合研究所
「教室の黒板」を出発点にしたeラーニング
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遠近法

教科書の外側の知識との出合いがチームプレーの妙
1プラス1が、2以上の成果を生む

 豊田工業大学における大学生活は、入学式より一足早く寮での生活からスタートする。寮では、社会人としての経験を経て企業から派遣されてきた学生と、高校卒業後、直ちに入学した一般学生がともに新入生として出会う。彼らは話をして、世代が違い、また経験が異なっていることに気づく。つまり、世代、経験など異なるトラッキング(学歴経過)を持つ人格に出会うのである。
 それまで高校で、均質で狭い生活体験をしてきた一般学生にとって、この意味は特に大きい。寮に入った途端に、若者同士のなれ合い的なコミュニケーションから、節度あるコミュニケーションへと転換を図る必要性が生じ、相手を尊重するという社会の基本ルールを実感することになるためだ。
 異なる経験をしてきた学生同士は、動機付けの導入科目である「工学セミナー」で、より深く交流し合う。この科目では、1人プラス1人の力が、2人分以上となるチームプレーの成果を学生に実感させることが大きな意味を持つ。その好例は、掃除機を動力に利用してホバークラフトを製作したチームに見ることができる。
 「掃除機のモーターを利用しよう」という発想は、企業現場で日常的に工学部品を目にしている社会人学生がいなければ、到底出てこない。なぜなら、モーターの原理などは本を頼りに調べることができるが、ホバークラフトを浮揚させるトルク(回転力)を出すために、どのくらいの大きさ、重さの部品が必要かは教科書の知識ではわからないからだ。
 このような思わぬ発想に出合うのがチームプレーの妙であり、学生はその大切さを身をもって理解することだろう。それは、「学校教育による知識と現場経験による知識との出合い」の場でもある。

寮生活で担保される自主学習の時間

 基礎演習や動機付け実習は、学生の自発性に火がつかないとうまくいかない。だからこそ、学生たちが自主的な学習活動を開始する前に教員が答えを教えてしまっては、元も子もない。それがわかっているにもかかわらず、教員はついつい教えてしまうというジレンマを抱える。それは、1コマ90分の中でできる内容があまりにも限られている、というもどかしさからきている。
 例えば、「ブレーンストーミング」を演習で行うためには、少なくとも解説と例示で90分、実際に行わせるのに90分以上、まとめや発表を含めると、ざっと3コマ以上が必要になる。とても1コマには収まりきらない。これが「ブレーンストーミングを紹介する講義」であれば、1コマで十分にできる。教員としては、ディスカッションは授業外でやってほしいところである。
 しかし、ディスカッションこそが初年次教育の学習活動として重要なのだ。これは、「しておきなさい」と言って課題にすることはできない。しかも、学生の自発性に火がついていないと、議論が進まず、いたずらに時間を費やして、授業の狙いを達成することは難しい。
 ディスカッションも行い、しかも授業を有意義なものにするには、それ以外の時間にも学生に自主的学習活動をしてもらうしかないだろう。2単位の演習なら、授業で30〜60時間を担保し、それ以外に学生には60〜30時間の自主活動の時間を要求して計90時間程度にする。しかし、実際には、大学生活の中で自主学習時間が確保されるという保証はない。それに対して同大学では、工学セミナーで積み残した課題を寮に持ち帰って議論し続けるという。このことから、寮生活が学習時間を担保しているといえるだろう。
 同大学では、初年次教育に限らず、学生同士の議論の、そして個々の学習の場となる手厚い施設・環境と機能が、教育の様々な場面で見いだされる。つまり、授業だけでなくそれ以外の学習活動の場と時間が、実質的にしかも十分に確保されているのが、同大学の教育の特徴といえるだろう。
 このような教育プログラムを経た学生が卒業後、企業現場で違和感なく仕事ができることは容易に想像できる。チームプレーを理解し、自主的に創造する仕事の時間を惜しまないという技術者スピリットは、すでに初年次のカリキュラムの中に組み込まれているのだから。
(矢内秋生)


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